第33話 自覚はあるのか

 国営放送の出演を終えた後、しゅうたちは基地へと戻った。

 この二日間、放送準備で細切れな仮眠しか取れていない。基地へ入った途端、緊張の糸が切れたのか、膝から崩れ落ちそうになる。へろへろになりながら、どうにか壁に手をついて、床へ倒れそうになるのを踏みとどまる。

 そんな柊を笑うつばさの目の下も、うっすらと隈ができている。


「あはは、もう少しだからがんばろう、柊」

「分かってるけど……このまま床でいいから寝たい……」

「ほら、あと五十メートルでエレベーターだから」

「無理……もうこれ、ほぼ寝てる状態なんだよ」


 二人のやり取りを一歩前で眺めていた榊が、腰に手を当てて苦笑する。


「やれやれ、情けないな。それでも、元自警団トップクラスの偵察班出身か?」

「なんとでも言ってください、眠いったら眠いんですよ」

「そうか。そこまで言うなら仕方あるまい」


 榊の声が近くなったかと思った次の瞬間、壁に吸い付くような勢いでもたれていた身体が、急に軽くなる。

 肩を貸すような姿勢で、榊が柊の腕を自分の首の後ろへ回させたのだ。

 そのことに、最初に反応したのは翼だった。


「小隊長! な、なにを――」


 軍帽でも隠し切れないほど頬を赤くした翼が、大きな声を上げる。しかし、榊は表情一つ変えず、そっと首を傾げてみせた。


「こんなところで倒れられたら、個室へ送り届けるのに苦労するだろう」

「そ……それは、そうですが」

「エレベーターまで肩を貸すだけだ。それとも、何かまずいことでもあるのか?」

「ありません」


 翼の慌てふためく様子に、軍帽に隠れた榊の目が見開かれる。


「…………翼?」


 耳まで赤くしている翼。そして、その視線の先を榊も追う。

 肩を貸してもらった状態で、半分気絶しかけている柊を、翼は見つめていた。

 二人を交互に見た後、榊は開いているほうの手で、さりげなく軍帽の鍔を引く。そうこうしていると、肩の違和感に気づいた柊が、はっと我に返った。


「え、あれ? なんで榊小隊長が……ぁあああっ」


 今度は柊が、取り乱す番だった。

 真っ赤になった翼とは逆に、みるみるうちに柊の顔から血の気が引いていく。


「すみません、もう目は覚めました!」

「そうか。自力で歩けるか?」

「はいっ 申し訳ありません。お、お先に失礼しますっ」


 上官である榊に、もたれかかるようにして居眠りしていたのだ。慌てて榊の肩から腕を外すと、柊は軽く頭を下げる。そうして、駆け足で廊下の奥へ消えていった。

 あっという間に角を曲がって消えた柊の背中を、翼は黙って見送る。そんな妹を、榊は静かに観察しているようだった。


「翼、自覚はあるのか?」

「え? 小隊長、何でしょうか」

「……ないのか。そうか」


 腰に手を当て、小さく嘆息する。

(さて、どうしたものか)

 少し考えた後、榊は目を細めた。


「疲れているところで悪いが、少し、二人で話さないか」

「はい、問題ありません」

「ここでは人に聞かれる。小隊長室へ行こう」


 それを聞いた翼は、いつもの微笑みを浮かべ、榊の隣に並んで歩きだした。

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