第32話 不規則発言

「ご紹介いたします。特定巨大生物対策本部・第一小隊の戦闘員二名、及び、小隊長であります」


 長谷部はせべの声が、マイクを通して会場へ響き渡る。

 扉から入場した三名の戦闘服を着た若者たちを前に、人々はどよめきを抑えることができない様子だった。

 ある意味、初めて戦場に立ったときと同じかそれ以上に緊張しているしゅうは、頬を強張らせながらさかきの後をついていく。

 壇上には、四つの椅子が並んでいた。

 事前の打ち合わせ通り、榊、つばさ、柊、長谷部の順になるように並ぶ。一礼の後、会場全体を見渡した。

 閣僚会議も行われる会場とあって、丁寧にメンテナンスがされている。

 広々とした空間を生かす高い天井には、地上時代に作られたと思しきシャンデリア。その下で着座させられている観客たちは、左が各シェルターの知事で、右が国会議員、と分けられている。

 正面中央には国営放送の撮影スタッフたちが陣取り、その後方は、スーツを着た官僚たちが埋め尽くしていた。ざっと数えただけで、三百人以上いる。

 長谷部の指示で席に着く。背筋を伸ばし、顎を引く。正面を見つめる柊の全身に、人々の注目が集まった。隣に着席した長谷部に促され、白い布クロスを掛けられた長テーブルから、マイクを取る。

 言葉より先に、口から心臓が飛び出しそうだ。


佐東さとう柊と申します。階級は一尉相当、特定巨大生物対策本部・第一小隊、現場指揮を務めております」


 観客たちから拍手が沸き起こる。続けて、翼も自分の前に置かれたマイクを取り、軽く咳払いをした。


「榊翼と申します。階級は一尉相当、所属も同じであります。現場では、佐東一尉の補佐を務めております」


 翼の柔らかなボーイソプラノに、拍手に紛れて政治家たちの会話が聞こえてくる。


「……若いな、二人とも」

「ええ。特に、榊という戦闘員は、予備科でしょうか」

「二人とも、地下世代によくある“中性顔”というやつか」

「顔だけ見ると、まるで可憐な少女みたいですわ」

「あんな細腕で、あの恐ろしい化け物を倒せるものなのか?」

「確か、武器は太刀や和弓と聞きましたが……」

「そこは、神降ろしダウンロードとかいう人外の力を得ているから、という触れ込みだが」


 拍手とざわめきが混ざり合うなか、最後に挨拶をしたのは榊だった。

 小隊長である榊は、これまでに何度か内閣総理大臣やごく少数の政治家の前で顔を出したことがあるらしい。そのため、若い二人と比べて目立った反応はなかった。

 一通りの挨拶が済むと、長谷部が場を取り仕切る。


「えー、最初の二人は、現役の戦闘員であります。そして、故郷に残してきた家族がおります。他国の介入を防ぐため、彼らの出身シェルターや年齢等は、すべて非公開と致しますことを、ご了承願います」


(そんなこと言ったって、どうせどのシェルターも、俺たちが自分たちの地区の出かどうか、徹底的に調べるんだろうな)

 そういう意味で、元々男の柊と、一度も外部と接触したことのない翼、という人選は、これ以上ない組み合わせと言える。

 質疑応答の内容は、事前に渡されていた草稿の通りだった。

 榊や基地の職員が徹底的に対策をしてくれたおかげで、大抵の質問は、模範解答が用意されている。緊張で頭がうまく働いていなかったが、柊が答えるときになると、白いテーブルクロスの影になる位置で翼が膝をつついてくれたため、どうにか取り繕うことができた。

 質問の半数は、小隊全体に関わることだ。それについては榊が解説する。

 個人的な質問は、現場指揮官として紹介された柊が答える。これらは、少年として見た場合、あまり声が低くない翼ができる限り喋らないためでもある。

 会見が進むにつれ、会場には和やかな雰囲気も生まれ、ときには柊の飾らない返答に軽い笑い声もあがるようになった。

 とはいえ、半数以上の大人たちは、「こんな幼い子どもたちだけで、本当に日本を守れるのだろうか」とでも言いたそうな表情を浮かべている。

 翼や榊の性別はバレていないようだが、柊が予想した通り、三人の姿は、国民の期待する“超人戦隊スーパーヒーロー”とは少し印象が異なるのだろう。

 柊は居心地の悪さを感じながら、次の質問者へ顔を向けた。

 司会者に指名されて立ち上がったのは、見覚えのある灰色の作業着を着た三十代の男だった。彼はガニ股でぺこりと頭を下げ、渡されたマイクを握る。


「青森シェルターの知事の代理で来やした。自分は、青森自警団の者です」


 柊は、瞬きを繰り返しながら男の顔を見つめた。

 確かに、その額の傷痕には見覚えがある。柊の説得に応じて、バリケード建設の指示を出してくれたリーダー格の男だ。

 相手につられて、柊も軽く頭を下げる。その間にも、会場のざわめきは大きくなっていく。


「えー……恐らく、ここにいる皆さんが一番知りたいことを、自分がお答えしやす。一昨日の【D】災害時、我々、青森自警団が目撃したダブルギアは、壇上にいる二人で恐らく間違いありません」


 本来なら、この場に出席できるような権限など持たない男の説明へ、観客たちは耳を傾けている。

(まあ、俺は顔出ししたから、断定できるだろうな。翼も顔は見せてないけど、だいたいの体格は分かるだろうし)

 柊が質疑応答の草稿を思い返していると、青森自警団のリーダーは、更に声を張り上げた。


「つまり、彼らは政府が用意した、替え玉や・・・・偽物・・など・・では・・ありません・・・・・!」


 再び沸き起こるどよめきと、入場のとき以上の大きな拍手を聞きながら、柊は背筋が冷えるような心地がした。

 もし、非常階段で話したように、国民の期待に添うような見た目の替え玉を用意していたら、この男によって偽物と断定されてしまっていただろう。仮に、この場には知事が来ていたとしても、「出演していた奴らは偽物だ」と、あっという間に噂が広がったに違いない。

 やはり榊の言うように、嘘を吐くのと黙っているのは違うのだ――性別を言わないだけだから、こうして切り抜けられたが、別人を連れてきていたら、取り返しのつかない事態になっていた。

 冷や汗をかいている柊の様子に気づくこともなく、青森自警団の男は、一昨日、柊が彼らへ語りかけた言葉を、オーバーな身振りを交えて説明している。

 それが一段落すると、相手は再び壇上へ顔を向けた。


「よお、ダブルギアの兄ちゃん。一昨日は世話んなったな!」


 さすがに、こんなやりとりは質疑応答例にもない。

 不安に駆られ、ちらりと榊へ視線を送る。だが、発言を一々確認するわけにもいかない。カメラを通じ、数百万の視線が注がれているのだから。

 不安に顔を曇らせた柊へ、自警団長の男は気さくな笑みを浮かべた。


「俺たちはよ、横にいるお偉方が作ってくれた、お上品な言葉なんか要らねえんだ。一昨日、兄ちゃんが俺たちにかけてくれたような生の声が欲しいんだよ」

「……はい」

「カメラ越しにあんたたちを応援している、何百万という国民に向かって、何でもいい。今、あんたが感じていることを話してくれないかい」


 話を遮るように、苦虫を噛み潰したような顔の長谷部が応対する。


「あー、警備上の都合で、ここには各知事と中央のシェルター管理部の人員のみが集められているはずだ。部外者の不規則発言は、慎んでいただきたい」


 あちこちからあがる、非難の声。

 いつの間にか握っていた拳に、そっと触れる指の感触。視線を横へスライドさせると、翼が目を合わせ、力強く頷いた。

 その表情に背中を押された柊は、机に置いたマイクを再び持ち、静かに椅子から立ち上がった。

 自警団長が言う「柊が彼らへかけた生の声」というものは、翼が山犬型【D】から柊を助けてくれたときの言葉が元になっている。

 生きてこの場に立っているのも、青森自警団員たちへ声を掛けることができたのも、自分一人で成しえた結果ではない――そのことは、柊が一番理解していた。

 身体の内側から魂を叩くような音が、胸の中央で響いている。緊張で渇ききった喉を鳴らし、柊は口を開いた。


「先日は、ご協力くださり……こちらこそ、ありがとうございました」


 静まり返った広い会場に、柊の声だけが響く。


「自警団の皆さんが、強化シャッターを死守してくれたおかげで、俺……じゃなくてわたくしたちも、【D】と戦うことに集中できました。まだ交戦中だ、と説明したら、すぐにバリケードへ戻ってくれたのも、その、すごくありがたかったです」


 乱れてきた言葉遣いに、長谷部がわざとらしく咳払いをする。

 それとは対照的に、隣に座る翼は、柊をまっすぐな瞳で見つめてくれていた。そのまなざしを頬に感じていると、言葉遣いなんて大した問題ではない気がしてくる。

 膝が震えそうになるのを堪え、強く強くマイクを握りしめる。


「ダブルギアだけで、戦えているわけじゃないです。例えば、自警団の人が【D】を探してくれるとか、自衛隊の人が無人航空機ドローンでサポートしてくれるとか、壊れた街を直してくれるとか――そうした皆さんのおかげで、俺たちも勝つことができたんだと思います」


 自分は今、ダブルギアの代表としてここにいるのだ。そう、胸へ言い聞かせながら、会場にいる大人たちを見渡す。

 訝し気に目を細める者、言葉遣いがなってない、というように鼻で笑う者……そういった否定的な顔も、ちらほら見られる。だが観客の大半は、柊へ好意的な笑みを向けていた。


「俺たちダブルギアは、これからも【D】に勝てるよう、全力で頑張ります。どうかこれからも、ご協力をお願いします」


 深々と頭を下げた若き戦士へ、惜しみない拍手が送られる。

 言葉遣いは滅茶苦茶だし、本来ならば、正式名称の“特定巨大生物対策本部・第一小隊”と言うべき部分を、通称のダブルギアで話してしまった。

 長谷部の呆れたような表情は、柊の答弁に満足していない証左だろう。しかし、その隣で頭を上げた柊の頬には、自信のこもった笑みが浮かんでいた。


 少し前まで、声だけで存在していた妹は、柊に繰り返し言い聞かせていた。

(どんなにヒドい失敗をしても、誰に誤解されても、他人とかかわることをやめたらダメだよ)

 翼を人々の視線から守るために、青森自警団の人たちと会話したことで、面倒な国営放送に引っ張り出されてしまった。その反面、会話した青森自警団員たちが、柊を本物と証言してくれたのだ。結果、多くの大人たちが二人を本物のダブルギアとして認めてくれた。

 これまで他人と上手く付き合えなかった柊は、それが大きな前進に感じられていた。

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