第3話 それでは、また

 しゅうは無傷なほうの手を伸ばし、差し出された手を握った。

 左肩の激しい痛みに呻き声をあげ、どうにか立ち上がる。平均より背の高い柊と比べると、相手は十センチほど背が低い。十代前半の予備科――昔でいうところの中学生――くらいの年齢だろうか。

(ダブルギアは全員が未成年の少年、という噂は本当っぽい?)

 そんなことをぼんやり考えつつ、頭を下げる。


「あ、あの、ありがとうございます……あなたは、ダブルギアですか?」


 そう尋ねながらも、柊は確信していた。

 邪神や悪魔の使いである【D】に対し、人類の武器は無力だ。それを太刀の一振りで倒したということは、日本の主神・天照大神アマテラスオオミカミの加護を得て戦う例の少年部隊ダブルギア以外、あり得ない。

 相手は何かをためらいかけたあと、小さく頷いた。


「我々は、特定巨大生物対策本部・第一小隊であります。通称、“ダブルギア”とも呼ばれておりますが。現在、本隊はもう一頭と交戦中であります」


 幼さの残る高い声だが、口ぶりは堂々としたものだ。

 ぶり返してきた恐怖と身体の痛みに、柊は左肩を抑えるような動きをした。すると、どこか落ち着きのない様子で辺りを見渡していた少年は、地に膝を突き、柊の背中へ手を添えた。

 しっかり、と囁くボーイソプラノが耳に心地よい。


「片方の【D】があなたを追いかけたのが見えたので、もう一頭を他の隊員に任せ、わたくしが追走いたしました。しかし――」


 途中で言葉を区切ると、ヘッドギアを被った少年は首を傾げた。


「よく、これだけの距離を、【D】から逃げ続けることができましたね」


 そう言われて、柊は周囲を見渡した。日頃、自警団の訓練で使っているエリアは遥か遠くに過ぎ去り、見知らぬ住宅街の真ん中に二人は立っている。もちろん、他に人の気配はない。


……こんな遠くまで来てたのか……」


 その言葉に、ダブルギアの少年は再度首を捻った。


「今、と言いました?」

「え? そうだけど」

「まさか、あなたは男性なのですか?」

「……男ですよ」


 柊の返答に納得がいかないのか、少年は更に距離を詰めてくる。


「本当に男性ですか? 実は、何らかの理由で女性であることを隠して生活している――といったことではなく?」

「普通に男子小学校を卒業して、自警団男子予備科を出てるし」

「失礼ですが、本当に、女性ではないのですか?」

「男です。ていうか、なんでそんなに俺の性別にこだわるんだよ!」


 すると少年は柊の背から手を外し、小声で呟いた。


「しかし、これだけの怪我をしておいて覚醒してないとは思えない……」


 フェイス部分は濃いスモークになっていて、彼の表情は分からない。少し悩んだ後、少年はヘッドギアに内蔵された通信機で誰かと話し始めた。こっそり聞き耳を立てようにも、専門用語が多すぎて理解できない。やがて通信を終えた少年は、話を元へ戻した。


「申し訳ありませんが、私は戦線へ戻らねばなりません」

「まだ戦ってるんですか」

「戦場はかなり遠いから、安心してください。近くで待機している自衛隊へ連絡しましたから、しばらく待てば保護してもらえるはずです。救助を待てますか?」

「あ……はい」

「ご協力に感謝します。それでは、また・・


 まるで再び会うことが確定しているかのような言葉に、違和感を覚える。だが、その原因に気づくより早く、少年は顔を背けてしまった。

 少年はヘッドギアの左こめかみのボタンのうち、一方を押した。低い唸り声のような機動音を確認し、軽い足取りで走り出す。するとダブルギアにまつわる噂通り、は人間離れした速度でトンネルの向こうへ消えて行った。

 一人残された柊は、少年兵が去った後も、トンネルの奥をぼんやり眺めていた。


「あれが世界で唯一、【D】と対等に戦える部隊――ダブルギアか」


 ふと、起き上がるのに小さな手を借りたことを思い出す。


「……あの人の手、温かかったな」


 切り裂かれたはずの肩の激痛が和らぎつつあることには気づかず、柊は繰り返し手を握っていた。

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