史上最悪の新人

第61話 グリコのおまけ

 八岐大蛇ヤマタノオロチとの死闘から、二週間が経った七月中旬。

 居住エリアと呼ばれる基地の地下九階と、座学用の教室がある地下十五階を結ぶ連絡用階段に、数名の戦闘員が集まっていた。

 一番上の段にいるのは、柳沢やなぎさわという名の少女だ。

 刈上げショートのボーイッシュな少女は、両腕に松葉杖を挟んで後ろを振り返る。階段には、他に五名の隊員がいた。


「へへっ やっぱ、アタシが一番にゴールする運命みたいだな!」


 そう言って振りかざすのは、ピースではなく「チョキ」。

 すると、すぐ下の段にいる隊員が微笑んだ。ゆるく編んだ三つ編みの美人は、数ヶ月後には二十歳の退役を迎える予定の生駒いこま美咲みさきだ。しかし今は頭だけなく、あちこちに包帯を巻いている。


「あら……勝負は最後まで分からないものよ」

「ま、生駒とさかきまでは分かんねぇかもだけど。さすがに最下位の佐東さとうには負けねぇって!」


 上から順に、柳沢、美咲、つばさ、二班班長の藤波ふじなみ、四班の宇佐うさ……そして、地下十階の踊り場から一歩も動いていないしゅう

 その柊は、自分の左手が象る「パー」を見つめている。

 柊の様子に、翼が笑いを堪えるような咳をした。それに気づいた柊が、眉をひそめてツッコミを入れる。


「翼さん、何か言いたいことでもありますかね」

「ん……その……大番狂わせ、という言葉もあることだし、諦める必要はないよ」

「だったら、なんで目を逸らしてるんだよ」


 二人のやりとりに、長い髪を低い位置で一つに結んだ年長の隊員が目を細めた。


「“パーフェクト新人”のしゅうさんに弱点が見つかったんですもの。翼さんでなくとも、ちょっとくらい笑いたくなってしまいますでしょ」


 一つ結びのスレンダーな隊員は、二班班長の藤波だ。

 その藤波の言葉を、片目を包帯で覆った宇佐うさが慌てて遮る。


「じゃんけんで十連敗しとうらい、弱点なんかじゃねえ! 柊さんな、ダブルギアが始まっち以来ん、パーフェクト新人や!」

「庇ってくれてるっぽいのは嬉しいけど、相変わらず宇佐さんが何言ってるか、全然分からないんですが……」

「??? わたしん言葉が分からんか?」

「いや、今の一言だけは通じるけど」


 柊と宇佐のもう何度目か分からないやりとりに、他の隊員たちが笑い声をあげる。

 脱線した会話を元へ戻したのは、美咲だ。


「じゃんけんはともかく。佐東さんが“ほぼ・・パーフェクト新人”なのも事実だし、弱点が見つかったのも事実よね」

「ですわね。わたくしも、新人とは思えない戦いぶりを見せた柊さんが、まさかあれほどまでに勉強が・・・できない・・・・など、考えもしませんでしたもの」


 美咲と藤波のド直球の言葉に、柊はべっこり項垂れる。

 彼女たちは、今しがた、座学の授業で試験結果を聞いてきたところだ。

 神獣型【D】である八岐大蛇ヤマタノオロチとの激闘は、長谷部はせべによる裏切りがあったものの、殉職者ゼロという結果に終わった。

 小隊長の榊はそれを、新人である柊の活躍と、三年前の経験を無駄にしなかった中堅以上の戦闘員の日々の努力によるものだ、と称した。

 その結果、それまで遠巻きにしていた藤波のような隊員たちも、柊をやっかんでいた柳沢も、ようやく柊を仲間として認めてくれたのだ。

 しかし殉職者はいないとはいえ、かなり危険な負傷をした隊員は多い。

 神の力を得たダブルギアが、普通の人間より自然治癒力が高いと言っても、治りやすい怪我とそうでない怪我がある。

 脳や心臓へのダメージは、ダブルギアであっても致命傷となる。腕や足といった部位も切断までいってしまうと、日常生活はともかく、戦闘に耐えうる強度を取り戻すには一ヶ月以上かかるらしい。

 戦闘から二週間が経過した今も、本格的な訓練が行えるほどの人数が揃わないため、座学のテキストを基にした試験が行われたのだ。

 すると、珍しく柳沢が柊を庇うように割って入った。


「別にいいじゃんか。佐東やアタシみたいな奴は、戦場でこそ輝く。勉強なんてもんは、大して活躍できない奴らが生き残るためにコソコソやって、上手いこと立ち回ればいいだけのことだろ?」

「柳沢。センスや勘というものは、定石やデータを踏まえた上で使わないと、却って危険だよ」


 たしなめる翼の言葉に被せるように、美咲が腕組みをしながらため息を吐く。


「そうよ。そういうことは、せめて半分は点を取ってから言いなさい。柳沢さんも、三十八点だったでしょう」

「むぐっ」

「佐東さんは二十七点」

「うぅ……」

「しかも、五百点満点で・・・・・・

「ああああっ すみません。ほんと、すみません!」


 不貞腐れて鼻を鳴らす柳沢とは対照的に、柊は両手で頭を抱えてしまった。

 そんな柊をどうにか庇おうと、目元を包帯で覆った宇佐が手を挙げる。


「ほ、ほら、次やるちゃ。じゃーん・けーん・しっ!」


 チョキが五人、パーを出したのは柊一人。

 左手のパーをぷるぷる震わせる柊を残し、五人の少女たちは足を引きずりながら階段を上っていく。


「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!」

「ちーよーこーれーいーと!」

「柊さん、先に行くね。チーヨーコーレーイート!」

「チヨコレイトっ」


 すっかり引き離された柊は、遠い目で五人の仲間たちを見上げる。折り返した手すりから身を乗り出し、翼が問いかける。


「柊、じゃんけん見える?」

「あー、全然見えないかな」

「みんな、柊が見えないって言うから、手すりから手を出してあげて」


 翼が顔を逸らしたのをいいことに、一瞬、柊の鼻筋にしわが寄る。

 これだけ負け続けただけでなく、「27点/500点」という不名誉極まりない結果を美咲や藤波に指摘されたのだ。不機嫌にならないわけがない。

 これまでのハブられ人生があるから、不満を表に出さないようにしているだけで、本当なら思いっきり手すりを蹴り飛ばしてやりたいところだ。


「柊、次やるよ。出さなきゃ負けよ、じゃんけんぽん!」


 翼の声に合わせ、グーを出す。

 手すりから出された手は、チョキが四人、グーは翼だけ。


「あ、勝った勝った!」


 初めての勝利に、思わず柊の声が上擦る。

 手すりから身を乗り出す翼も、嬉しそうにグーを頭上へ上げる。

 ゲームを始める前に教えてもらったルール通り、グーで勝ったときの決まり文句に合わせて一段ずつ上っていく。


「グ・リ・コ・の・お・ま・け!」

「ぐーりーこーのーおーまーけ」


 やっと五位の宇佐の背中が見えてきた。同じく「グー」で勝った翼は、柳沢を抜かして一位になっている。それに焦ったのか、柳沢は早く次を、と手を振り上げた。


「いくぞぉ、ちっけった!」

「んー……残念、アイコみたいね」

「そんじゃ、あーいこっしょ!」


 少女たちは、束の間の休息を楽しもうと、何度もじゃんけんを繰り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る