第184話 ミュンヘル王国編 精霊の女王

「なっ……」




ルナーオが驚いたのも無理はない。




精霊と接触したにも関わらず、バルバレスは生きていた。




「い、今のは……」




バルバレスはその時、身体の中身を引っ張られる感覚を味わった。




同時に、その場に引き留めようとする力も感じた。




弟の気配。リルパフが守ってくれた……?




精霊たちは床に消えた。




オムザも驚いた顔をしている。




「……な、何かの間違いだ」




焦った顔のオムザはもう一度バルバレスに精霊を放った。




しかし、精霊たちはバルバレスを避けるように宙を泳き、またしても床に消えた。




「宿霊石の加護……」




これなら勝てるかもしれない。




ルナーオは無敵だと思われていた魔剣の弱点が判明し、思わず口角を上げた。




「……嘘だ……そんなはずは……」




動揺したオムザはその場から逃げた。








ベイツを斬り伏せたキョウはウェインと激突した。




かつて〝白剣のウェイン〟〝黒剣のキョウ〟と呼ばれ、




国内最強剣士の称号〝国守の剣〟として王族警護の任についていた2人は、




各々が持つ名剣を何度もぶつけ合い、火花を散らした。




「キョウ! 聞こえるか? キョウ!」




黒霊種に身体を乗っ取られたキョウはもはや以前の彼女ではない。




王家の反乱劇により別々の道に進んだかつての盟友相手に、




ウェインは戸惑いながら剣を握る。




しかし、手加減できる相手ではない。




細く軽い片刃の名剣エンキを操るキョウは神速の剣技の持ち主。




一つでも判断を誤るとあっという間に首を飛ばされる。




対して幅の広い大剣である名剣ザンティウムは力で押すタイプだ。




当たればデカいが、キョウ相手に外すと致命的になる。




キョウの剣技に、黒霊種の憎悪渦巻くどす黒い感情を当てられ、




ウェインは押され気味だ。




必死にキョウを呼び戻そうと何度も叫ぶが反応はない。




目を赤く光らせるキョウの猛攻に何とか耐えていたウェインだったが、




遂に剣を弾かれ、ものすごい力で蹴り飛ばされた。




「ぐあっ……なんて力だ……」




壁を砕いて隣の部屋まで吹っ飛ばされたウェインは、




霞む視界に、頭を抱えて苦しむキョウの姿を見た。




キョウは身体の中にいる黒霊種に抵抗し、徐々に意識を取り戻そうとしていた。




「……わ、私の……中から……出て行けぇぇぇ!」




しかし黒霊種も簡単にそれを許さない。




キョウは目から血を流し、苦しみながら絶叫した。










【落とし子同盟】のバステロたちも何とか死人兵を片付けた。




旗の装飾された支柱を四体の死人兵に串刺しにして動きを止めてある。




「バステロさん! オムザが逃げました! 俺たちも……」




「まぁ待て。オムザは姫さんの獲物。




俺たちはあいつらの背中を守るのが仕事だ」




部下の声にそう返し、バステロは血に濡れた二本の斧を肩に担いだ。




王座の間の扉を叩く向こう側の敵兵の数は、かなり多い。




「もう少しだ! この扉を何としてでも守り抜く!」




「うおおお!」




生き残りは僅か5名。扉は今にも破られそうだった。 










オムザは城のテラスに追い詰められた。




「行き止まりよ、叔父様。さあ、魔剣を渡して投降しなさい。




所詮は力で奪ったかりそめの王権です。あなたには誰もついてこない」




ルナーオとバルバレスが退路を塞ぐ。




「随分生意気な口を利くじゃないかルナーオ。




母親にそっくりだぞ? おっと、もういないんだったな」




額に汗を浮かべ、意地悪く笑ったオムザは再び黒霊種を放ってきた。




しかし、青く輝く宿霊石を握ったバルバレスが拳を突きだすと、




まるで水に溶けたように形を崩して宙に散った。




周囲に舞った黒い粒子からは凶悪な気配を感じる。




「……くそ、また……お前は、一体何なんだ!」




オムザは恐怖に慄いている。




「往生際が悪いな。たたっ斬られたくないなら今すぐ魔剣を……」




後方から足音が聞こえた。




振り向くと同時に、野獣のように赤い目のキョウが襲い掛かってきた。




「ぐっ!!」




「キョウ! やめて!」




ルナーオの言葉は聞こえない。




とんでもない速さの太刀筋にバルバレスは防戦一方だった。




「くくく、さっきの威勢はどうした!」




オムザはいやらしい笑みを浮かべてルナーオに向けて精霊を放った。




「お前さえいなくなれば、この国は俺のもんなんだ……」




青白く光る精霊たちが迫る。ルナーオは死を悟った。




「まずい!!」




バルバレスは宿霊石をキョウの胸に当てた。




「うっぐうう!!!」




キョウの身体から黒い光が一気に弾け飛ぶ。




すぐにバルバレスは半身を捻り、空気弾を撃つ。




間に合え。




オムザの持つ魔剣オウルエールがはじけ飛び、




ルナーオに向かっていた精霊たちが接触する直前で掻き消えた。




カランと剣の落ちる音が響く。




「……済まない。助かった」




そう言ってバルバレスの脇を通り過ぎたキョウは、




名剣エンキを握りしめてオムザに近寄る。




「お、おい、キョウ! こいつらを殺せ! 弟がどうなっても……」




キョウは何も言わずオムザを斬った。




「あぐっ!」




そのまま踵を返し、今度はルナーオを抱きしめた。




「姫……ご無事で何より……」




「キョウ……つらかったでしょう……」




「最後の……いえ、この国を導く者として最初の大仕事です」




「ええ、分かっているわ」




ルナーオは落ちている魔剣オウルエールを拾い、




血を流しつつも這って逃げようとするオムザを追い詰めた。




「ま、待てルナーオ。話し合おう、な? 




もう王家は我らしかいないのだ、共にこの国を……」




「立って。塀の上に登りなさい」




感情の無い声にオムザは言葉を詰まらせた。




「登りなさい!」




胸から腹にかけての刀傷を抑え、オムザは震えながら塀の上に立つ。




落ちれば遥か下の森まで遮るものはない。




「あなたのような人間に、この国の民を率いることは出来ない。




あなたのしたことは死に値します。




第71代目のデストゥルネル家当主として、




オムザ・デストゥルネルを処刑致します」




ルナーオは魔剣の剣先をオムザに向け、精霊を放つ。




「おのれ小娘ぇぇ!!」




青白く光る精霊たちはオムザの身体を通り抜け、空に昇っていった。




魂の抜けた虚ろな目をしたオムザは、はるか下まで落下していった。










数日後。




朝の森を一人の兵士が駆けている。




何かから逃げるように、その顔は恐怖で歪み、切迫していた。




朝日が木々の間から差し、濡れた葉がキラキラと光っている。




黒剣を携えた女剣士が逃げた兵の後を追う。




こちらは何とも涼しい顔だ。




飛んできた矢が逃げた兵士の足に刺さり、派手に倒れる。




「うぐう! やめろ! 助けてくれ!」




男は命乞いする。




やがて追いついたキョウは真顔で黒剣を抜いた。




「お、お前……これは殺人だぞ! 俺にもお前にも立場があるだろ……」




「不思議な奴だな。誰にも知られなければ殺人もクソもない。




……悪いが私は見た目より残忍な性格をしているんでね。




お前は私を何度も犯した。気持ちよかったんだろう? よかったな。




……だがそれは死に値する」




「待ってくれ! 俺には妻も子供も……」




「知ってるよ。暴力を振るっていることも。彼女らはお前の被害者だ。




妻の方は私が王宮での働き口を用意した。お前より高給取りだ。




新しい旦那も私が用意する。なに、心配するな。




お前は祖国を裏切り、逃亡したことにしておいた。




ふふふ、お前……クソみたいな人生だったな」




キョウは名剣エンキを大きく振りかぶり、男の首を刎ねた。










オムザの圧政から解放されたミュンヘル王国の首都は、




改めてキトゥルセン軍を迎えるため国民総出で飾り立てられていた。




ルナーオを筆頭に、包帯を巻いた白剣のウェイン、




【落とし子同盟】指揮官バステロ、




キトゥルセン軍七将帝バルバレスと包帯を巻いたベイツたちが、




簡易的なパレードで街中を練り歩く。




通りには人々が溢れかえり、




キャメル色の煉瓦の町並みには紙吹雪が舞っている。




キョウはパレードには参加せず、




弟を車いすに乗せ、群衆の中からみんなを見ていた。




「うわー、すっげー! 本物のルナーオ様だ! 




あ、あの腕が機械の大きな人がバルバレス将軍?」




「ん? どれ? ああ、そうよ。おっきくて強いのよ。




おまけに精霊にも負けなかったんだから」




「かっこいいー!! 




……ねえ、なんで姉ちゃんはあそこにいないのさ?」




「私は別の仕事があってね、間に合わなかったの」




「ふーん、もったいない」




操られてたとはいえ、国を解放しようと戦った彼らと王女を邪魔し、




傷つけたのだ。




みんなはしょうがないことだから気にするなと言ってくれるが、




彼らと同じところには立てない。




「姉ちゃん決めた。俺、バルバレス将軍みたいになる!」




弟のキラキラした目を見てキョウは「うん、応援するよ」と微笑んだ。




その時、周りの人々が空を見上げて歓声を上げた。




街の上を炎を纏った深紅の巨鳥が羽ばたき、




その周りを銀の甲冑を着た有翼人兵が飛んでいる。




「キトゥルセン連邦軍……魔獣カカラル……ってことはオスカー王子だ!」




誰かが叫ぶと、人々は一段と盛り上がった。




空の一行はこちらに降下してくる。




そして四階建ての建物スレスレを凄い勢いで飛び去って行った。




熱風が辺りを包み、紙吹雪が一瞬で燃えて灰になる。




その光景に人々は魅入られ、手を叩いて声を爆発させた。




「姉ちゃん! あっちだよ! 早く早く!」




「はいはい、わかったわかった」




キョウは弟の車いすを押して街の中央広場に向かった。




そこでは新たな女王の即位式と、




この国が連邦入りする調印式が行われる。




オムザの圧政や周辺国の戦乱から国民は不安に耐えてきた。




その反動だとしても、こんなに歓迎された他国への併合があるだろうか。




その時、ふとキョウは狭い路地裏に男の子を見つけた。




輪郭が青白く光っているのに気づいて思わず固まる。




精霊。




しかし、恐怖は感じなかった。




男の子は笑顔を見せ、光となって空に昇り、溶けて消えた。




笑い声が聞こえたような気がして、




脳裏に雪の降る村で薪割りをする、幼い兄弟の光景が浮かんだ。




今のは……精霊の……記憶?




「姉ちゃん、早く!」




弟に急かされ、キョウはその場を後にした。

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