第62話 意外な弱点

 しゅうを含む六人の隊員は、食堂のカウンターに近いテーブルに陣取っていた。

 正面の三席には美咲みさきつばさ藤波ふじなみの順で班長陣が座り、こちら側には柳沢やなぎさわ・柊・宇佐うさの三人が並ぶ。

 本当は翼も柊の隣に座りたそうにしていたのだが、柳沢と宇佐の両名がガッチリと柊の両腕を捕まえて無理やり間に座らせたのだ。


「へへっ 佐東あんたの席は、強敵ライバルのアタシの隣に決まってんだろ」

「いつの間にそういう設定にされてるのか、意味不明なんですが……」

「あー? まさか不満でもあんの?」

「私は不満やわぁ」


 柊より早く口を挟んだのは、頬を紅潮させた宇佐だ。


「柊さんなきっと、やんがちやがてこん世界ぅ救う英雄になるなんやけん、柳沢・・ごときが・・・・ライバルなんて、釣り合わんわぁ」

「ごとき、だと!?」

「本当んことちゃ。だぁれん誰も、柳沢ぅ柊さんのライバルなんて認めちょらん。何なら、みんなに訊いちみなぃちゃ」


 柊の頭を飛び越えて、二人の少女が言い争いをしている。

 その様子を、美咲と藤波は苦笑を浮かべて眺めている。八岐大蛇ヤマタノオロチ戦以降、毎日のように見せられている光景なのだ。

(宇佐さんって方言で誤魔化されてるけど、結構、キツイ物言いをするんだよな)

 慕ってくれること自体は嬉しくもあるが、美化されすぎているような気がしなくもない。

 困った顔で肩を竦めているところへ、翼がトレイに人数分の麦茶を乗せて持ってきてくれた。


「柊と柳沢がライバルに相応しいかはともかく。目標をもって訓練することは、とても大切なことだ、と私は思うよ」

「あっ 翼さん、すまんです! 私んほうが新入りなんに、お茶汲みなんてさせちしもうち」

「先輩後輩なんて、気にしないでいいんだよ。気づいた人がやればいいんだ」

「翼さん……! さすが、上に立つ宿命んしは違うわぁ」


 宇佐の瞳がキラキラと尊敬の色を帯びる。

 惚れっぽい、というのとはまた違うのだろうが、どうやら宇佐は、何かと他人を美化しやすい性格なのかもしれない。

 テーブルの話題は、もうすぐ二十歳の退役を迎える美咲のことへ移っていた。

 柊の正面に座った翼は、にこやかな笑みを浮かべた。


「あと何戦ですか?」

「誕生日まであと二ヶ月半だから、残すところ二戦ね」

「おめでとうございます。退役後は、どうなさる予定で?」


 柊が視線を彷徨わせると、それに気づいた藤波が教えてくれる。


「戦闘員が二十歳の誕生日で退役することは、もう知っていますわよね」

「はい。その後の予定、ってのは?」

「名誉の退役を迎えた戦闘員には、大きく分けて二つの進路が用意されるのですわ」


 藤波も、美咲より年下だが古参組の一人だ。しかし、新人の柊や年下である柳沢に対しても、とても丁寧な言葉遣いをする。

 同世代の伊織いおりによると、地上時代ならば、「姫様」と呼ばれたような旧家の出身らしい。頭も良く、今回の試験も翼・美咲に次ぐ三位だった。


「一つは、この基地や隣の巨大生物研究所の職員の“キャリア組”として就職する道。もう一つは、ダブルギアに関する全ての秘密を死ぬまで守る、と誓約して、故郷へ帰る道ですわ」

「キャリア組って、小隊長の秘書とかですか?」


 小隊長の後ろでいつもニコニコ微笑んでいる、ゆるいウェーブのかかったロングヘアの秘書が思い出される。


「キャリア組って、やっぱり、給料や待遇が抜群にいいんですよね」

「ええ。隊員時代と違って個室ではないにしろ、一つの部屋を二人で使うとか、食事が戦闘員と同じものだとか。待遇面は色々と破格ですわ」

「そっちのメリットは分かるけど……もう一つの『地元に帰る』って、正直、今さら難しくないですか?」


 柊の言葉に、美咲が頷いた。


佐東さとうさんの不安も、もっともだわ。新しい職場に馴染めるのか、とか。十代前半で故郷を後にして、何年も会わずにいた家族と仲良くできるのか、とか――」

「あ、いや、俺は地元へ帰る気はないんで、別にいいんですけど」

「あら。まったく?」

「会いたい人なんて、誰もいないし……」


 そこまで呟いて、しまった、と息を飲む。

 案の定、何か家庭に問題でもあったのだろうか、と気遣うような顔が並んでいる。

 気を利かせてくれたのか、翼が説明を継いでくれた。


「隊員たちは便宜上、『特待生』として中央の教育機関に送られたことになっているんだ。ちなみに、その組織は実在するし、男女関係なく、徹底した個別指導が行われている」

天照大神アマテラスオオミカミのダブルギアが女子しかなれない、ってバレないように?」

「そう。今回の試験にも、法律に関する科目があっただろう。あれは、故郷へ帰った場合、シェルター管理部へ就職するための下準備なんだよ」


(ああ、俺が0点取った科目ですね……)

 薄ら笑いの柊を放置して、五人は退役後の話に花を咲かせている。


「確か、美咲さんは基地に残られる予定でしたわよね」

「そのつもりよ」


 美咲は、藤波へ微笑んでみせた。


「私は、さかき小隊長を心から尊敬しているの。あの方のもとで働こう、と決めたから、現場指揮官を引き受けたようなものだわ」

「へぇ……何か、きっかけはあったんですか?」

「単純なことよ。私は、現役戦闘員の中で最年長でしょう? 短期間だけど、榊小隊長の現役時代とかぶっているのよ」


 ガタンッ と音を立て、柊は椅子から立ち上がっていた。

 五人は、目を丸くして柊を見つめた。柊の頬は、興奮で赤みがさしていた。


あの・・『国会襲撃事件』の生き証人と同輩だった、ってことですか!」

「うふふっ 佐東さんも興奮しちゃう?」


 普段の穏やかな雰囲気とは打って変わって、美咲もキラキラと目を輝かせている。


「私、ここへ来る前からダブルギアに憬れていたのよ。突如、現れた【D】から総理を護ったさかきこう閣下にも、たった五人で戦った伝説の一期生レジェンドたちにもね」

「それで榊小隊長の現役時代を見てたなら、基地に残るのは当前ですね!」


 俺も見たかったなぁ、と呟く柊を、翼は柔らかなまなざしで見つめている。

 一方、榊を尊敬しているとは思えない柳沢は、退屈そうな顔で耳をほじっていた。


「誰かの下に就くために現場指揮官になるなんて、やっすい目標だなー」

「柳沢っ」

「じゃあ、柳沢さんはどんな目標を立てているのかしら?」


 咎めようとする宇佐とは正反対に、美咲はまったく表情を変えない。さすがは、もうすぐ成人を迎える大人だ。一方、柳沢は椅子の背もたれへ体重を預け、ふんぞり返るような姿勢で不敵に笑う。


「へへっ アタシの完璧な計画を聞いて、驚くなよ」

(嫌な予感しかしない……)

「まずは、今年中に班長になる。んで、十六になるまでに、最年少で現場指揮官に就任。数々の功績をあげ、二十歳までに日本の地上を奪還――柳沢かなめの名は、護国の英雄として未来永劫、歴史に刻まれるんだ!」


 ふふん、と得意顔でふんぞり返る柳沢へ、翼が申し訳なさそうに答える。


「とりあえず『最年少現場指揮官』は、もう無理だよ」

「は? あんたが指揮官になったのって、十五歳半くらいだろ」

「私じゃないよ、最年少は」

「はぁ? じゃあ誰だよ」


 憮然とした顔をする柳沢へ、今度は美咲が小首を傾げてみせる。


「初代現場指揮官の榊小隊長は、当時十歳・・・・よ」

「はああああぁぁああああああああっ!? 十歳って、小学生じゃんか!」

「ええ、それも地上時代だから、赤いランドセルを背負ってクラブ活動なんかしてた普通の女の子、でしょうね」


 説明する美咲の背後を、今度は柊たちが目を丸くして見つめる番だった。

 長谷部はせべとの戦闘で負った怪我がまだ治らないのか、頬に大きなガーゼを貼って立っているのは、話の中心人物である小隊長の榊だ。

 榊は真顔で見下ろしたかと思うと、美咲の肩へふわりと腕を回し、横から顔を覗き込む。

 目が合った瞬間、美咲の顔が真っ青になった。


「さっ 榊、しょう、たい、ちょう……」

「聞き捨てならんな、生駒いこま。今、過去の私を“女児”と表現したか?」

「申し訳ありません! 表現を間違えました」


 冷たい目で睨んだあと、榊は組んだ肩を外す。


「クラブ活動に勤しんでいたのは事実だが、私のランドセルの色は、赤ではない」

「勇ましい榊小隊長の好みであれば、黒か紺色であった、と推察すべきでした」


 歯切れよく答える生駒と、その後ろからどこか遠いまなざしで榊を見つめる翼を、不思議な思いで柊は眺めていた。

 翼と美咲は、立場は違えど、榊を尊敬していることに違いはない。だが、両者のまなざしが帯びる色は、まったく似ていなかった。

 生駒に対してクールな表情で応対していた榊は、ふいに気さくな笑みを浮かべ、翼に笑いかける。


「翼。おまえなら、私のランドセルの色は何だと予想する?」


 その言葉に、美咲はちらりと翼へ視線を流す。

 美咲のまなざしには気づかず、翼は首を傾げてみせた。


「重ねて質問するということは、黒や紺ではないのでしょう。それ以外で当時の男児に人気の色といえば、焦げ茶であった、とデータで読んだことがあります」

「一般的なデータではカバーできないものも多いぞ、翼」

「申し訳ありません」


 委縮してしまった二人の肩を軽く叩くと、榊は整った微笑を浮かべた。


「……私のランドセルは、新緑ビリジアンだ」


 悲鳴じみた叫び声を必死に抑える六人を残し、榊は食堂を去っていった。

 榊の姿が見えなくなった途端、緑のランドセルについて誰もが驚きを隠せずにいた。


「緑だなんて、意外だったわ……って、そうじゃなくって」


 気を取り直すように、美咲は咳払いした。


「柳沢さんが大きな目標を持っていること自体は、とてもいいことだと思うのよ」

「だろ?」

「ただ、中間目標が酷すぎるわ。なぁに? 数々の功績をあげる、って」


 何か言い返そうとする柳沢へ、美咲は真面目な顔で続ける。


「あなたは指揮官になりたいのでしょう? なら、もっと勉強なさい」

「へっ アタシみたいにセンスで戦う奴は、勉強なんてモン……」

「敵の生態も、基礎的な戦術も、国内の政治状況や小隊の立ち位置も分からない指揮官が率いたら、たった一戦で全滅するわよ」

「…………」


 美咲の真面目な声色に、柳沢は、きゅっと口を噤む。


「エース候補だってそうよ、佐東さん」

「お、俺ですか?」

「敵の弱点も分からずに闇雲な攻撃をしていれば、隊員の損耗率は著しく上がるわ。あなたが、自分さえ勝てれば仲間が傷ついても構わない、って考えなら関係ないけれど」

「いえ……それは、違います」


 柊にうなずきながら、美咲は腕を組む。豊かな胸元のラインが強調されるが、他の隊員は当然、そこに目が行く様子もない。


「エース候補で四百、指揮官を目指すなら四百八十。今回のような五百点満点の試験で取ってほしい最低ラインは、その辺りよ」

「よ、四百!?」

「そんなんアタシの点数を十倍しても足んねーじゃん」

「俺なんて、十五倍してもまだ足らないんですが……」


 両名の情けない返事に、美咲はゆるゆると首を振った。


「柳沢さん、佐東さん。まずは、座学の授業で居眠りするのはやめましょう?」

「……はい」

「へっ」


 対照的な反応をした柊と柳沢は互いに視線を合わせたあと、深くため息を吐いた。

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