第151話 バルバレス・エメリアvs〝六魔将〟ニカゼ

キトゥルセン連邦軍総大将、




バルバレス・エメリアは仰向けに倒れていた。




全身から血を流し、左腕は切断されて先がなかった。




白い湾曲した首飾りを右手で握る。




子供の頃からずっと身に着けている宝物だ。




空を見ながらバルバレスは、三十年以上前のことを思い出す。








ウルエスト王国に一番近い村、セタガ村に生まれたバルバレスは、




叔父が村長、父が軍の部隊長という環境で育った。




幼少期から身体が大きく、運動神経もあったバルバレスは、




父から毎日のように武術を叩き込まれた。




ある日、薪拾いに出た弟のリルパフが森から帰ってこないという事件が起きる。




その年は雪熊が多く、村人の被害も絶えなかった。




薄暗くなる中、家も近所も騒然となる。




本当は今日の薪拾い当番はバルバレスだった。




訓練後、疲れていたバルバレスは、




弟にハチミツ飴をやるからと薪拾いに行かせたのだ。




バルバレスにげんこつを落とした父は村の大人たちと森に入った。




家の中で家族と待っていたが、居ても立っても居られなくなり、




バルバレスは裏口から家を出て、一人で捜索に向かう。




自分のせいだ。




泣きそうになりながら、必死で森の中を探した。




弟とよく来る小川の傍に来た時、強烈な獣臭が鼻を突く。




気が付いた時には強い衝撃が右半身を襲い、




バルバレスは吹っ飛ばされ樹に叩きつけられていた。




顔を上げるとそこには巨大な雪熊がいた。




落とした松明に赤く照らされ、




鋭い爪と真っ赤に濡れた牙が光る。




……血? バルバレスは眉根を寄せた。




自分はまだ食われていない。




吹っ飛ばされた時に出血はしたものの、




まだ五体満足で骨折もしていない。




血の気が引く。




まさか、リルパフ……。




震える膝に力を入れて立ち上がり、何とか剣を構える。




無我夢中だった。




視界が悪い中、迫りくる爪と牙を躱しながら、




分厚い毛皮に何度も剣を突き立てた。




嘘だ、そんなはずはない、自分が薪拾いに行っていれば……




頭の中は後悔と怒りでいっぱいだった。




やがて雪熊は倒れた。




勝利した喜びも、肩に深く刺さった爪の痛みも、なかった。




あるのはただ、大きな喪失感。




血まみれで大粒の涙を流しながら、




バルバレスは夜の森に弟の名を叫び、そして倒れた。










翌年、バルバレスは軍に入った。




弟は未だに見つかっていない。




まだどこかで生きているんじゃないかと思う反面、




もうとっくに熊にやられていると理解している部分もある。




肩に刺さっていた雪熊の爪を首にかけた。




二度と忘れないために。




自らの戒めのために。




軍では狂ったように訓練した。




身体を動かしていれば何も考えずに済むし、




きっかけを作ってしまった自分が、




せめて弟と同じくらい苦しまなければ、




申し訳が立たないからだ。




そして自ら答えを出した。




強くなり、有名になれば、




どこかで生きているかもしれない弟の耳にも、




自分の名前が届くのではないかと。




毎年長い休暇の際には故郷に戻り、




忌まわしい過去の自分を断ち切るかのように、




森に入って雪熊の討伐に精を出した。




雪熊に一対一で勝てる人間などバルバレスの他にはいなかった。




当然、まだ新兵のうちからその名は国内に響き渡る。




増えすぎた雪熊は害獣として問題になっていたので村人は喜び、




数年の後、事件以来口をきいてくれなかった父もついにバルバレスの事を認めた。




それでもバルバレスは討伐を止めなかった。




毎年必ず森に入る。




それは妻を娶り、子が生まれ、軍のトップになっても続いた。














ガラドレスに侵攻したキトゥルセン軍は、




町の中央にあるガラドレス城に向かった。




城は古代遺跡に寄生するように作られ、とても歪な形をしていた。




城の門前には敵の残存勢力が次から次に集まり、




埒が明かない状態だった。




バルバレスは軍を率いてその場にとどまり、




オスカー達を先に城の内部に突入させた。








数では劣るも、士気はバルバレス軍の方が上だった。




混戦のさなか、バルバレスは敵勢力の中に〝六魔将〟ニカゼを発見した。




まるで出会うのが運命かのように両者は引かれ合い、




両軍入り乱れる中、最高指揮官同士の剣がぶつかり火花を散らした。




「お前が皇帝の弟、ニカゼか!」




「貴様はバルバレスだな!」




素早く斬り合う二本の剣がガギン! ガギン! と嫌な音を立てる。




二人のあまりの力に金属が負け、欠けている音だ。




達人レベルの二人の剣劇はまるで決められた型を演じているようだった。




袈裟懸けのニカゼと燕返しのバルバレス、




中央で衝突した瞬間、同時に両者の剣が砕けた。




二人は距離を開ける。




「貴様……家族はいるのか?」




不意にニカゼが口を開いた。




「ああ、妻と子供が三人」




バルバレスは眉間を寄せながらも答えた。




「順調か?」




「……まぁな」




「幸せなのか?」




「……幸せさ。お前たちが攻めてこなければもっと幸せだったがな」




ニカゼは折れた剣を捨て「ふっ……そうか」と苦笑した。




「この国はもう終わりだ。




いや、元々……決壊寸前のダムのような国だった」




ニカゼは悲しい目をしていた。




「お前の王は聞く限り、いい王だな……。




皇帝は……兄は、国のことなぞ考えていない。




私が力で維持してきた……! 




指導者に恵まれたお前とは違うのだ!」




ただ相手をじっと見つめたまま、バルバレスは何も答えない。




ニカゼからは悲壮感が漂っていた。




「苦しみに耐えこの国を支えてきた……




お前に分かるか、一族が……家族が壊れていく様が!!」




何を言っているのかわからないが、




だいぶ前から帝国の内情は酷いものだったというのは察した。




「……多少は分かる。俺の家も一度は壊れかけた。




俺のせいでな……。だが自分で直した。




もっとも、失ったものは取り戻せていないが……。




それでも前に進むしかない。俺はそう思っている」




ニカゼは何かに気付いたように僅かに眉を上げた。




軍が崩壊し、帝国が終わろうとしている今、




必死で国の態勢を維持してきたこの真面目な男には、




同じ総大将として同情するものがあった。




「終わりだと思うなら引け」




「ふん……北の武人は優しいな。




だが無理だ、私には責務がある」




少し覇気を取り戻したニカゼは笑みを見せた。




「この剣を使え」




ニカゼは腰に携えた豪華な柄から、見るからに特別な剣を投げた。




その剣はバルバレスの目の前に深く刺さる。




「いい剣だな。気前がいいじゃないか」




「名剣キリアン。これは後の歴史に刻まれる戦いだ。




豪華にいこうじゃないか」




折れた剣を捨て、バルバレスはキリアンを手に取った。




大剣だが、軽い。




「負け戦と分かっていても容赦はしない。




本気を出すぞ、バルバレス!」




「……お前の家族は俺が責任を持とう」




「はっ! 言ってくれる!」




ニカゼはこれまた高貴な剣を反対側から抜くと、




勢いよく斬りかかってきた。




先ほどまでの感情にやられ、迷いのある表情とは一変、




軍の総大将たる堂々とした顔つきだ。




とんでもない力の一撃に受けた腕がびりびりとしびれ、




咄嗟に半回転したバルバレスは遠心力を利用して剣を振る。




それを綺麗に捌いたニカゼは鋭い突きを何度も繰り出し、




バルバレスを追い詰める。




腕に一撃を食らい血が噴き出たが、




バルバレスはそれに構わず隙を突いて肘を顔面に入れ流れを変えた。




体重をかけた大振りの剣捌きで、派手な衝突音を響かせながら、




徐々に打ち合いを加速させてゆく。




ニカゼは強かった。




殺し合いを知っている者の動きだ。




時に型にはまらない大胆な攻撃をし、




バルバレスは何度もひやりとした。




実力は互角。




いや、何もかも吹っ切れたニカゼの方が僅かに上だった。




だが恐怖はない。むしろ嬉しかった。




周りは魔人やら機械人やら獣人やら超人だらけで、




いいかげんもう一段階強くなりたいと思っていたところだった。




簡単に勝てる相手と戦ってもつまらない。






二人の打ち合いが最速に近づいた時、




バルバレスの目の前を何かが横切った。




自分の腕だと気が付いた瞬間、猛烈な痛みが左半身を襲う。




「こんなものか! バルバレス!」




勝ち誇ったようにニカゼが吠えた。




「……んん……?」




ニカゼは眉間にしわを寄せる。




下を向くとバルバレスの剣が自らの腹に突き刺さっていた。




「勝ったと思ったか? 甘いな」




今度はバルバレスが勝ち誇ったように笑った。






二人は同時に倒れこむ。




「……ふふ……してやられた。




その剣はお前にふさわしい……取っておけ。




……くそっ……お前に嫉妬するよ……




いい……国を、作れ、よ……」




ニカゼはどこか嬉しそうに微笑み、静かに事切れた。










キトゥルセン連邦軍総大将、




バルバレス・エメリアは仰向けに倒れていた。




全身から血を流し、左腕は切断されて先がなかった。




白い湾曲した首飾りを右手で握る。




子供の頃からずっと身に着けている宝物だ。




空を見ながらバルバレスは、三十年以上前のことを思い出す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る