第48話 革命か、さもなくば死を
「……どういうことですか」
まさか、自衛隊が倒したとでもいうのか――その仮説は、すぐに消える。
【D】に科学兵器は効かない。だからこそ、ダブルギアは世界中から絶大な信頼と注目を集めているのだ。
すると長谷部は、淀みない調子で答えた。
「今回の【D】は、初めから単独出現――つまり、一体しか存在していない」
「二体同時出現、って報告したのは自衛隊じゃ……」
「ああ、私がそのように報告させた」
「じゃあ、うそってことですか!」
長谷部は満足げな顔で、控えていた部下から煙草を受け取った。火をつけさせると胸いっぱい煙を吸い、吐き出す。
「大多数の幸福のため、とでも言っておこうか」
揺らめく煙をまとい、長谷部は続ける。
「我が国には【D】と対等に渡り合える戦力がある。にもかかわらず、何故、我々は十七年かかっても地上を取り戻せないのか?」
表情を硬くする柊へ、長谷部は芝居がかかった仕草で片方の眉を上げた。
「――政府の要人たちに、根底から解決する意志がないからだ」
「政府だって、ダブルギアを編成したり、その支援組織として自警団の運営を指示したり……色々やっているはずです」
「それは、現在の生活を維持するための活動だ。私は、もっと根源的な解決――安全な土地を手に入れるために必要な技術革新の必要性を説いている」
ダブルギアや【D】の研究なら、「巨大生物研究所」が行っている。当然、組織を統べる者として、長谷部も知っているはずだ。
つまり、それ以外の目的で新セクションを作る、と言っているらしい。
「何を研究するんですか」
「ダブルギアの覚醒に繋がる遺伝子の解明、及び、
「正気で……」
長谷部の部下たちが気色ばむ。それを視線で制し、長谷部は深く頷いた。
「初代隊長の
翼も話していた。国家は遺伝的に覚醒しやすい子どもを集め、育てていると。
「これまでは見合いをさせたり、人工授精で遺伝子を掛け合わせるのみだった。だが効率を求めるならば、血が濃いほうが確率も上がる。そう思わないかね?」
花の品種改良の話でもしているかのような長谷部の口ぶりに、背筋が寒くなる。
「俺たちは兵器じゃない、人間です!」
「モラルや倫理を守った結果、人類が滅んでしまったら何の意味もなかろう。そんなことも分からんのか!」
厳しい口調に、思わず息を呑む。
誰か、この恐ろしい計画に異を唱える者はいないのか。長谷部の暴走を止めようとする者はいないのか――しかし七人の部下たちは、黙ってこちらを眺めている。その表情を、柊は何度も見たことがあった。
自警団のロッカールームで、配給品をカツアゲしたリーダー。危険な任務を押しつけて、自身は待機室でサボっていた先輩。柊が偵察班に配属されると知り、暴力を振るった同級生――圧力をかける人々は皆、長谷部の部下と同じような白々しい薄笑いを浮かべていた。
「そうやって大勢の子どもを『使い捨て』にすれば、この地上を取り戻せる、って計算ですか」
「ははは。単純な使い捨てしか思いつかないようでは、まだまだだな」
訝しげに目を細める柊の顔へ、長谷部はふぅと煙を吹きかける。
「【D】を倒す術のない国や地域は、百を超える。その国々へ貸し出すのだよ。彼らの
「……は?」
無意識のうちに、柊は一歩下がった。目の前に立つ武器も持たない中年の男が、【D】よりも恐ろしい怪物のように感じられる。
怯えたように後ずさりした柊を、長谷部は表情一つ変えずに観察していた。
「ダブルギアを貸してほしければ土地を寄越せ、と?」
「既に合意を得た国は、二桁にのぼる。国土を減らしてでも自らの子孫を生き残らせたい、と考える人道的な指導者が、この世界にはまだ残っているようだ」
「そんなの、ただの脅迫だ!」
「はははっ 力なき者は死に、力を得た者が覇権を手にする。人類の歴史は遥か古代より、その繰り返しなのだよ」
想像を絶する恐ろしい計画に、柊の言葉も途切れがちになった。
「そんなこと、榊小隊長が許しません。小隊長だけじゃない、政治家たちだって……非人間的な実験をさせるなんて……」
「
部下が差し出した携帯灰皿で火を消すと、長谷部は強いまなざしで柊を見据えた。
「我々は生き残るために強力な指導者の元、結束しなければならない。敵の大元を探し出し、叩き潰せ! それこそが、人類の繁栄に繋がるのだよ」
「そんな……」
「佐東一尉、そこが君の欠点だ」
それまでの余裕の笑みが消え、長谷部の眉間に深いしわが刻まれる。
「長らく妹の魂と共生していた弊害か知らんが、君は決断力に欠ける。判断も遅い。大局から目を逸らし、感情的に考えすぎる」
「え……?」
「君は、何か問題が起きる度、妹に決めてもらっていたのではないのかね?」
長谷部は、ここぞとばかりに畳みかける。
「延命治療など無駄だ。【D】という世界を死に至らしめる病魔を根治し、健全な世界を取り戻すには、真実に届く者が手を汚してでも、世界を動かさねばならないのだよ」
部下から受け取ったミネラルウォーターの入ったボトルを、柊の目の前へ差し出しながら、長谷部は口もとを歪めた。
清々しいまでに、迷いのない笑みだ。
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