第11話 メイド長、マイマ・ファウスト

俺にあてがわれた部屋は、3階の東側、死んだ王子の部屋だった。


小物類は既に片付けられていて、12畳ほどの広さにベッド、テーブル、書斎、


暖炉、クローゼット、猫足の風呂桶が置いてある。


城といってもやはり小さな国、3階建て石造りの四隅に、塔がくっついてる簡素なものだ。


前世で例えるなら地方の図書館とかコミュニティセンターぐらい。


それでも、国内では一番大きな建造物となっている。


城壁の内側に中庭があり、一階には大広間、武器庫、倉庫、軍の詰所、


病室、浴場、洗濯室がある。


二階に王の間、食堂、厨房、会議室、客室、個人部屋が複数。


三階は個人部屋が複数、書庫、宝物庫、王族用鍛錬場、護衛兵の待機部屋。


地下には魔剣を祀る神殿、倉庫、軍の詰所、牢獄がある。


この部屋は比較的大きいみたいだ。大きいと寒いんじゃないかと思ったが、


ベッド脇にたて掛けている魔剣のおかげで、暖炉の火が消えている今でも寒くない。


どうやら俺と魔剣が一緒にいると、炎が出てなくとも周囲の温度が上昇するらしい。


ラムレスなんかは「オスカー様は歩く暖炉ですな」なんて笑っていたけど、


まさにその通り。今の所弊害もないし、みんな嬉しがってるから良しとしよう。


窓から差し込む朝日に目を細めながら、背伸びをした。今日は天気がいい。


ベッドが硬くて背中が痛い。あまり寝れなかった。改善の余地ありだな。


後は床だ。俺は魔剣と共に行動するからいいけど、石のタイルは冷える。


他の者はしんどいだろう。部屋の中を物色していると扉をノックする音。


返事をするとメイドが一人入ってきた。


「おはようございます、オスカー様。昨晩はよく眠れましたか?」


飾り気のない黒いシンプルな一枚服、しっとりとした顔つき、


口元に小さな二つのほくろ、胸の上まである少しくせのある髪、


落ち着いた雰囲気、品のある所作、そして聖母のような微笑……。


ドストライク、好みです。


気付いたら(シースルー)を発動していた。


「ぶはっ!」


「どうしました? 大丈夫ですか!」


仰け反った俺にすぐさま駆け付け、腕を支えてくれた。ああ、いい匂い。


いかんいかん、無意識に使ってしまった自分が恐ろしい。


そうやって人は犯罪に走っていくのだ、自分を律しなければ!


我慢した先にパラダイスがあるのだ。まだ今じゃない。


今のはほら……朝だから。朝弱いんですよ、自分。


「な、何でもない、大丈夫だ」


「そうですか。……あ、ご紹介が遅れました。私、メイド長のマイマ・ファウスト


と申します。城内でのことは何でも私たちにお申し付け下さい」


マイマは綺麗なお辞儀をした。いちいち所作が美しい。


「こちらこそよろしくおねが……よろしく」


「昨日はお疲れのようでしたね。御夕食をお持ちしたらもうお休みになられていたので、


御飯の方は下げさせて頂きましたが……空腹のようでしたらすぐに御朝食をお持ち致します。


いかがなさいますか?」


そういえば、お腹が空いた。昨日はモルトに手当をしてもらってからここに案内されて、


夕御飯をお持ちしますと言われてたのにいつの間にか寝てしまったみたいだ。


でも起きた時ベッドにすっぽり入ってたな。


「うん、貰おうかな。……ねえ、自分でベッドに入った記憶ないんだけど、


もしかして君が運んでくれたの?」


「いえ、私ではありません。ネネル様がお運びになった様です」


おっと、予想外の人物。……ん? なんで俺の部屋に来たんだ?


俺に用がなくちゃ来ないよな? ていうか俺と同じくらいの身長なのに


よく持てるな、俺を。やっぱ有翼魔人だからか?


「そっか」


マイマは一旦廊下に顔を出して指示を出した。廊下に別のメイドがいるようだ。


ずっと待ってたのかな? なんか悪いな。


「今のうちにお身体をお拭き致しましょう。お召し物を脱いで下さいますか?」


マイマが手を叩くと二人のメイドがお湯の入った桶と白いタオル、


それと着替えを持って部屋に入ってきた。


「失礼致します」


マイマは20代前半といったところだが、二人は俺と同じくらいだった。


「え、ここで? マイマがやるの?」


「はい、何か問題でも?」


きょとんとしているという事は、以前からそれが当然なんだろう。


お湯の入っている桶を見る。あれは多分俺の状況を考えて朝から用意したものだろう。


丁度いい温度にお湯を調節して、ずっと廊下で俺が起きるのを待っていたという事だ。


昨日の夕飯もそうだ。せっかく用意してもらったのに、料理人に申し訳ない事をした。


この場所では俺の気まぐれで大勢の人の予定が狂う。これからは考えて行動しよう。



マイマは早くもタオルを絞っている。おそらくこの後も仕事が詰まっている事だろう。


ならば俺は彼女の意思を汲もう。


こちらも一回は社会の荒波に揉まれてきた身だ。


空気ぐらい読もう。


郷に入っては郷に従おう。


そして王族らしく堂々としていよう。



「……お、お願いします」


声ちっさ……。


今の俺の声? 


小鳥のさえずりかと思った。


俺は部屋着を脱いで、腕を横に開いた。


少しの緊張と、大きな期待を胸にして。

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