第66話 臨時編成・四班
午後になると、治療優先の隊員たちは食堂を後にしていった。
次の戦闘に参加できそうな隊員は、新人の
殉職者が出なかったことで誤魔化されがちだが、
左腕を二の腕で切断してしまった
その結衣が、ツインテールを揺らして
「なぁんだよー。ボクのこと、じぃっと見つめてさぁ」
「え? あ、ああ、ごめん。左腕が使えないと大変そうだな、って」
結衣は、くちびるを尖らせて頷く。
「ホントだよー。髪を結ぶにも、一々職員さんにお願いしなきゃなんないしさー」
「そこかよ」
「あったり前じゃん。名前に『結』って字が入ってるのに、ボサ髪でいられないよ」
「そこかよ」
取るに足らない雑談を交わしながら、不意に結衣が身を寄せてきた。反射的に身を引こうとする柊の顎を、ぐいっと掴む小さな手。
「柊の教育係はボクってこと、忘れちゃダメだからね?」
「はい?」
「班が変わったって、柊より後輩の新人が入ったって……ボクと柊の関係は、切れたりしないんだよ?」
小柄な結衣にもたれかかられていることに、自然と頬が熱くなる。だが、励ますような言葉なのに、結衣の声はどこか不安の色を帯びていた。
参戦できない、というもどかしさもあるのだろう。しかしどうやら結衣は、彼女自信のことではなく、柊の置かれた状況に不安を感じているようだった。
それが何に対するものかは分からない。それでも彼女を安心させようと、柊は無理やり笑みを作ってみせた。
「分かった。困ったことがあったら、すぐ相談する」
「そーそー。ここでの教育係とその後輩は、退役まで続く関係になりやすいからさ。戦闘のことだけじゃなくて、誰かと喧嘩したとか、お腹痛いとか……何でも相談していいんだからね?」
「いや、腹が痛いときは、結衣じゃなくて衛生班に頼るけどさ」
結衣の顔から笑みが消える。
ちらっと流した視線の先には、新人の西村がいた。
「新人ちゃんのことで困ったら、すぐ相談するコト。いい?」
「……う、うん……?」
じゃーね、と笑うと、結衣はぴょんと飛び跳ねるようにして身を離し、食堂を出ていった。手を振る柊の隣へ、
「柊、私たちもミーティングをしよう」
「了解」
食堂内は、既にそれぞれの臨時班にざっくりと分かれていた。
一班は、新・現場指揮官となった
二班は、
三班は、
そして四班は、前衛後衛半々の寄せ集め班だった。
「それじゃ、まずは簡単に自己紹介からしていこうか」
班長となる翼の言葉に返事をしたのは、柊一人だ。同班の仲間となる二人をちらちらと見やるが、視線は合わない。
翼は、班員の三名を順番に見ながら話しかける。
「臨時編成班の四班班長となる、
次に軽く手を挙げたのは、
刈上げショートの小柄な少女は、腕組みの姿勢に戻すと自己紹介をする。
「副班の柳沢
「知ってると思うけど、班構成は、現場指揮官が小隊長へ進言するんだ。私に言われても、代わってあげるわけにはいかないんだよ」
「へっ まぁいーさ。臨時編成が終わった後で、アタシが新班長に就任するところを見せつけてやっからな!」
ビシッ と指を突きつけられた柊は、仕方なしに曖昧な笑いを浮べておく。
(俺は班長に興味ないんですが……)
そんな柊は、薄ら笑いのまま誰にともなく軽く頭を下げた。
「
「…………早っ! コミュ障かよ」
(この
柳沢のツッコミに、柊の頬が引き攣る。そんな二人のやりとりにも反応せず黙っているのは、同じく四班となった西村だった。
細い顎に指を当て、軽く頬杖を突いている。
他人に興味はない、という顔つきで、西村は食堂の壁に掛かった時計を眺めている。
そんな西村へ、翼が話しかけた。
「西村、時間が気になるの?」
「……別に」
「色々、不安なこともあるだろうけど、まずは、同班となる私たち三人の顔だけでも覚えてくれないか」
しかし、顔をこちらへ戻す素振りはない。
根気よく話しかける翼を、柳沢は呆れた顔で見ている。既に一日目にして、副班長の柳沢は西村を見限ったらしい。
このままでは翼の負担が増えてしまう。
仕方なく、柊も西村へ話しかけてみた。
「あ、あの、西村、さん」
「…………」
しかし、名前を呼んだところで止まってしまった。
ただでさえ、コミュニケーション力に自信がない元
元一班の三人と、よく絡まれる柳沢や宇佐はともかく、それ以外の女子に自分から話しかけるなんて、柊にはハードルが高すぎた。
冷や汗がダラダラと背中を伝っていく中、必死に言葉を絞り出す。
「その、ですね……少しでいいから、話しませんか」
「要らんわ」
(即答で撃沈――!)
「で、でも、俺は要ると思うから」
ごくり、と唾を飲んで続きを口にする。
「だって俺、西村さんの
その単語に、不安を覚えるのは柊だけではないらしい。
翼、そして柳沢までもが何とも言えない顔で柊を見ている。
(俺だって、この人事はメチャクチャだ、って思ってるんだよ!)
冷や汗が頭皮を伝って流れていく。入口近くのテーブルでミーティングをしている美咲を、窺い見た。美咲は柊たちの不安など気づく様子もなく、にこやかに同班の隊員と喋っている。
(俺、次が三戦目なんですよ? それなのに、なんで新人同然の俺が、
視線で必死に訴えてみたが、美咲はまったく気付いてくれない。
諦めて項垂れた柊へ、ようやく西村が話しかけてきた。
「あんた、年はそこそこいってる感じやけど、その割には浮いてるなぁ。まさか思うけど、新人の部類なん?」
念願の会話成立のはずなのに、柊の顔色はいっそう悪くなる。
自分がどんな顔をしてるのかも分からないくらい、柊は緊張していた。
「うん。年は……真ん中くらいかな」
「入ってどれくらいなん。半年、一年?」
「……さ、三ヶ月目です」
それを聞いた西村は、退屈そうにため息を吐いた。
「……それで? そのよう喋られへん
「俺もそう思ってますけど……」
柊の言葉に、ふと、西村が眉をひそめる。
「なあ、あんた。なんで『オレ』なんて言うんや。男のふりをするのんは、戦うときだけちゃうん?」
その指摘に、柊の動きが止まる。
最近は誰も指摘しないから忘れかけていたのだが、柊は、「女である」という設定で暮らしているのだ。
ただでさえ新入りは目をつけられやすい。しかも性別が自分だけ男で、力を借りている神様も違う、となれば、村八分は必至。だからこそ、柊は男であることを隠して生活する必要があった。
だがそのせいで、柊は『男装少女の
さぁーっと柊の顔から血の気が引いていく。尋常じゃない汗が、額から背中から吹き出し、視界が狭まるような感覚までしてきた。
咄嗟に答えることができずにいる柊を庇ったのは、意外な人物だった。
「はっ おまえみたいなクソ新人と違って、
助け船を出してくれたのは、かつては柊を毛嫌いしていたはずの柳沢だった。
腕組みのポーズをした柳沢は、吐き捨てるような口調で西村へ追撃する。
「アタシらダブルギアは、男として戦い、男として死んでいく覚悟を決めてる。そのケツイのショーサ? ってのが、佐東の場合は『オレ』って言葉なんだよ」
「“決意の証左”だね、柳沢」
棒読みの単語を補足する翼のまなざしは、どこか優し気なものだった。
それに対し、西村は嫌悪感丸出しの顔で笑った。
「男ごっこがエリートの証なんて、えらい幸せなおつむをしてはるなぁ。うちには、ついて行かれまへんわ」
「んだと!?」
「柳沢、落ち着け。挑発に乗ってはダメだ」
直接バカにされたはずの柊は、苦笑するしかない。
柊の場合、男ごっこではなく、単に「男のふりをする女のふりをする男」という複雑な設定を忘れていただけなのだから。
(それに、翼や榊小隊長が女のふりをしろ、って言ってくれなかったら、西村さんの状況は、本来なら“
人間関係というものは、脆く、そしてアンバランスなものだ。
一つ間違えば、柊もこうして孤立していたかもしれない。実際、何度も危険な状況に陥りかけた。そう思うと、西村を強く非難する気にもなれなかった。
「とにかく、何か困ったことがあったら俺たちに聞いてよ。明日から訓練も始まるし、生活のことでも色々あるでしょ。俺でもいいし、翼でもいい。柳沢は――」
「けっ」
「……柳沢は反抗期みたいだから、俺か翼に相談して」
隣の席の柳沢が、ガンッと柊の座る椅子を蹴飛ばす。
そんなやりとりを、西村は相変わらず醒めた目で眺めていた。
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