第115話 帝都ガラドレスへの道

巨大な岩が屹立する荒野にて、


ザサウスニア帝国、ギラク軍は野営していた。


南のウカ、モルテン、ベラニスの三国同盟をあらかた潰し、


前線から帰還中だった。


残りは魔人、シキ軍、ドリュウ軍に任せ、


ギラクは帝都ガラドレスに向かっていた。


赤と黒の豪華なテントからギラクの野太い声が漏れる。


「なに? ラドーが負けた?」


ギラクの正面に立っているのはギラク軍副官のアラギンとガオグライだ。


「あの小僧、大口叩く割には大したことなかったな」


半裸で大きなベッドに座るギラクの周りには、


六人の裸の美女がまとわりついていた。


「加えてバスドゥス様も死亡が確認されています」


金髪イケメンのアラギンが続ける。


「ほう、次期〝六魔将〟と言われた男もか……」


ギラクは女の尻を軽く叩いて笑っている。


「キトゥルセン軍は今どこにいる?」


「ムルス大要塞を抜け、帝都ガラドレスへ向かっております」


「近いな。ならば、ガオグライ、4000を連れて食い止めろ。


あとから俺が行く。波状攻撃だ」


「はっ。すぐに出立します」


もしゃもしゃの髭を生やした大男は踵を返しテントから出ていった。


「……やるな、キトゥルセン。2万を打ち破ったか……。


こりゃ楽しみだ、ガハハハ!!」







キトゥルセン軍は帝都ガラドレスに進軍していた。


ムルス大要塞からはいくつかの道が伸びていたが、


出来るだけ目立たない西の端の街道を進んだ。


この道は川沿いなので補給も容易だし、


何より道中の町が一番少ない。


軍列の中央に俺の乗る王族専用馬車があり、


中にはクロエを看病するアーキャリー、リーザ、


【王の左手】の3人が乗っていた。


小窓の外を見てみると小さな農村を通過している最中だった。


サイのような家畜の背中に稲が束ねられ、


農村の女が不安そうな表情でこちらを見ている。


『おいオスカー、クロエは無事なのか?』


ベミーから通信が入った。


『ああ、心配するな。それより聞いたぞ、


〝狂戦士化〟の敵将を仕留めたらしいな。ベミーは大丈夫なのか?』


『あ、ああ! もちろんだよ。俺もそっち行っていいか?』


『だめだ、せまい、くるな』


『ちぇーなんだよ』


通信が切れた。馬車内に目を向ける。


クロエを看病するアーキャリーの手つきは慣れたものだった。


実際に何人もの兵士を看病したという。


前掛けや袖にしみ込んだ血痕が、それらを物語っていた。


「アーキャリー、ありがとう。助かるよ」


「とんでもないです! 私がしたくてやっていることですから」


アーキャリーはふるふると頭を振った。


「リーザもついてきてくれてありがとな」


「いえ、こちらこそクロエを助けてくれて……」


「礼ならネネルに言いな。あいつが敵の魔人を追っ払ったんだ」


クロエはすやすやと幸せそうな顔で眠っていた。


顔色はだいぶいい。


「クロエとは部屋が同じで……私はこの子に救われたんです……」


リーザは微笑みながら涙を流した。


うんうん、女同士、色々あるよな。


そんな時、馬車にルガクトがやってきた。


「オスカー様」


「ああ、さっきの話だな。外へ出ようか」


「アーシュ」


リンギオが顎で促し、アーシュを護衛に付けた。


「は、はい」


行軍の中央にいるので護衛なんかいらないのだが、


彼らの仕事には口出ししないことにしている。


俺とルガクトは馬に乗り、横に並んだ。


アーシュは少し後ろをちょこちょこ歩いてついてきている。


なんかかわいい。


「で、その敵は〝フュージアネット〟と言ったんだな?」


「はい。ガゴイル族のヘルガットと名乗りました。


ラライラ山の村に行けと……」


ふむ、罠だろうか?


「死にかけていたんだろ? ルガクトはどう思った?


嘘をついているように見えたか?」


「……いえ。あれは真実だと思います」


どうしたものか。場所は西の果てだ。


ロッペル山脈よりさらに先……。


「ユウリナ神が人間のお姿になられたとき、


レイズ・フュージアネットと名乗られるので、


一応ご報告をと……」


「ああ、うん、そうだよな。気になるよな。


俺も逆の立場なら同じだよ。


ルガクト、空を飛んで何日で行って戻ってこれる?」


「ラライラ山までですよね……4,5日あれば十分かと」


「そうか。じゃ30人ほど連れて行ってみてくれないか?


罠だと思ったらすぐに離脱してくれ。


ユウリナには俺から聞いておくよ」


「はい、了解しました」


ルガクトが去ってから馬車に戻った俺は、


早速ユウリナに脳内通信で連絡をした。


『おい、ユウリナ。そっちはどうだ?』


『あら、オスカー。順調よ。バージョンアップした蜂をそっちに送ったわ。


あとはまぁ色々お楽しみということで』


『なんだそれ。前線に来れるのはあとどのくらいだ?』


『そうね……一カ月くらいかしら』


『そうか……。ユウリナ、聞きたいことがある』


『なあに?』


『〝フュージアネット〟っていうのはどういう意味だ?』


『どうして?』


俺は事の顛末を説明した。


『それについては知らないわね。大昔すぎて忘れたわ』


『機械でも忘れるのか』


『あら、偏見と差別ね。あなたが思ってる機械とは違うのよ』


ユウリナと話しても結局よくわからなかった。


いや、あいつはいつもはぐらかすから


知っていても教える気はないのかもしれない。


謎な奴だ。味方でほんとよかった。


「……フュージアネット、どこかで聞いた気がしますな……」


ソーンが真っ白なあごひげを撫でながら宙を仰いだ。


「じーさん、手帳見ればいいだろ」


リンギオは干し肉を食べながら指摘する。


「そうじゃな」


「に、肉のにおい……」


クロエが起きた。


「クロエ、まだ寝てなきゃ……」


リーザはクロエに毛布を掛けた。


「ちょっとリンギオさん! 


クロエは食いしん坊なんだからここで食べないで下さいよ」


「……分かったよ、巻き角姫」


「ま、巻き角姫……それ私の事ですか」


「他に巻き角の奴、誰がいる? なんだ、嫌か?」


アーキャリーは漫画みたいに頬を膨らませた。


「嫌ですよ! オスカー様、


いくら【王の左手】でもちょっと無礼すぎ……


なに笑ってるんですか、オスカー様!


ていうか干し肉食べないで下さいよ!」


「まあまあ美味いから食ってみ」


俺はアーキャリーの口に干し肉を持っていった。


あむ、と口に含んだアーキャリーは不満そうに口を動かしていたが、


急に目を見開いだ。


「お、美味しい……」


「マイヤー特製鹿肉のスパイシージャーキーだってさ。


これは俺監修してないんだよ。


ちょっと嫉妬するくらい美味いよね、これ」


「に、肉……」


クロエがゾンビみたいになったところで「ありました」とソーンが顔を上げた。


「若い頃、大陸の西部で聞いたことがあったのを思い出しました。


〝フュージアネット〟……これは空の世界という意味です。


私が訪れたその地方では、


空にもう一つの世界が浮かんでいて、昔はよく見えたということです」


「空の世界か。漠然としすぎて想像もできないな」


「古代遺跡の遺物には巨大な正方形の浮遊物体が描かれていて、


その全ての面に都市があったそうです」


「なにそれ、面白いな。行ってみたいわ、そこ」


その時バルバレスから通信が入った。


『オスカー様、敵軍が接近してきてます』


『はい、了解。今そっち行くよ』


千里眼で見てたから知ってたけどね。


面白い話は一旦お預けにして、俺たちは立ち上がった。

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