第136話 ナナミアの決断と死者たち

マハルジラタン諸島、ギバの館、その地下牢








檻の中にいたナナミア・ギークの前にギバたちがやってきた。




今が昼なのか夜なのか、もう分からない。




何日も幽閉され、最小限の食事しか与えられず、




まともな意識を保つのも限界にきていた。




「おお、俺の姫様!




どうした、そんなにやつれて」




ギバはわざとらしく手を広げ、芝居めいた言い方で登場した。




「その反抗的な目……




国に捨てられたくせに、まだ希望を持っているとは、




執念深いのかバカなのか……」




幹部のライロウは冷たい目を寄越した。




「で、どうだ? 考えてくれたか?」




「……バカか! 誰がお前の子など産むものかっ!」




「おお怖い! まるで犬だ」




ギバたちは笑った。




涙が出てくる……。




ナナミアは正直限界だった。




辱められはしないが、毎日毎日侮蔑の言葉を浴びせられ、




わざわざ牢の前で人を殺したり、女を犯したりした。




お前の代わりだ、そう言いながら。




同じ囚われの身の女からは、




鉄格子越しに「なんでお前だけ痛めつけられないんだ!」と、




責められたこともある。




その女は二日前に殺された。




「今日はお前に会わせたい奴がいるんだ」




ギバが合図すると兵に連れられた上半身裸の男が連れてこられた。




男は両腕が無い。




肩から切り落とされ、傷口を焼かれて痛々しい姿だった。 




目は作り物のように濁り、死んでいた。




「お前の名前は?」




ギバはナナミアを見ながら聞いた。




「……ウォルバー・グレイリム」




感情のない声だった。相当ひどい拷問を受けたのだろう。




「何者だ?」




「キトゥルセン連邦王国の諜報機関〝ラウラスの影〟の工作員です」




ナナミアは思わず目を瞑った。




「お前は何しにここへ来た?」




ギバはにやけながら続ける。




「……私はここにいるナナミア・ギークを救出しに来ました」




「誰の命令だ?」




「ユウリナ神の命令です」




ギバは大げさに驚いた芝居をした。




「聞いたか? 俺のナナミア。




まったくお前は何者なんだ? 神がお前を救いたがってるなんて」




それはナナミア自身も考えつかない。




ただおそらくミルコップ軍団長がオスカー王子に頼み、




オスカー王子がユウリナ神に依頼したという流れは予想できた。




自分のことを忘れないでいてくれた……。




久しぶりに祖国と繋がれた気がした。




「しかし、ウォルバー君。




元々君は何をしてたんだ?」




「カロ島で商店を営んでいました」




「幸せだったか?」




「裕福ではありませんでしたが、




食べるのに不自由はしませんでした」




「家族はいたのか?」




「両親は7年前に死にました。




嫁に出た一つ下の妹がいます」




「妹とその夫の名は?」




「タオラです。夫はニートンです」




「会いたいか?」




「……はい、会いたいです」




それまで感情を出さず話していたウォルバーが、唇を震わせた。




「残念だがもう会えない。俺も心苦しいよ。




こうなったのは誰のせいだと思う?」




ギバはウォルバーの首に腕をかけた。




「それは……」




「間抜けな誰かが捕まらなきゃ、お前はこの島に来ることもなかった。




間抜けな誰かが俺の要求を断らなければ、お前は両腕を落とすこともなかった」




ギバは真っ直ぐナナミアを見ながら喋る。




「やめて……もうやめて……」




ナナミアはついに泣き出した。




ウォルバーも静かに涙を流していた。








夜。




ウォルバーはナナミアの牢の隣に入れられた。




どこまで追い込むつもりなんだ……。




ギバの恐ろしさが改めてナナミアを襲う。




ウォルバーは喋らない。




こちらを見ようともしない。




よく見ると顔や体には痣や擦り傷などが無数にあった。




自分が原因だと思うと直視出来ない。




「あ、あの……ごめんなさい。




私を助けに来たばかりに……」




返事はなかった。




一点を見つめたまま、彼は動かない。




いや、何か喋ってる。




小さな声で何かを呟いている。




ナナミアは耳を澄ました。




「……を……。……の……。……を……」




同じ言葉を繰り返してる。




さらに耳に神経を集中する。




聞こえた。その瞬間ゾッとした。




……オマエノウデヲクレヨ……




ウォルバーはこちらを向いた。




まるで死者のような虚ろな目に耐えられず、




ナナミアは顔を背け、




「ごめんなさいごめんなさい」と一晩中むせび泣いた。








次の日。




ナナミアはギバの要求を受け入れた。




ウォルバーの命を保証するということを条件に。




ギバはそんなことどうでもいいと笑って了承してくれた。




ギバは恐ろしく、そして頭も回る。




ナナミアは救援の可能性は低いと判断した。




もう誰も自分のために傷ついてほしくない、そう切実に思った。




私が耐えれば済む話だ。




屋敷に移され、温かい風呂と奇麗なドレスと豪華な食事を用意された。




侍女も付けてくれた。




「お前は俺の第五夫人だ」




ギバにそう言われた。




今まで罵しり、嘲笑していた兵や幹部たちも対応が変わった。




頭を下げたりはしなかったが、道を譲ってくれるようになった。




館には〝四座の間〟という部屋がある。




侍女に連れられその部屋に通された。




部屋の中央ではギバが誰かと話していた。




「間一髪だった。あの氷使いは厄介だぞ」




「こっちもだ。雷魔の力を間近で見たが、




普通の人間に対処出来るものではない……」




「まあいいじゃねえかよ、生きて合流できたんだ。




……しかし、どんな気分なんだ? 




くっくっく……死んだ人間になるってのは」




「ふん、悪くはないさ。何年も前からの計画だ。




帝国での地位や名声など今更惜しくもない」




侍女と共にナナミアは三人に近づいてゆく。




ギバの傍らに大きな犬がいた。頭に角が生えている。




一目で普通の犬ではないと気が付いた。




あれは魔獣だ。




「おお! 見違えたぞ! こんなに美しかったとは!




紹介しよう、俺の新しい第五夫人、ナナミア・ギークだ」




「お前何人目だよ。好きだな」




狂暴そうな顔の男が呆れたように言った。




「ギーク……確かノストラの一族の名だな。




なんだ、キトゥルセンから攫ってきたのか?」




優顔の男はまじまじと見てきた。




「そうだ。いいカードになると思ってな。




お前にも紹介しよう。




世間的には死んだことになってる亡霊……




元ザサウスニア軍〝六魔将〟……




ラドー将軍とナルガセ将軍だ」

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