第191話 ペトカルズ共和国編 二人の将軍

「ダ、ダルハン軍団長……ですよね?」




部下の一人が声を上げた。




元ダルハン軍からマーハント軍へ編入された兵だ。




周囲がきょとんとした。




「……何を言っている?」




ジャルカは眉間にしわを寄せ訝しむ。




「覚えてないのか、ダルハン。俺だ、マーハントだ」




ジャルカは何も答えない。




「……記憶喪失のようですね」




隣にきた副将リユウが耳元で囁く。




「ジャルカ、知り合いなのか?」




後ろのミスカと呼ばれた兎人族が聞くが、




厳しい表情でこちらを睨んだままだ。




だが少し殺気が減った。迷っているようだ。




「お前の本当の名前は〝ダルハン・ウィッカ〟。




キトゥルセン軍の軍団長だ」




マーハントが宥めるように言うと、村民たちがざわついた。




「こいつらはお前の部下だ。何度も一緒に死線を潜った仲だろ」




「ダルハン軍団長……」




部下たちは涙を流していた。




「あの濁流に飲まれて生きていたなんて……」




ジャルカは頭に手をやり、少しの間目を瞑った。




「……やめろ。お前らを信じる証拠はない。




俺にはやるべきことがある。邪魔をするな!」




ジャルカとマーハントの剣がぶつかった。




「くそ! やめろ! 俺が分からないのか!」




ジャルカの剣は早かった。体が細くなった分、手数が多くなった。




しかし、体重が減ったので一振りの威力は以前より弱い。




本気では戦えない。相手は仲間で親友なのだ。




かといって油断するとあっという間に手傷を負うことになる。




キトゥルセン軍に在籍していれば、確実に七将帝クラス。




二人の剣劇は熾烈を極めた。




途中、マーハントは何度も説得したがジャルカは聞く耳を持たない。




まるでマーハントさえ倒せば戦いは終わり、




自分たちは帰れると言わんばかりに。




周囲が騒がしい。




二人の間に距離が生まれた時に、周囲の状況を理解した。




近くに魔物の群れが現れたようだ。野営地は徐々に混乱してきた。




「将軍! 魔物とグールの群れが野営地に入ってきたみたいです!」




「……一体どこから……」




上空の機械蜂が映像を送ってきた。




西と北の森から群れが伸びている。今まで森の中に隠れてたのか?




視線を戻すとジャルカは背中を向けていた。




「お、おい待て!」




「……止めるな。村に女子供がいる。




ミスカ、今しかない。脱出するぞ」




マーハントは剣を下げた。




「ダルハン!」




「……仮にお前らの話が本当だとしても、




仮に俺の本当の名がダルハンだとしても、




その記憶が無きゃ俺は、




ニルファーナ村のジャルカとして生きるしかない」




「……ならば、魔物を片付けたらお前の村に行こう。




その時、詳しい話をさせてくれ」




二人の間にしばしの沈黙。




「マーハントと言ったか……覚えておく」




ルートヴィア兵が右往左往している間に、




ジャルカとミスカは村の男達を連れて背後の森へ逃走した。




「マーハントさん。我らもダルハン軍団長と共に行かせて下さい」




声を上げたのは元ダルハンの部下たちだ。




「……そうだな。任せる。危険を感じたら戻ってこい」




「はっ!」




30名の小部隊はすぐにダルハンの後を追う。




「将軍、来て下さい。思いのほか大群です。




既に基地内になだれ込んできて……」




遠くで一際大きな喧騒が聞こえる。




「……これは、ここにもくるな。全隊迎撃態勢!」




隊列を組み、騒ぎの方へ向かっていく。




もうルートヴィア軍は瓦解寸前だった。




兵舎テント沿いの馬道には逃げ帰ってくる兵もちらほらいる。




「来るぞ!」




崩壊したルートヴィア兵の前線を飲み込みながら、




チグイの群れがなだれ込んできた。




「いつも通りやれ! 行くぞ!」




「おおっー!」




魔物駆除のプロ集団であるマーハント軍は、




各班がまとまり連携して的確に駆除を進めていく。




しかし、後方から遅れてきたグールがリズムを徐々に乱してきた。




兵の被害が多くなってきた頃、




唐突に地面から複数の黒い槍が生えたかと思うと、




40体ほどのグールの頭を一斉に貫いた。




唖然とするマーハントの前に黒い水溜まりが現れた。




そこからぬるっと現れたのは……




「お前……ザヤネ・スピルカ……」




「どーも。あなたがマーハントね?




ユウリナからあなたの指揮下に入れって言われてさ。




あ、もう仲間だよ? そんな怖い顔しないでよ~」




へらへら笑うザヤネは影を伸ばし、




更に50体のグールを串刺しにした。




「……そう簡単に信用できんな」




「もー、そう言うと思った。




こっちは変態クソ機械人にさ、心臓に爆弾入れられてんの!




もう反抗するのもあきらめてるからさ、ね?




じゃあグール全部駆除するから! 




そしたらあたしのこと信頼して! いい? 約束だよ!」




こちらの返事を待たずにチャポンと影の中に消えたザヤネは、




離れた所に出たようで、群れの奥の方のグールをバタバタ倒している。




その日のうちに、ザヤネは一人で魔物とグールの群れを一掃した。










翌日。




マーハントはニルファーナ村に進軍した。




道中の小さな村や森からはグールが絶えず出てくる。




「あら~もうこの国終わりね」




ザヤネは馬に揺られながら呑気に言い放つ。




「お前の仲間が仕掛けたんだろ。




この後の展開はどうするつもりだ?」




マーハントはギロリと睨む。




「知らないよ。私はもうあんたらの仲間だって言ってるじゃん!




それに千夜の騎士団は団長から個別に仕事割り振られるから、




他の団員が何やってるか知らないのよ」




「ふん……嘘なら爆弾を起爆させるぞ」




マーハントの視界に起爆の欄が出てくる。




マーハントはザヤネの生殺与奪権をユウリナから一時譲渡されていた。




「も~やめてよ。本当だからさ」




ザヤネはへらっと笑う。








ニルファーナ村まであと10キロの地点で、




隊列の前方から部下がやってきた。




「将軍、ニルファーナ村からの生存者を保護しました。




女子供老人ばかり30名ほどで、村は魔物に飲まれたと……」




「直接話を聞こう」




マーハントは軍列の先頭に馬を走らせた。






避難民からの話では襲ってきた魔物は自分たちの知らない種類であること、




戻ってきた男たちが戦い、自分たちを逃がしてくれたが、




火を放ったようで様子を窺うことが出来なかったらしい。




話を聞いているうちに、




一人の若い妊婦の父親がダルハンだということが判明した。




「その腹の子はキトゥルセン軍の将軍の子だ。




ナザロ教から十神教に改教するならキトゥルセン連邦に移住できる。




それが出来るなら、お前たち全員私が面倒を見よう。




どうする?」




マーハントの提案に全員が頷いた。










ニルファーナ村はまだ火の手が上がっていた。




至る所に魔物とグールの死体が転がっている。




「まだグールが残ってる! 油断するな!」




「向こうにウデナガがいる!」




「チグイは今ので最後か!?」




部下たちが手際よく駆除を進めていく。




燃えた後の真っ黒な炭が広がる住宅跡を、




マーハントはザヤネと進んでいた。




目の前に五体のグールが立っていた。




血だらけ、泥だらけ、腕の無いのもいる。




「私がやるよ」




ザヤネが前に出て、影の触手を出した。




「いや、いい……俺がやる」




剣を抜いたマーハントがザヤネを制した。




「あそ。いいけど……えっ? あんた……なんで泣いてんの?」




「……お前には知らない物語があったんだ……」




……運命とは残酷なものだな。




生きていたのに。




二度も死ぬなんて。




グールがヨタヨタ歩きながら近づいてくる。




一体ずつ丁寧に剣を振るう。




「お前たち……素晴らしい忠義だった」




共に戦ったのだろう、元ダルハン軍の兵士達だった。




「グウぅゥ! ガあァアあっ!!」




ミスカと呼ばれた兎人族の戦士は腕が無かった。




壮絶に戦ったようだ。




敬意を持って首を落とし、最後の一体に向き直る。




「あアっ! ぐガガっグがアぁァァっ!!」




涙を流しながらも、マーハントは毅然と立っていた。




しっかり目を見て向き合う。




命を懸けた武人に対する尊敬の表れだった。




「……ダルハン。どうか安らかに眠ってくれ……」




剣に視線を移す。




ザイオンの形見。




高価な剣ではない。なんてことはない普通の剣だ。




だがマーハントにとってはどんな名剣より価値がある。






……ザイオンによろしくな。






迫りくる元ダルハン・ウィッカだったグールに、




マーハントは大きく剣を振りかぶった。


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