第66話 臨時編成・四班

 午後になると、治療優先の隊員たちは食堂を後にしていった。

 次の戦闘に参加できそうな隊員は、新人の西村にしむらを入れても僅か十五名しかいない。一番重い怪我を負った隊員は、二ヶ月先の戦闘にも復帰できないらしい。

 殉職者が出なかったことで誤魔化されがちだが、八岐大蛇ヤマタノオロチとの闘いは、まぎれもなく“死を覚悟すべき闘い=死闘”だった。

 左腕を二の腕で切断してしまった結衣ゆいも、参戦できない一人だ。

 その結衣が、ツインテールを揺らしてしゅうへ笑いかける。


「なぁんだよー。ボクのこと、じぃっと見つめてさぁ」

「え? あ、ああ、ごめん。左腕が使えないと大変そうだな、って」


 結衣は、くちびるを尖らせて頷く。


「ホントだよー。髪を結ぶにも、一々職員さんにお願いしなきゃなんないしさー」

「そこかよ」

「あったり前じゃん。名前に『結』って字が入ってるのに、ボサ髪でいられないよ」

「そこかよ」


 取るに足らない雑談を交わしながら、不意に結衣が身を寄せてきた。反射的に身を引こうとする柊の顎を、ぐいっと掴む小さな手。


「柊の教育係はボクってこと、忘れちゃダメだからね?」

「はい?」

「班が変わったって、柊より後輩の新人が入ったって……ボクと柊の関係は、切れたりしないんだよ?」


 小柄な結衣にもたれかかられていることに、自然と頬が熱くなる。だが、励ますような言葉なのに、結衣の声はどこか不安の色を帯びていた。

 参戦できない、というもどかしさもあるのだろう。しかしどうやら結衣は、彼女自信のことではなく、柊の置かれた状況に不安を感じているようだった。

 それが何に対するものかは分からない。それでも彼女を安心させようと、柊は無理やり笑みを作ってみせた。


「分かった。困ったことがあったら、すぐ相談する」

「そーそー。ここでの教育係とその後輩は、退役まで続く関係になりやすいからさ。戦闘のことだけじゃなくて、誰かと喧嘩したとか、お腹痛いとか……何でも相談していいんだからね?」

「いや、腹が痛いときは、結衣じゃなくて衛生班に頼るけどさ」


 結衣の顔から笑みが消える。

 ちらっと流した視線の先には、新人の西村がいた。


「新人ちゃんのことで困ったら、すぐ相談するコト。いい?」

「……う、うん……?」


 じゃーね、と笑うと、結衣はぴょんと飛び跳ねるようにして身を離し、食堂を出ていった。手を振る柊の隣へ、つばさがやってくる。


「柊、私たちもミーティングをしよう」

「了解」


 食堂内は、既にそれぞれの臨時班にざっくりと分かれていた。

 一班は、新・現場指揮官となった美咲みさきを中心に、後衛三名。

 二班は、藤波ふじなみを中心とする前衛四名。伊織いおりもここにいる。

 三班は、黒木くろきという後衛の隊員を中心とした四名。ただし、前衛の宇佐うさも配属されている。

 そして四班は、前衛後衛半々の寄せ集め班だった。


「それじゃ、まずは簡単に自己紹介からしていこうか」


 班長となる翼の言葉に返事をしたのは、柊一人だ。同班の仲間となる二人をちらちらと見やるが、視線は合わない。

 翼は、班員の三名を順番に見ながら話しかける。


「臨時編成班の四班班長となる、さかきつばさだ。前衛を担当する。基地へ配属されてもうじき四年の中堅だ。三人とも、よろしく」


 次に軽く手を挙げたのは、柳沢やなぎさわだった。

 刈上げショートの小柄な少女は、腕組みの姿勢に戻すと自己紹介をする。


「副班の柳沢かなめだ。前衛、得意分野は格闘……つーか、なんでアタシが副班なんだよ。今こそ、アタシが班長を任されるタイミングだろ?」

「知ってると思うけど、班構成は、現場指揮官が小隊長へ進言するんだ。私に言われても、代わってあげるわけにはいかないんだよ」

「へっ まぁいーさ。臨時編成が終わった後で、アタシが新班長に就任するところを見せつけてやっからな!」


 ビシッ と指を突きつけられた柊は、仕方なしに曖昧な笑いを浮べておく。

(俺は班長に興味ないんですが……)

 そんな柊は、薄ら笑いのまま誰にともなく軽く頭を下げた。


佐東さとうしゅうです。後衛です」

「…………早っ! コミュ障かよ」

(この正論吐きマジレッサーめ……)


 柳沢のツッコミに、柊の頬が引き攣る。そんな二人のやりとりにも反応せず黙っているのは、同じく四班となった西村だった。

 細い顎に指を当て、軽く頬杖を突いている。

 他人に興味はない、という顔つきで、西村は食堂の壁に掛かった時計を眺めている。

 そんな西村へ、翼が話しかけた。


「西村、時間が気になるの?」

「……別に」

「色々、不安なこともあるだろうけど、まずは、同班となる私たち三人の顔だけでも覚えてくれないか」


 しかし、顔をこちらへ戻す素振りはない。

 根気よく話しかける翼を、柳沢は呆れた顔で見ている。既に一日目にして、副班長の柳沢は西村を見限ったらしい。

 このままでは翼の負担が増えてしまう。

 仕方なく、柊も西村へ話しかけてみた。


「あ、あの、西村、さん」

「…………」


 しかし、名前を呼んだところで止まってしまった。

 ただでさえ、コミュニケーション力に自信がない元ぼっち・・・だ。今だって、ある程度は受け入れられているものの、小隊内で浮いているのは否めない。

 元一班の三人と、よく絡まれる柳沢や宇佐はともかく、それ以外の女子に自分から話しかけるなんて、柊にはハードルが高すぎた。

 冷や汗がダラダラと背中を伝っていく中、必死に言葉を絞り出す。


「その、ですね……少しでいいから、話しませんか」

「要らんわ」

(即答で撃沈――!)

「で、でも、俺は要ると思うから」


 ごくり、と唾を飲んで続きを口にする。


「だって俺、西村さんの教育係だし・・・・・


 その単語に、不安を覚えるのは柊だけではないらしい。

 翼、そして柳沢までもが何とも言えない顔で柊を見ている。

(俺だって、この人事はメチャクチャだ、って思ってるんだよ!)

 冷や汗が頭皮を伝って流れていく。入口近くのテーブルでミーティングをしている美咲を、窺い見た。美咲は柊たちの不安など気づく様子もなく、にこやかに同班の隊員と喋っている。

(俺、次が三戦目なんですよ? それなのに、なんで新人同然の俺が、新人の・・・教育係・・・に任命されるんですか!?)

 視線で必死に訴えてみたが、美咲はまったく気付いてくれない。

 諦めて項垂れた柊へ、ようやく西村が話しかけてきた。


「あんた、年はそこそこいってる感じやけど、その割には浮いてるなぁ。まさか思うけど、新人の部類なん?」


 念願の会話成立のはずなのに、柊の顔色はいっそう悪くなる。

 自分がどんな顔をしてるのかも分からないくらい、柊は緊張していた。


「うん。年は……真ん中くらいかな」

「入ってどれくらいなん。半年、一年?」

「……さ、三ヶ月目です」


 それを聞いた西村は、退屈そうにため息を吐いた。


「……それで? そのよう喋られへんほぼ・・新人さん・・・・が、うちに何を教えてくれるつもりなん?」

「俺もそう思ってますけど……」


 柊の言葉に、ふと、西村が眉をひそめる。


「なあ、あんた。なんで『オレ』なんて言うんや。男のふりをするのんは、戦うときだけちゃうん?」


 その指摘に、柊の動きが止まる。

 最近は誰も指摘しないから忘れかけていたのだが、柊は、「女である」という設定で暮らしているのだ。

 ただでさえ新入りは目をつけられやすい。しかも性別が自分だけ男で、力を借りている神様も違う、となれば、村八分は必至。だからこそ、柊は男であることを隠して生活する必要があった。

 だがそのせいで、柊は『男装少女の女装ふりをする男』という倒錯の極みのような存在になっている。ちなみに、同じ戦闘員でこの秘密を知るのは、翼と伊織だけだ。

 さぁーっと柊の顔から血の気が引いていく。尋常じゃない汗が、額から背中から吹き出し、視界が狭まるような感覚までしてきた。

 咄嗟に答えることができずにいる柊を庇ったのは、意外な人物だった。


「はっ おまえみたいなクソ新人と違って、佐東さとうやアタシみたいなエース候補は、常日頃から戦いの場を想定して生活してんだよ」


 助け船を出してくれたのは、かつては柊を毛嫌いしていたはずの柳沢だった。

 腕組みのポーズをした柳沢は、吐き捨てるような口調で西村へ追撃する。


「アタシらダブルギアは、男として戦い、男として死んでいく覚悟を決めてる。そのケツイのショーサ? ってのが、佐東の場合は『オレ』って言葉なんだよ」

「“決意の証左”だね、柳沢」


 棒読みの単語を補足する翼のまなざしは、どこか優し気なものだった。

 それに対し、西村は嫌悪感丸出しの顔で笑った。


「男ごっこがエリートの証なんて、えらい幸せなおつむをしてはるなぁ。うちには、ついて行かれまへんわ」

「んだと!?」

「柳沢、落ち着け。挑発に乗ってはダメだ」


 直接バカにされたはずの柊は、苦笑するしかない。

 柊の場合、男ごっこではなく、単に「男のふりをする女のふりをする男」という複雑な設定を忘れていただけなのだから。

(それに、翼や榊小隊長が女のふりをしろ、って言ってくれなかったら、西村さんの状況は、本来なら“たった一人の男”の立ち位置なんだよな)

 人間関係というものは、脆く、そしてアンバランスなものだ。

 一つ間違えば、柊もこうして孤立していたかもしれない。実際、何度も危険な状況に陥りかけた。そう思うと、西村を強く非難する気にもなれなかった。


「とにかく、何か困ったことがあったら俺たちに聞いてよ。明日から訓練も始まるし、生活のことでも色々あるでしょ。俺でもいいし、翼でもいい。柳沢は――」

「けっ」

「……柳沢は反抗期みたいだから、俺か翼に相談して」


 隣の席の柳沢が、ガンッと柊の座る椅子を蹴飛ばす。

 そんなやりとりを、西村は相変わらず醒めた目で眺めていた。

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