第6話 23名の戦乙女たち

「みんなへの挨拶は、自警団の作業服のままでいいの?」

「来たときは、みんな制服や作業服だから」


 そんな話をしながら、柊はドアに設置された虹彩認証ロックの設定を終えた。

 ダブルギアの戦闘員たちは、全員が個室を与えられている。土地の価値が高騰した地下都市において、破格の対応といえた。

 部屋をもっとよく見たかったが、隊員たちが新人の到着を待っているらしい。仕方なく手荷物だけ入り口から放り込み、ロックの仕方だけ教えてもらった。


 食堂に近づくにつれ、喋り声が廊下まで聞こえてくる。緊張しながら翼の後ろをついていくと、扉の前で、翼が足を止めた。


「小隊長から聞いただろうけど、君が月読命ツクヨミノミコトに選ばれたことは、しばらく黙っていた方がいい。それと、私もフォローするけど、男の子だとバレないようにね」

「分かってる……けどさ。翼から見て、俺って男に見えない?」


 柊の問いかけに、翼は肩を竦めた。


「私といい勝負じゃないかな」

「え、そんなに俺、女っぽいの?」


 それまで笑顔だった翼が、むっとした様子で眉をひそめる。


「私は、男の子に見えるようにしているつもりだけど。そんなに私、女っぽい?」


 まさか、女子に女の子っぽい、と言って地雷になるとは。


「あ、いや、確認するまでは、ずっと年下の男だと思ってたよ。顔を見て、声を聞いても疑わなかったくらいだから、ちゃんと男装・・できてるんじゃないかな」

「それならよかった……みんなに迷惑はかけられないからね」


 ぽつりと呟くと、翼は食堂の戸を開けた。続いて柊が入室した途端、食堂中の視線が一斉に集まる。次の瞬間、耳が壊れるほどの歓声があがった。


――――――――――――


 食堂の椅子に座る二十数名の女子たちは、好奇心を隠そうともしていない。ざわめきに混じり、隊員たちの品定めのような会話が聞こえてくる。


「へぇ……またひょろひょろの小学生かと思ったら、結構、鍛えてそうじゃん」

「小隊長と同じくらい背が高いんじゃないかしら」

「ブーツを履かなくてあれなら、小隊長よりデカいでしょ」

「じゃあ、伊織いおりとどっちが高いのかな」

「ぱっと見た感じ、伊織さんの方が大きそうですけれど」

「髪、短いね。男みたい・・・・


 指摘されて、無意識に後ろ髪を手で撫でつける。翼は柊の隣に並んで立つと、話をやめるように、と手で押さえる仕草をした。


「新しい仲間が到着しました。いつもの新人より少し年上だけど、みんな仲良くしてあげて」

「はーい」


 返事の声は大きいが、誰も柊から視線を外そうとしない。

 こんなとき、妹ならどんなアドバイスをくれただろうか?

 作り笑いを浮かべながら必死に考えたが、思考はまとまらない。


 それにしても、すごい光景だ。広い食堂にいる隊員のうち、自分以外の全員がうら若き乙女なのだ。全員、支給品の黒ジャージを着ている。しかし九割を男が占める自警団とは、全く別物の華やかさに満ちている。

 自警団には僅かながら女性もいたので、どうにか平静を装うことができているが、もし異性に免疫のない予備科時代に連れて来られたらどうなっていたことか。


 あどけなさの残る少女の隣に、成熟しつつある身体つきの隊員が座る。非番だからか、伸ばした髪をリボンで結わいた者や、薄化粧した者もいた。新人類特有の中性顔もちらほら見受けられたが、幼い頃から異性と分けられて育った身には、充分に刺激的な光景だ。

 明るい食堂内を呆然と見渡す柊へ、小声で翼が囁く。


「柊、自己紹介しようか」


 咳払いをしたものの、緊張で声が震える。


佐東さとうしゅうです。よろしくお願いします」


 その名前に、ざわつきが大きくなる。ややあって、前の方の席に座る隊員が手を挙げた。


「シュウって、男みたいな名前だよね。どういう字を書くの?」


 冷や汗が背筋を伝う。すると、答えに詰まった柊の代わりに、翼が答えてくれた。


「木偏に冬で、ヒイラギと読む漢字だよ」

「ふーん……珍しい名前ね」

「翼とか伊織とか、男子寄りの中性名じゃないの?」


 口々に感想を言いながら、ちらちら柊を見ている。

(やばい……小隊長の提案女子のふりをするに乗ったけど、冷静に考えて、やっぱり俺は男以外の何物でもないぞ……)


 小隊長のさかきの言う通り、柊よりも背の高そうな隊員もいる。ゴリラや筋肉達磨はいないようだが、柊が所属していた自警団にいてもおかしくないレベルで鍛えていそうな隊員は、何人もいる。

 だが、名前や身長はともかく、声変わり・・・・している・・・・理由・・など、自分でも言い訳が思いつかない。


 案の定、何か変だぞ、と疑うような顔の隊員も多い。ここでバレたら取り返しがつかないことになる。と、張りつめた雰囲気の食堂に、はしゃぎ声が響いた。


「キャハハ! みんな、怖い顔しすぎ!」


 声のしたほうへ、隊員たちも一斉に視線を向ける。

 亜麻色の髪を高い位置でツインテールに結んだ少女が、白い歯を見せて笑っている。少女というより、まだ小学生子どもにしか見えない身体つきだ。


「せっかく新人ちゃんが来たんだからさ。ぱーっと歓迎パーティーでも開けばいいんだよ」


 小柄な少女の言葉に、何人かの隊員たちが頷いた。幾らか空気が和らいだところで、はしゃいだ調子の少女が、ひらひら手を振った。


ボク・・小早川こばやかわ結衣ゆい、十四歳ね。こー見えて三年目のベテランだよー」

「あ、はい、よろしくお願いします……」


(今この子、自分のこと「ボク」って言った?)

 なんだか変な子が出てきたぞ、と思いつつ、作り笑顔を浮かべる。すると、結衣と名乗った子は、椅子ごとずりずり前へ出てきた。


「おしゃべりが苦手な新人ちゃんのために、ボクがインタビュワーやったげる。あーあー、マイクテス、マイクテス」


 結衣は、ノリノリでエアマイクを差し出した。


「そんじゃまずは、何歳で、どこの予備科出身? その見た目で、さすがに小学生はないっしょ?」

「ち、違うけど」


 予備科――地上時代は、中学と呼ばれていた制度だが、その役目は大きく違う。

 現代の子どもたちは、小学校卒業時に受ける全国統一試験で、三つの予備科へ振り分けられた。

 上位一割未満の秀才だけが進む、シェルター管理部。政治家や政府高官も、ここから選ばれる。

 運動能力に優れた者だけが進む自警団。警察官や自衛官の養成所でもある。

 そして、半数以上の子どもたちは、食料や配給品を作る製造部へ。


 つまり、どこの予備科にいたか答えるだけで、その人物が優秀かどうか、分かるようになっていた。新人が使えるかどうか、隊員たちはそれで判断しているのだろう、と容易に想像がつく。

 当然、戦闘が主な任務のダブルギアにとって、自警団出身というのは有利に違いない。ここへきて初めて、柊は少しだけ顔を上げることができた。


「今年で十六歳になります。自警団予備科を卒業後、四月から自警団偵察部として働いてました」


 途端に、食堂へ入った瞬間以上のざわめきが沸き起こった。


「すっごーい。身体能力、上位三パーセントじゃない」

「偵察部ってことは、要人SP候補だった、ってことでしょ?」

「へぇ~ 随分と覚醒の遅いお嬢ちゃん・・・・・が入ってきたかと思ってたけど、即戦力じゃん」


 それまでの、あの声が低くてバカでかい男みたいな新人はなんだ、という雰囲気から一転、歓迎ムードに切り替わる。大丈夫、どうやら男とバレてないようだし、新人潰しの対象にもなってなさそうだ。

 内心、胸を撫で下ろしていると、結衣が翼へ訊ねた。


「ねえ翼、柊ってどこの班に配属されるの? もう決まったでしょ?」


 隊員たちのおしゃべりが、ピタリと止まる。周囲の視線を集めた翼は、ほんの少しだけ言いにくそうに答えた。


「……柊は、一班に配属されることが決まった」

「へっ?」


 驚きの声をあげたのは、結衣だけではない。多くの隊員がざわめいている。しかし、そのざわめきは、どこか不穏な空気を孕んでいた。

 小隊長室へ向かう時の会話で、既に柊は自分が翼と同じ一班だと聞かされている。翼が迎えに来てくれたのは、彼女の班に入るからだろう、くらいに考えていたのだが――何やら雲行きがおかしい。


 やがてざわめきを受けて、一番後ろの席に座っていた隊員が軽く手を挙げた。

 おもむろに椅子から立ち上がった隊員は、柊よりも明らかに背が高い。鎖骨まである髪を細く結いているが、もし髪を伸ばしていなければ、男と間違えていただろう。

 彼女もまた柊と同じく、過度に中性的な容姿の新人類だった。

 その背の高い隊員は、元から細い目を糸のようにして翼を見つめた。


「翼、それは決定事項か? 一班は、攻撃の要となるエース班・・・・だぞ」

伊織いおり……」


 隊員で一番大柄な彼女は、伊織というらしい。

 穏やかながらも低い声で訊ねる伊織へ、翼は軽くくちびるを噛んで頷く。


「小隊長の決定だ。だから、その……」

「翼ちゃん、ちょっといいかしら?」


 次に声を上げたのは、同じく奥の席に座っていた別の隊員だ。

 明らかに他の隊員よりも年上と分かる隊員は、自分の席から立つと、つかつかと柊の前まで歩いてきた。


「初めまして、佐東さん。わたしは、生駒いこま美咲みさきよ。翼ちゃんと交代したけど、数ヶ月前まで現場指揮でした。よろしくね」


 美咲と名乗った隊員は、薄化粧をした桜色のくちびるに笑みを浮かべた。柔らかな茶色の髪をゆるく三つ編みにした、なかなかの美人だ。支給品の黒ジャージを着ていても、女性らしい身体のラインは隠しきれていない。


「あ……はい、よろしくお願いします」

「ええ、がんばってね」


 にっこり微笑み返した後、美咲は厳しい表情で翼へ話しかけた。


「翼ちゃん、大切な決定は、自分の口できちんと伝えないと。わたしに遠慮しているんでしょうけど、配置替え程度も言えないようでは、現場指揮は務まらないわ」

「申し訳ありません。すぐ、やります」


 翼は真剣な表情で答えると、何が何だか、という顔でやりとりを見ていた隊員たちへ説明した。


「新人の柊が一班に配属されるため、それに伴い、数名の配置が換わります――まずは、成田なりた伊織いおり

「……はいよ」


 先ほどの一番背の高い隊員が、自分の席へ座りながら軽く手を挙げた。


「伊織を、一班副班長とします」

「……了解」

「次、生駒美咲」

「はい」


 柊のすぐ隣に立つ前現場指揮は、まっすぐ前を向いたまま返事をする。


「美咲さんは、一班副班長から六班へ移動。六班班長とします」

「了解」


 その言葉に、食堂内がどよめいた。

 新人の柊が、いきなりエース班に入っただけでも大問題だろうに、新人とコンバートされたのが、前現場指揮の美咲なのだ。隊員たちが混乱するのも当然だ。

 多くの隊員が口々に騒いでいるなか、前のほうに陣取っていた一人の少女が、勢いよくテーブルを拳で叩いた。


「ありえねぇ……ふざけんなよ、おい!」


 吐き捨てるように言った少女は、荒っぽい仕草で立ち上がる。

 棒のように細い手足に、産毛の柔らかそうな頬。顔も身体つきもまるっきり子どもな少女は、翼・美咲・柊のところへ、大股で詰め寄ってきた。

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