第30話 胸を張れ

「待ちくたびれたぞ、二人とも」


 控え室の扉を開けるなり、ハスキーな声が出迎えた。

 パイプ椅子に腰かけたさかきと、目が合う。先ほど長谷部はせべと言い合いをしたときとは打って変わって、榊の表情は穏やかなものだ。しゅうつばさの表情を確認すると、ほんの僅かに目を細めてみせる。


「もうすぐ時間だ。佐東さとう、原稿は頭に入っているな?」

「たぶん、なんとなく、それなりに、ですけど」

「絶対、確実、完璧に――だ」

「は、はいっ」


 柊の返答に口元を緩めると、榊はパイプ椅子から立ち上がった。


「翼も、大丈夫か」

「問題ありません」


 はっきり言い切ると、翼は真摯なまなざしで榊を見上げた。

 それを受けた榊は、祈るようにそっと目を閉じ、囁くような低い声で二人へ語りかける。


「二人とも、よく聞け。我々が女であろうと、男であろうと、ベテラン兵であろうと、初陣を終えたばかりの新兵であろうと――そんなものに意味はない」

「はい」

「我々が国民の安寧を願い、平和を取り戻すため、命懸けで戦ってきたことは事実だ。胸を張れ」


 ほんの一瞬の厳かな沈黙は、榊の激励で破られた。


「さあ、行くぞ。我々は、神に選ばれし戦士の代表だ。基地で待つ仲間たちに恥じぬよう、どんなことがあっても顔を伏せるな!」

「はいっ」

「はい!」


 榊を先頭に、翼と柊は並んで廊下へ出た。

 扉の外で待っていた榊の秘書が、ガッツポーズで励ましてくれる。秘書に目礼をした後、打ち合わせ通り、柊が翼の前へ出る。

 赤絨毯が敷かれた廊下をしばらく進むと、両開きのドアの前へ辿り着いた。会見会場からは、ダブルギアの歴史について語る長谷部の声が聞こえてくる。


「――それでは、準備が整ったようであります」


 スーツ姿の男たちが、長谷部の言葉にタイミングを合わせ、扉を開く。眩いばかりのライトが当てられた瞬間、さざ波のようなざわめきが押し寄せてきた。

 経験したことのない重圧と視線が、肌を突き刺す。それでも、柊は榊の忠告通り、まっすぐ顔を上げたまま会場へ足を踏み入れた。

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