第216話 テアトラ合衆国編 透明の男

ジオーはテアトラの十二名家、




ボシュロム家の次男として生まれた。




ボシュロム家が治めるのは南西部の平原地帯、アルハラ州。




〝ウルティアの尾〟と呼ばれる、




大陸最南端の半島を要する広大な土地だ。




少し南に船を出せば赤道があり、




大陸では最も気温が高い。




それゆえ農畜産物、海産物の収穫量は、




国内でも1位、2位を争う。




裕福な家庭で何不自由無く、




そしてあらゆる教育を受けてきたが、




ジオーは運動能力や剣技はおろか、




勉学もイマイチの出来だった。




反対に三つ上の兄は文武両道、おまけに顔もよく、




両親や親せきの自慢の息子であり、




城のメイド達でさえ兄の前では顔を赤らめるほどだった。




当然、両親は兄を溺愛した。




ジオーの事は道端の石を見る目で見た。




州兵長である父の弟、




ジオーの叔父には一族の恥とまで罵られた。




メイド達の態度も、




およそ主君の一族に対する態度ではないものだった。




初めの方こそ兄はアドバイス等をしてくれたが、




一向に上達しないジオーにやがてしびれを切らし、




相手をしなくなった。




そんな毎日を送っていれば自尊心など育つはずもなく、




次第にひねくれた劣等感が心を侵食していった。




一度「自分は他の家の血が入ってるんじゃないか」




と母に言った事がある。




ジオーとしてはいとこ達を含め自分だけが、




出来損ないだからという自虐の意味だったのだが、




母は自分の不貞行為を疑われたと思ったらしい。




何度も理不尽に叩かれ、一晩中倉庫に折檻された。




ジオーが九歳の時だった。








運命が変わったのは十歳の時だ。




自身の身体の変化に気が付いたのは春の夜だった。




突然全身に強いしびれが起こり、




ベッドから転げ落ちて慄いていると、




両手が透けて床が見え始めた。




悲鳴を上げたかったが、




口がパクパクと魚のように動くだけで、




声は一切出なかった。




次第に手は完全に消え、上半身、下半身も消えた。




何が起きたのかパニックになりかけたが、




身体だけでなく服までも消えた事で、




呪いやら病気やらの類ではないことに気が付いた。




僕は魔人になった……。




そう気が付いた時、恐怖は一転、歓喜に変わった。




その日は寝ないで能力を分析した。




朝になっても具合が悪いと言って部屋を出なかった。




分かったことは自分が触れているものも透明化するということだ。




机に触れると綺麗に消える。




しかし、ベッドに触れても端の方は残ったままだった。




消せる範囲は直径1mほどだということが分かった。 








周囲にはもちろん黙っていた。




どんなに無視されても、馬鹿にされても、




ジオーはその日から感情を乱すことはなくなった。




自分は魔人なのだ。




強烈な劣等感から強烈な優越感で心が満たされ、




全ての事に余裕が持てた。




透明化に慣れてくると夜中に城内をうろつくようになった。




ジオーは真っ先にメイド達の部屋に侵入する。




城には八人のメイドがいた。




ほとんどがジオーの事を冷たい目で見てくるのだが、




ひとりだけ人間として接してくれる娘がいた。




名をエミーレといった。




いつも肩までの髪を頭頂部で丸くまとめた髪型をしていて、




明るく朗らかで上品ながら、




誰にでも笑顔で接することのできる完璧な女性だった。




ジオーはエミーレの笑った時に出来るえくぼが大好きだった。




なので当然エミーレ含めた、




全員の着替えや風呂を何日にも亘って覗いた。




ある程度満足したジオーは、




次に今まで自分を馬鹿にした者たちに復讐を始めた。




裏で自分の陰口を言っていた料理人を、




厨房の中で転ばせたり、




すぐに兄と比較してくる家庭教師は、




大切にしていたカバンを森に隠したりした。




いつもジオーを見るたび




「ああ、いたのか」と言ってくる剣術師範には、




カバンにメイド達の下着を詰め、




広場に置いて大問題にして解雇させた。




そして忌々しい叔父は、




階段から突き落として大けがをさせた。








二年後。




アルハラ城には幽霊が出ると、




国内で噂になっていた。




やりたい放題やっていたジオーは、




今では落ち着き、




時折エミーレの鑑賞をするくらいになっていた。




同時に自らの進退を考えはじめ、




この能力を活かせば、




テアトラ軍の将軍くらいになれるのではないかと、




漠然と考えている。




ある日、




いつものようにエミーレの後をつけて彼女の部屋に入ると、




突然兄が入ってきた。




嫌な予感がしたが、しばらく黙って見ていると、




やがて兄は無理やりエミーレを押し倒し、犯した。




頭に血が上ったジオーだったが、




どうしていいのか分からず、




何もできない。




すると初めは抵抗していたエミーレが徐々に受け入れ、




艶めかしい嬌声を出すようになり、




快楽に溺れただらしない顔を見せた。




その瞬間、兄に対しての怒りが、




完全にエミーレに対しての怒りに変化した。




君はそんな人じゃないはずだ……




涙がとめどなく溢れ、心臓が痛いほど脈打った。




気がつけば兄は血だらけで死んでおり、




ジオーはエミーレの首を絞めながら犯していた。




エミーレは既に死んでいたが、




気が付かないほどジオーの怒りは深かった。




我に返ると段々この状況が可笑しくなり、




狂ったように笑った。








その後、吹っ切れたジオーは他のメイドも全員犯し、




何人かは抵抗した際に殺し、




自分の事を馬鹿にしていた衛兵も数名刺し、




食糧庫の高級な食品を食い漁った。




城内は大騒ぎとなる。




城を出る前に最後の仕事をしに両親の部屋に向かった。




二人を殺せば自分は自由になれると思ったのだ。




そこでジオーはミスを犯す。




既に衛兵によって固められていた部屋に強引に侵入した。




城の騒ぎを幽霊の仕業と思っていた両親は、




部屋中にお香を焚き、煙を充満させていた。




ジオーが動いた瞬間、




周囲の煙が人型に浮き上がり流れた。




衛兵たちは一瞬ぎょっとしたが、




染みついた忠義が恐怖よりも仕事を優先させた。




背中を剣で抉られたジオーは悲鳴と共に地面に倒れた。




能力が解けて衛兵に取り押さえられる。




最後に見た光景は驚く両親の顔だった。








気が付くとジオーは城の牢にいた。




一応傷は手当されていた。




あれからどれだけの時間が経ったのか分からない。




動くと背中が痛むので座るか寝るかしか出来なかった。




牢の向こうからジオーを覗き込む見張り番は、




気味悪そうな顔で「化物め」と呟いた。




「お前は死刑確実だな」




そう言われ、途端に怖くなった。




自分のしたことを考えれば当然だが、




どこか心の奥では、




一応領主の息子だから死刑は免れるのではないかと、




淡い期待を抱いていた。






それから十数日後。




今日死刑が行われるんじゃないかと毎日怯えていたが、




その日に救いの手が差し伸べられる。




牢の目の前に二人の【千夜の騎士団】が立っていた。




【千夜の騎士団】と言えば団員全員が魔人の傭兵集団だ。




この国で知らぬ者はいない。




ジオーは団員にならないかと勧誘された。




断れば死刑だと言われ、すぐに返事をした。




二人はそれぞれリアムとザヤネと名乗った。

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