第101話 ラグウンド王国攻略編 炎と氷

舗装した地面が現れ、トンネルが明るくなった。


壁の高い位置に一定間隔にランプが灯っている。


中身は火ではなく、夜行花だ。紫色の淡い光を放つ貴重な植物。


兵士の詰め所が見えてきた。


30名ほどが慌ただしく動いている。


「盾を構えろ!」


マーハントの号令が響いたのと、


矢が飛んできたのはほぼ同時だった。


根人は長く沢山ある指を駆使して、一本の腕に2つの弓を装備していた。


俺は盾の隙間からフラレウムを出し、火球を5発放った。


敵兵の詰め所は爆発炎上、兵士を一掃した。


すっきりした。気分がいい。


詰め所の両壁にはいくつかの部屋があり、


そのうちの一つから大量の押収品とみられる物資を発見した。


全て人間用の物。コマザ村から持ってきた物に違いなかった。


「服、装飾品、家財道具……こんな大量に……」


キャディッシュが積まれた物資を見ながら部屋の奥に行き


「オスカー様……」と顔をしかめながら呟いた。


そこにあったのは人間の死体だった。


両腕を縛られ、拷問された跡がある。


若い男……コマザ村の住人だ。


「……くそっ、ふざけるな……」


怒りで頭がおかしくなりそうだった。


胸の奥でどす黒い炎が上がる。


「オスカー様、敵兵を捕まえました」


兵士に連れてこられたのはまだ若い小ぶりの根人だった。


足の半分ほどが燃え、体はぐるぐるに縛られている。


「ひひっひひひ……ざ、ざまあみろ……いひひひっ」


マーハントが一発殴り、


「他にも連れてきた人間がいるのか!?」と耳元で怒鳴る。


「……い、いるに決まってるだろうが。


全員ゆっくり殺してやったよ、ひひっ。


お前ら、食料だけで罪を償えるとでも思ってるのか?


人間ごときが俺たちの頭上に住むなんて、


そもそもそこからおかしいんだよ!!


昔受けた屈辱は! 今、血をもって返してやる!


ラグウンドに栄光あれ!!」


根人はそう叫び、自ら舌を噛み切って絶命した。


「……マーハント、昔の国境紛争のことは俺も聞いた。


根人に被害があったとの記述はどこにもなかったんだが、


それは俺の認識違いか?」


「いいえ。私もそのように記憶しています。


もしかすると、30年以上前の話ですから、


今の世代に歪んで伝わってるのかもしれません」


どうも根人という種は厄介な精神性らしい。


全てを自分たちの都合のいいように解釈しているのか。


今の若い世代は直接的な被害を被っていないのに、


話を聞いただけで憎悪が膨れ上がっている印象を受けた。


むしろ生まれた時にはウチとザサウスニアから、


それぞれ500人分の食料を毎月貰っている世代だ。


それでチャラのみならず、更に恨まれるとは呆れてものも言えない。



兵士の詰め所を後にし、俺たちはさらに進んだ。


やがて木の根が左右の壁を覆い、


古代文明の遺物がちらほら目に入ってきた。


壁の至る所から精巧な造りの人工物が顔を覗かせている。


街道や家らしき丸い建物には誰一人としていない。


前方から根人の兵が隊列を組んで姿を現した。


前列には大きなトカゲに乗った騎兵が50ほど。


歩兵は百を超える。


「あれは〝鎧トカゲ〟だ。中々手ごわいぞ」


リンギオが弓をつがえながら教えてくれた。


狂暴そうな顎にでかい身体。


もはや恐竜、もしくは羽のない竜だ。


「隊列を組め!!」


俺はそう叫んでから火球を6発撃ちこんだ。


向かってきた前線が乱れる。


騎乗していた根人は片付けたがトカゲは無傷だった。


「火に強いようですな」


マーハントが長槍を投げた。


一番手前の一匹の頭にドスっと刺さり、


走ってきた勢いのまま転がる。


「矢も効きそうにないですが、槍ならいけますね」


「クロエ! 一掃しろ!」


「了解」


根人は全員トカゲから降りたようだ。


トカゲはかなりの速さで津波のように向かってくる。


前に出たクロエが手をかざす。


「ふっ……はぁっ!」


とてつもない速さで前方の地面に歪な氷が敷かれた。


クロエの手がクッと上に上がる。


同時に地面から大量の氷柱が飛び出し、


一瞬で全ての鎧トカゲを腹から串刺しにした。


味方の軍から感嘆の声が上がる。


俺は炎蛇で氷域に道を作り、進軍した。


向かってくる歩兵を容赦なく焼き、


マーハント軍も火矢を放ち剣を振る。


一方的な展開だった。


至る所から根人の断末魔が聞こえる。


いや、断末魔というより罵詈雑言と言った方がいい。


「我々をまた侮辱するのか!」


「反省どころかまた……」


「下等な分際が調子に乗るな!」


「存在価値のない人間こそ滅ぶべきだ!」


好きに喚け。


これから死人になる者に何を言われてもどうってことない。


やがて声は駆逐された。



根人の軍を蹴散らした先は巨大な円形の空間になっていた。


高さは50m以上ありそうだ。


中央は〝王族樹域〟と呼ばれ、


巨大な樹に建物が寄生している形の王城になっている。


その周りには市街地が広がっていた。


一般の根人はどこかに避難しているのか姿は見えない。


王城に向かう道を進軍していると、


一軒の民家から子供の根人が出てきた。


俺は反射的にフラレウムを向けたが、


リンギオが俺の腕を掴んだ。


クロエも俺の前に移動し、


フラレウムの切っ先を自らの胸に当てた。


キャディッシュは子供の根人に近寄り、


早く離れた方がいいと言っている。


「オスカーやめて」


「王子、さすがに……」


クロエの泣きそうな顔で我に返る。


「これを許したら私はオスカーを嫌いになる。


お願い……好きなままでいさせて」


クロエはフラレウムの剣先を握り、薄く凍らせた。


冷気が剣を伝わり身体に入ってくる。


赤くなったクロエの目から一筋の涙が流れ、


頬から落ちる前に凍って止まった。


「……そうだよな。ごめん、助かった……ありがとう」


三人は安堵したように顔を見合わせた。


頭が冷えた。


もう大丈夫だ。



王城の門に赤装束の根人が6名立っていた。


武器は持っていない。文官か?


「お待ちしてました。ジョハ王がお待ちです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る