第17話 戦いの舞台

 電子強弓でんしごうきゅうを握ると、しゅうは先ほどよりも戦場に近い所へ移動した。

 素早く足を開き、重心を整える。慣れた動作で矢をつがえた後、するりと淀みのない動きで引き分けた。

 狙いの中央に、八咫烏ヤタガラスの羽ではなく額をとらえ、矢を放つ――矢は低い唸り声をあげながら空を切り、狙い通り敵の眉間に突き刺さった。直後、敵はもがき苦しむように羽をばたつかせる。


「ギャアアアアアッ ギャア、ギャア、ギャアアアア」


 前線で戦っていたつばさは思わず振り返り、それを射たのが柊だと察した。


『柊、また狙われるぞ!』

「分かってる」


 同じ過ちは、二度としない。

 そう自分に言い聞かせ、素早く次の矢をつがえる。柊は弓を握りしめ、八咫烏めがけて走り出した。八咫烏はまとわりつくように接近戦を試みる伊織いおりたち数名の隊員を振り落とし、けたたましい威嚇の声をあげる。


「アアアアッ アアアアアアアッ」


 柊を見つけた八咫烏は、滑空を始めた。

 両者の距離が半分まできたところで、柊はプラットホームを強く蹴り、上空高くへ跳躍する。


『ダメだ! そんなことをすれば、みすみす標的に――』


 翼の言葉を遮り、柊は通信機へ叫ぶ。


「俺が上空から頭を狙う。まだ戦える人は、下から敵に切りかかって!」


 指示を出す間にも跳躍の加速は緩やかになっていき、やがて柊は放物線の頂点に達した。上空でひらりと身をひるがえすと、左こめかみの赤い歯車ギアを押す――筋力を上昇させる、筋力補助セカンド・ギア。全身に力がみなぎるのを感じながら、素早く弓を引き分ける。

 柊の読み通り、八咫烏は上空へ逃れた彼を追いかけ、真下から襲いかかろうとしていた。ギチギチと電子強弓の弦を鳴らし、八咫烏の大きく開かれた喉奥目がけて矢を放つ。同時に、地上からは翼たち前衛の隊員たちが切りかかる。


 明確な殺意をもって開かれる、太く大きなくちばし

 赤い喉奥へ吸い込まれていく銀色の矢、足元から臓腑をえぐる無数の刃。


「ギャアアアアアアアアッ」


 もんどり打って地表に転がった八咫烏は、激しく全身を痙攣させた後、光の粒子となって消えていった。

 落下していく敵影を確認していた柊は、受身を取るのが遅れてしまった。着地に失敗し、派手な音を立てながらプラットホームに転がる。着地の衝撃で足や膝が悲鳴をあげていたが、無理やり上体だけを起こした。こみ上げる感情に身を任せ、拳を振り上げる。


「――っしゃあ!」


 振り上げた片手だけでなく、全身が極度の興奮で震えている。

 それは、生まれて初めての経験だった。

 奪われ、脅され、虐げられ、消費され、使い捨てられてもなお、震えながら耐えることしかできずに生きてきた一匹の野良犬が、自分の意志で強者へ牙を剥き、抗い、命のやり取りの末に相手をたおしたのだ。

 仕事として初陣を飾った、だけではない。

 原始より綿々と続いてきた争いの連鎖を拒否してきた柊が、生まれて初めて戦いの舞台に上がった瞬間だった。


 意識のある隊員たちも、あちこちから歓声をあげている。

 音も少なく優美な姿勢で着地した翼が、柊の傍らへ駆け寄ってきた。立ち上がろうとする柊へ手を貸す彼女の声も、弾んでいる。


「柊! よくあんな作戦を思いついたね」


 ヘッドギアを被っていても、翼が目を輝かせているのが感じられた。

 話しかけられたことで、一気に現実へ引き戻される。柊は、褒められたことが嬉しい反面、かなり照れくさかった。なにせ、それさえも初めての経験だった。

 だから無言で頷くと、翼から視線を外して空を見上げた。

 息を吐く間もないほどの短時間のように感じていたが、既に空は菫色に染まっている。あの妖しいまでに美しいグラデーションは、日の入り直前の一瞬しか見ることのできないものなのだろう。


「あちこち狙われるより、俺一人を狙わせた方がみんなも攻撃しやすいかと思って」

「自分から陽動を引き受けるなんて、すごい勇気だよ」


 俺が囮になればいい――そんな風に考えていたのに、翼の一言は、柊の自虐的な考えを軽く吹き飛ばしてしまった。

 鞘へ太刀を納めながら労う翼へ、柊は軽く首を振った。


結衣ゆいが教えてくれたんだ。“全員みんなのために戦え”、って」


 その返答に、翼は静かに頷いてみせた。


「……そうだよ、柊。仲間のために自分は何をすればいいか――私たちは、常にそれを考えて戦わなきゃならないんだ」


 労うように柊の肩を軽く叩くと、翼は通信機へ語りかけた。


「こちら一班班長、目標の撃破に成功。八咫烏型【D】の消滅を確認しました」

さかきだ。皆、ご苦労だった。シェルターへの連絡は撤収を終えたのち、私から伝える。歩けない者には軽傷の隊員が手を貸し、速やかにジープへ帰還しろ』


 榊の撤収命令に、多くの隊員が安堵のため息を吐いたそのとき、プラットホームに廃棄されていた新幹線の車両が大きな音を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます