第220話 あの時のこと

ユウリレリア大聖堂 地下牢




薄暗い鉄格子の向こう側に、その男はいた。




「ブルザック将軍、私がオスカーだ」




ゆらりと影が起き上がり、




こちらにやってきた。




「これはこれは、王子自らお越し頂けるとは……」




端正な顔は余裕そうな笑みを浮かべていた。




牢の前には“ラウラスの影〟司令官ユーキン、




そして門番はユウリナ軍の機械化兵4名が待機している。




戦争で腕や足を無くした兵を機械化した、




ユウリナ直属の強化兵達だ。




「時間があまりないので、




そちらの作戦を吐いてくれると助かるんだが」




「いきなりだな。見返りは?」




「拷問はしないでおこう」




「舐められたもんだな。




どの程度のものか楽しみにしていたのに」




「……タフな奴だな」




ユーキンが耳打ちしてきた。




「この男は武闘派です。




魔剣に頼らなくても十分有能な将でしょう」




「通常の拷問じゃ口を割りはしなさそうだな……。




場所を替えよう」




俺たちはブルザックを連れて大浴場に移動した。




ブルザックの服を脱がす。




そして縄でぐるぐるに拘束する。




凄い身体だな。筋骨隆々、傷だらけ……。




そら自信満々だ。




だが……。 




「あーら、いらっしゃーい」




「やだー大当りじゃなーい」




「ほんといい男じゃないのオスカーちゃん!!」




そこには全裸のロミとフミ。




こちらも負けず劣らず、すごい身体だ。




「えーやだーご褒美じゃないのー!!!




ふーるーえーるー!!!」




ロミとフミは大興奮でキャピキャピしている。




きもい。




「……ああ、好きにやっちゃってくれ」




ブルザックは平静を装っているが、




ずっと無言だ。




「おい、聞けブルザック。




この機械蜂は映像を録画できる。




そして空間に撮った映像を映せるんだ。




こんなふうに」




試しに見せてやった。




映像はマーハントが魔物を撃退しているところだ。




あれ、これ録画じゃないな。




リアルタイムだな。まあいいか。




「……古代文明の機械か……」




声ちっさ。さっきまでの威勢はどこへやらだ。




「これから起こることを全部録画する。




そしてそれをお前の本国に送り付けてやる。




お前の息子や妻やお父様や部下たち全員に、




お前の情けない姿を見せつけてやる」




ロミとフミは既に股間がMaxだ。ギンギンだ。馬並みだ。




そして興奮して顔が紅潮して鼻息が荒い。




馬並みに荒い。




「あいつら上も下も馬並みだな」




「上手い事言いますね」




ユーキンがぼそっと言う。




「馬だけにな。やかましいわ」




俺たちが笑っているのとは対照的に、




ブルザックの顔は青い。




「わ、分かった、全部……言う……」




「悪いが俺にロミとフミは止められん。




止められるのは一人だけだが、




その女は夕食の支度で忙しいからここには来れない。




……本当に申し訳ない、ブルザック。




だが新しい世界が待っているかもしれんぞ」




「オスカー様そろそろ」




ユーキンに促され思い出した。




「お前が痛めつけたナルヴァ旅団とやらの二人とこれから会うんだ。




お前の映像をその二人にプレゼントしようかな」




「いいお考えですね」




「待ってくれ!」




ブルザックは悲鳴に近い声を上げた。














夜。




中々寝付けなかったので、テラスに出て夜空を眺めていたら、




ベッドで寝ていたマイマがやってきた。




「ここにいたのですね、オスカー様」




毛布を巻き付けて俺の隣に座る。




「ああ、寝れなくてね」




「色々……ありましたもんね」




白い息を吐きながら俺の方に頭を乗せる。




マイマは母になってから強くなった。




上品さは失わずに、いい意味で物怖じしなくなった。




俺に対して一定の配慮をしつつも遠慮をしないという、




対人関係の上級テクを見せてくる。




さすがはメイド長だ。




「……あの時何があったのですか?」




少しの沈黙の後、マイマはふと思い出したかのように聞いてきた。












十日前 テアトラ合衆国 ルガリアン城にて




「カカラルっ!!」




とどめを刺そうとしたウルバッハに、




ベミーが猛スピードで突っ込んだ。




すぐに〝狂戦士化〟し、力で圧倒する。




カカラルの傍に駆け寄る。




呼吸が荒い。




「カカラル! しっかりしろ!」




胸の傷からは壊れた蛇口のように、




勢いよく血が噴き出している。




機械蜂が数匹傷口に集まるが、




血の勢いを止めることが出来ていない。




気付けば地面に溢れたカカラルの血が発火、




傷口からも炎が揺らめいている。




炎ごと傷口を手で覆ったが血を止めることは出来ない。




カカラルは力なく鳴き、虚ろな瞳で俺を見ている。




「くそっ! どうにか……死ぬな、カカラル!」




『オスカー、魔剣を傷口に当てテ』




ユウリナから通信が入った。




『何を言って……』




『いイから早ク!!』




俺は折れたフラレウムをカカラルの傷に添えた。




『後はコッチでやるわ』




途端、俺とカカラルの周りに炎の渦が発生した。




「王子!!」




血だらけのリンギオらが心配そうにこちらを見てるが、




それもすぐに見えなくなった。




クウゥーーカカヵヵヵァッッ!!!




カカラルが身を起こし、俺を見ながら力強く咆哮した。




「なんだ……大丈夫なのか?」




つぶらな瞳が、何かを伝えるようにしっかりと俺の目を覗き込む。




やがてゆっくりと瞼を閉じたカカラルは、




くちばしを俺の身体に優しく押し付けてきた。




甘える時の仕草だ。




涙が出た。




カカラルを抱きしめると、




炎の渦が収縮、フラレウムに全炎が吸収されてゆく。




折れた刀身の部分が赤い光の剣に変わった。




まるでラ○トセーバーだ。




カカラルは跡形もなく消えていた。




『魔素を放出して』




手に力を入れる。




剣先から炎の塊がぶわっと広がり、




翼のようなものが左右に伸びてゆく。




まさか……




クウカカヵヵヵッッ!!!!




炎そのものになったカカラルは、




勇ましく咆哮し、上空に羽ばたいた。














「カカラルは生きているんですね?」




「……実体は死んでしまったが、




魂は炎の精霊となって、俺のフラレウムに宿っている」




俺は鞘から剣を抜いた。




折れた刀身が月夜に輝いた。




「でもよかったですね。




いつもオスカー様のお傍にいるのだから。




……もうカカラルに触れられないのは残念ですけど」




マイマはそっと俺の手を握った。




人に話して少しすっきりした。




気持ちもまとまった。




多分マイマは、




俺の気持ちを落ち着かせるために、




整理させるために訊いてきたんだな。




さすがメイド長、そのあたりは敵わない。




「どうしたのですか? 




私の顔に何かついてます?」




「あ……いや、何でもない。




マイマが美人でつい見惚れてただけ」




マイマは少しニヤけたが、




すぐに真顔になった。




「……嬉しいですけど、




その言葉はネネルに言ってあげて下さい。




今の世では……




いつ話せなくなるか分からないんですから」




昔のように呑気に過ごせる時期はもう来ないんだな……。




「……そうだな」




見上げると流れ星がキラリと光った。






















「アアァ……ぐがァぁああ……ゥぐぅゥゥ……」




「……アーシュ」




感染したアーシュは身体中から枝を生やし、




既に足を止め地面に根を這わせていた。




時々うめき声をあげ、




青く濁った眼はどこも見ていない。




「すまない……守ってやれなかった」




ここはノーストリリア城地下牢だ。




アーシュの姿を見て虚無感に襲われた俺は、




鉄格子の前から動けないでいる。




そう言えばアーシュと初めて出会った時もこの地下牢だった。




もう一度この地下牢に戻ってきてしまうなんて……。




なんて不憫な人生なんだよ……。




せめてアーシュだけは幸せになって欲しかった。




俺はその場に座り込んだ。




アーシュと初めて結ばれたコマザ城での夜を思い出す。




「私、今、幸せです」




そう笑った彼女は特別キレイだった。




胸が苦しい。




喉の奥から熱いものが込み上げてくる。




ごめんな、アーシュ。






解毒剤やら中和剤やら何とか作れないのかと、




帰る途中でユウリナに聞いていた。




ユウリナ曰く、理論上は可能だが、




手持ちの資源では不可能と言われてしまった。




なんでも希少な古代文明の機械が必要らしい。




唯一そのありかを知っている男は、




シャガルム帝国に幽閉されているそうだ。




どうしたものか。




だが可能性が1%でもあるのなら動くべきだろう。






人払いしていたが、




リンギオとメイドのモカルがやってきた。




モカルはうつむき加減で




「わがままを言って申し訳ありません……」




と消え入りそうな声で言った。




「モカルがどうしてもアーシュに会いたいと」




リンギオがモカルの背を押す。




「アーシュは私をかばって感染してしまったんです。




私がどんくさいから……私をかばって……」




モカルは両手で顔を覆って、静かに泣き出した。




「俺も現場にいた。あれは仕方なかった」




リンギオは当時を思い出すように一点を見つめている。




「モカル……君は責任を感じなくていい。




生死を賭けた戦いの中で、アーシュは最善を尽くしたんだ」




「……私、アーシュを救えるなら何でもします……」




涙で潤んだモカルのまなざしが、俺の胸を貫いた。

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