第8話 手荒い歓迎会

 声を張り上げた少女の背は、とても小さい。せいぜい150あるかどうか。その小柄な身体を精一杯ふんぞり返らせ、腕組みをしてみせる。


「六班班長は、アタシだ!」

柳沢やなぎさわ……」


 宥めようとする翼の言葉を遮り、柳沢と呼ばれた刈上げショートカットの少女は、早口にまくしたてる。


「新人のくせしてエース班に入る、ってだけでも気に入らねぇっつーのに。なんで、おまえのせいでアタシが班長を下ろされるんだ!」


 どうしよう、と隣へ助けを求めたが、美咲は翼を見つめている。美咲は前現場指揮として、今のリーダーである翼がどう納めるか、見守っているのだろう。

 その翼は、柳沢の肩へ片手を置いて語りかける。


「柳沢、君が班長になったときに説明しただろう。これは、暫定的な処置だ、と」

「は? 関係ねーし」

「元々、現場指揮としての私の研修が終わり次第、美咲さんが六班班長に就くことは決まっていたはずだ。副班長として、美咲さんの仕事を間近で見るのも――」


 肩に置かれた翼の手を、柳沢は乱暴に振り払う。


「六班班長は、アタシ。配置換えなんて、ぜってー認めねー!」


 大声で宣言すると、柳沢は人差し指で柊を指さした。


「おい、黙ってないで何とか言えよ! ちょっと背が高いからって、アタシのこと馬鹿にしてんじゃないだろーな!」

「いや、俺は・・別に……」


 柊の言葉に、翼が頬を引きらせる。

 その反応を見た瞬間、一人称の間違いという、取り返しのつかないミスをしたことに気がついた。ぶわっと全身から噴き出す、冷や汗。


「あ、あのっ これは、その」


 言い訳を思いつくより早く、柳沢は柊の灰色の作業着に掴みかかった。


「今おまえ、俺って言ったか!?」

「ひっ」


 強い口調に、思わず後ずさりしようとする。しかし、見かけによらず強い力で引っ張られ、逃げることができない。すぐ隣の美咲も、いぶかし気な表情でこちらを見るばかりで、助けてくれそうにない。


「その、男だか女だか分かんない顔! 男みたいな名前! 小隊長並みにデカくて、自警団のエリートでした、だって? しかも俺って言うなんてよぉ……」

「違うんだ。あの、これには色々と深い事情があって」


 せっかく翼がフォローしてくれてたのに。最も恐れていた「性別バレ」の展開を自ら招いてしまったことに、涙が出そうだ。

 柳沢は目を吊り上げ、なおも詰め寄る。


「どーせ、『ダブルギアは軍服を着用するだけでなく、男児として出撃すべし』ってうるさい上層部へ、優等生アピールしてんだろ!」

「…………はい?」


 全く予想していなかった言葉に、首をひねる。

 どうやら柳沢は、男と疑ってキレているのではないらしい。男とバレてないなら、別に怖くはない。自警団で、筋肉達磨の先輩たちに小突かれていたことと比べたら、子犬がじゃれつくようなものだ。


「なんとか言えよ、アタシが怖くて震えブルッてんのか!」

「えーと、ちょっと待ってくれる?」


 こめかみに手を当て、柊は目を閉じた。

 柳沢のことは、この際放っておくことにする。彼女が言う、上層部がどうたら、という話は、要するに「エリートアピールうざい」という意味だろう。

 これについては、上層部の思惑など知らない、と言えば済む話だ。事実なのだから。むしろそちらへミスリードできれば、隊員たちの目を性別問題から逸らすことができるかもしれない。


「あの、話を聞いてほしいんだけど」

「中将の野郎、アタシのこと、『こんなちんちくりんじゃ話にならん』とか馬鹿にしやがって!」

「あ、この組織って、おっさんもいるんだ」

「どーでもいいトコだけ反応すんな!」


 翼が柳沢を宥めようとしているものの、火のついたように喚くばかりだ。翼が相手をしてくれている間に、必死に頭を働かせる。

 頭のなかに妹の声がした頃、自分と違ってコミュ力に富んだ妹は、色々アドバイスをくれた。もし、今も妹がいてくれたら、どんなアドバイスをしてくれただろう。

 しばらく考え込んだ後、柊は戸惑いの表情を浮かべつつ、敢えて、柳沢ではなく、美咲へ語りかけた。


「あの、つい三十分前に基地へ連れてこられたばかりで、小隊長以外の偉い人なんて、会ってもいないんです。それに『ダブルギアは男児として出撃しろ』なんて話、小隊長は一言も口にしなかったんですが……」

「あら、そうなの?」


 嘘のない表情に、柳沢の追及の輪に加わっていた他の隊員たちの声が弱まる。

 それを確認すると、柳沢へここぞとばかりに淡々と語りかけた。


「名前が男みたい、って言われたって、自分でつけるものじゃないでしょ」

「そうかもしれないけどさ」

「顔と背のことは、あまり悪く言わないでほしいんだけど」


 すると、後ろの席で頬杖をついていた伊織が、おかしそうに肩を揺らした。


「まあな。誰だって、好きで中性顔の高身長で生まれて来たんじゃないさ」


 伊織の言葉に、中性顔の隊員や背の高い隊員たちが同調する。


「そうよ、背が高くて何が悪いのよ!」

「男みたいな顔って、それ、自分は可愛いとでも自惚れてるわけ?」

「好きで男の子っぽい顔に生まれた子なんて、いるわけないでしょ」


 思わぬ援護射撃を得た柊は、事の成り行きを見守ることにした。

 柳沢は、必死に自分の賛同者を探している。しかし隊員の多くは、外見でどうこう言うのは公平ではない、という伊織の意見に頷いている。

 場の雰囲気は、完全に柊へ味方する動きになっていた。

 呆気にとられた様子の翼に、大丈夫そうだ、と小さく頷いてみせる。

 と、劣勢に立たされた柳沢が、顔を赤くして喚いた。


「男みたいなのが嫌なら、なんでそんな短い髪してるんだよ!」

「自警団の規則だけど」


 ついでに、相手の刈上げショートヘアを指さす。


「というか、柳沢さんのほうが俺より短いでしょ」

「こ、これは別に、上層部へアピールとかそういうんじゃない、違う!」


 にやにや笑っていた結衣が、ヤジを飛ばす。


「柳沢ったら、ライバル登場で気になっちゃった~?」

「違う!」

「ムリでしょ。背も、顔も、名前も経歴ケーレキも……柳沢が柊に勝てる部分なんて、一つもないじゃーん」

「黙れ、小早川!」

「キャハハ、マジギレしてるー」


 小学校の休み時間のような喧噪を前に、柊は安堵していた。

 柳沢には悪いが、彼女が嫉妬で騒げば騒ぐほど、性別問題から多くの隊員たちの意識を遠ざけることができる。

 と、結衣におちょくられ続けた柳沢が、再び柊へ突っかかってきた。


「エリートアピールじゃないってんなら、、って言ったのは何なんだよ!」


 ここが勝負のしどころだ。

 柊は無理やり笑みを作り、柳沢ではなく結衣を指さした。


結衣あの子だって、ボクっ子・・・・じゃないか」


 途端に隊員たちの笑い声が響いた。とばっちりを食ったはずの結衣も、腹を抱えて笑っている。


「うるさーい。ボクのことは放っといてよ、もぉー」

「じゃあ、俺のことも放っておいてください」

「キャハハ、良いキャラしてんじゃーん。ボクら、けっこー気が合うかもよ」

「小早川も、佐東も、アタシを無視すんな!」


 柳沢を除いて、場の雰囲気が和やかになると、翼が軽く手を叩いた。


「はいはい。自分のことをどう呼ぶかは、非番のときは自由となっているんだ。わたしでも、僕でも、俺でも拙者でも、みんな好きなようにしてください」


 早速、拙者だの、妾だの、とふざけ始める隊員が出てくる。

 新人が来たということで緊張していたのは、既存の隊員たちも同じだったのだろう。本来は、フランクな隊員も多そうだ。


「柊も、普段は好きにして構わないけど、戦闘中は『私』で統一する決まりだから。覚えておいて」

「あ、うん」

「これは部活じゃなくて、『使命』だからね」


 その言葉は、ただの会話とは違う重みがあった。


「はい、分かりました」

「ありがとう。それと、柳沢と結衣は、後でちゃんと仲直りしておくこと」


 結衣はへらへら笑っているが、柳沢は露骨に腕組みをしてそっぽを向いている。

 しかし、どうやら柳沢が反抗的なのはいつものことらしく、誰もそれにツッコミは入れていない。半分、諦められているのかもしれないが。


「美咲さんと伊織は、後で私の部屋へ。少し、話しましょう」

「ええ、分かったわ」

「……はいよ」


 食堂全体を見渡すと、翼は軽く笑みを作った。


「改めて、昨日の戦闘、お疲れさまでした。誰一人、死者を出すことなく全員で戻ってこれて、本当によかった。そして、新たに仲間となった柊を、どうか温かく迎え入れてあげてください」


 誰もそれを茶化そうとしない。

 そのことが、戦闘がいかに厳しいものであるか、物語っている。


「それでは、一旦解散とします。治療がある人は、それを優先して。特に用のない人は、非番を楽しんでください」

「はーい」


 大きな返事の後、柊は彼を歓迎する少女たちによって、もみくちゃにされた。

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