英雄の正体

第3話 貧乏くじか、宝のくじか

 関東圏にあるしゅうの生まれ育ったシェルターが【D】に襲撃されて、丸一日が経過していた。

 ガタン、ゴトンとリズムを刻む線路。狭い座席と、灰色の車窓。柊が乗せられているのは、普段は物資の輸送とダブルギアの出撃にしか使われない“地下鉄”だ。

 政府が秘密裏に作っていたのは、本州の各都道府県に点在する地下シェルターだけではない。それらを繋ぐ地下鉄網は、文字通り“日本の生命線”だ。普段、輸送業者以外は使うことのないその地下鉄に、柊は揺られていた。


「どうした、傷が痛むのかい?」


 話しかけてきたのは、壮年の自衛官だ。軽く笑い、ボックス席の正面に座る。

 柊は自衛官からそっと目を逸らし、首を振った。


「肩は痛いですけど、平気です」

「そうか。襲撃されたシェルターの補修用物資の運搬が優先だそうだから、現地へ到着するまで、まだまだかかるぞ。食べられそうなら、少し腹へ入れておくといい」

「ありがとうございます」


 ぬるい茶で、折り詰め弁当を無理やり胃へ流し込む。

 無言で咀嚼しながら、柊は昨日からの流れを思い返していた。


 ダブルギアの少年と別れた後、かなり長い時間、あの場に座っていた。太陽が傾いた頃、ようやく自衛隊のジープが救助してくれた。

 自衛隊の救護班に医者がいたので、肩の傷を治療してもらうことになった。【D】の爪で深く抉るように切り裂かれた傷。腕がもげるのでは、と思うほど強烈な一撃を思い出すだけで、身震いするほどの恐怖がこみ上げてくる。

 しかし、何の手当もしていないのに血は止まりかけ、千切れる寸前だった腕の神経も繋がりつつあるのか、指を動かせるようになっていた。やがて痛覚が戻ってくると、それまで平気な顔で診察されていた柊は、激痛に悶え、診察台から転がり落ちてしまった。

 ところが、そんなありえない状態に驚いたのは、柊だけだった。

 自衛官たちは、既にダブルギアから報告を受けていたのだ――新たな覚醒者を保護し、自分たちの基地まで護送してほしい、と。

 拒否権はなかった。既にIDは移されていて、仕事や配給もダブルギアの基地でしか受けられない。持ち物は、右手につけたままの弓掛ゆがけという弓道用の小手のようなものと、寝間着だけ。

 その状態で、数十名の自衛官に護衛されて移動している。柊が脱走しないように、というのが本音だろうが。


『次のニュースです。今回の【D】による災害における被害状況について、現地からの報告をお送りいたします』


 小さなポータブルテレビが、窓際の台へ置かれている。

 テレビと言っても、チャンネルは国営放送しかない。それに、内容のほとんどが【D】の災害にまつわる話と天気予報、たまに政治関連のニュースが流れるだけ。

 画面に映し出されたのは、柊が生まれ育ったシェルター周辺景色だ。半壊した街並みを眺めながら、自衛官が話を切り出す。


「あー……知りたくないかもしれないが、一応、報告があったから伝えておくよ」

「なんですか?」

「君の通信機を、故意に切断していた件でね。君の班のリーダーは、一般偵察員へ降格されたそうだ」


 それを聞いても、柊はすぐには何も答えなかった。

 代わりに、乾いた笑みを口もとへ浮かべる。


「……どうせすぐ出世して、危険の少ない要人警護か何かに移動するんじゃないんですか」

「それが、そうでもないのさ」


 訝し気に眉をしかめた柊へ、自衛官は静かな口調で答えた。


「彼は、重大な規律違反を故意にやったわけだ。そんな信用のおけない人間なんて、どこの部署も必要としない」

「え?」

「会話記録が残っていたんだ。彼が偵察任務以外に移動できる日は、もう来ないのさ。彼の命が続く限りね」


 それを聞いても、何も感じなかった。

 悔しいとか、苛立ちだとか、ざまあ、だとか――そういうどす黒い念をリーダーたちへ感じるだけの余裕がなかったから。

 柊の黙り込む姿を前に、自衛官は小さく頷く。


「自分のこれからのことで、手一杯って感じだな」

「そんなこと……」

「そりゃそうだ。君自身が、あの・・ダブルギア・・・・・覚醒した・・・・、と聞かされちゃあね」


 図星を刺された柊は、一層俯いてしまう。

 肩の傷が恐ろしいまでのスピードで修復されているのも、【D】に追いかけられながら何キロも走って逃げ続けられたのも、神に選ばれた印らしい。

 言われてみれば、思い当たる節はあった。

 自警団の先輩たちに殴る蹴るの暴力を振るわれても、すぐに痛みが和らぎ、翌日には軽い痣が残っている程度で済んでいた。

 いつからだろう、と思い返すと、死んだ妹の声が聞こえなくなった辺りからだった。てっきり、妹が天国から見守ってくれているのだろう、と思っていたが、実際には面識のない神様が、ひっそりと付き添ってくれていたらしい。

(俺、これからどうなるんだろう)

 言いようのない不安に駆られ、柊は辺りを見渡した。台に置かれたポータブルテレビからは、相変わらずニュースが流れている。


『今回も特定巨大生物対策本部・第一小隊、通称“ダブルギア”の活躍により、多くの住民の命が救われました。ダブルギアをまとめる長谷部はせべ司令は、今回の災害について、次のような声明を発表しました――』


 画面では、七三分けの男性キャスターが喋っている。その横に、黒い軍服を着た少年たちのイラストが表示されていた。

 ダブルギアの写真は、どこを調べても出てこない。教科書にも紹介文があるのに、その隣には、テレビと同じようにイラストが載せられているだけ。

 英雄たちの素顔は、厚い神秘のベールで閉ざされている。


「自衛隊の人なら、ダブルギアを見たこともあるんですか?」

「いいや、君が初めてだよ。本当なら皆に自慢してやりたいけど、ダブルギア関連の情報は国家機密だからね。冥途の土産として、墓場まで持っていくさ」

「なんで、そんなに秘密なんですか? 悪いことしてるわけじゃない。むしろ多くの国民が、ダブルギアに感謝してるはずですけど」


 すると、自衛官の男は目を細めてみせた。


「君は、ダブルギアについてどれくらい知っている?」

「……天照大神の力を神降ろしダウンロードして戦う、護国の戦士とか。後は、『二十歳以下の少年しかなれない』って噂ですけど」

「自衛官の私でも、君と大差ないよ。他に知ってることなんて、東京にある地下シェルターのどこかが基地になっていて、そこから出撃していることくらいか」


(じゃあ、自分は東京へ向かっているのか)

 そんなことを考えながらも、柊の疑問は次へ繋がっていく。


「やっぱり変ですよ。もっと情報を公開した方が、国民の士気も高まるだろうし」

「それは、子どもたちが戦っているからじゃないのかな」


 柊は、その言葉に視線を上げた。

 自衛官は、灰色の壁が流れていくだけの車窓をじっと見つめている。その目は、どこか遠くを眺めているようだった。


「ダブルギアのいない他国は、血眼になって日本人を略奪しようとしている。それを阻止するのが私たち自衛官の仕事だけど、敵は諸外国だけじゃない」

「……テロリストとか?」

「そう。敵は外だけじゃなくて、内側にもいるのさ」


 いつの間にか、自衛官は窓に映る柊の横顔を見ていた。

 人々が地下へ退避した後に生まれた世代を、人々は地下世代と呼んだ。彼らは成長ホルモンの乱れから、極端に中性的な容姿の子どもが多かった。紫外線を滅多に浴びないことや、シェルターの排気・排水処理が完璧でないことなどが原因として挙げられているが、これという打開策はない。

 柊もその地下世代であり、極端に中性的な外見を持つ。

 病的なまでに色白で、シミ一つないきめ細やかな肌。十五を超えても産毛しか生えていない柔らかそうな頬に、華奢な骨格。背が高く、声変わりもしているが、先ほど着替えたときに見えた腕や脛には、ムダ毛と言えるものがほぼ生えていなかった。

 自衛官の男が柊に挨拶したときも、少年だろうと思いつつ、仮にこれが中性的な容姿の女子だ、と説明されたら信じてしまったかもしれない。

 それくらい、地上世代の大人たちからすると、地下世代の子どもたちは性別が曖昧な容姿が多かった。


「ダブルギアに覚醒する明確な基準を公表すれば、世界各国だけでなく、日本中で子どもの奪い合いになるだろう」

「……それは、分かります。小学校のときから、教育エリアから絶対に出るな、って厳しく言われてたから」

「政府は、公式には『未成年の男児』という条件しか明らかにしていない。知ってるかい? 少年の行方不明者は、少女の二十八倍なんだ。つまり、それだけ多くの人間がダブルギアを狙っている、ということなのさ」


 男は、テーブルに置いてあったヤカンから、コップへ麦茶を注いだ。柊のコップにも、ついでにぎ足してくれる。


「そんな世界の希望と言うべきダブルギアと、こうして間近で話せるなんて、私はとてもラッキーなんだと思っているよ」

「……俺は、幸運だとは思いません」


 口をつけた麦茶は、長旅のせいで生ぬるくなっている。


「偵察するだけでも、あんなに危険な目に遭ったんです。それを、今度は戦わなきゃいけないなんて……俺なんかにできるはずがない」

「そうかな?」

「どうせ、また貧乏くじを引かされただけなんだ」


 ふと、視線を感じて顔を上げる。

 意外なことに、壮年の自衛官は、悔しそうな笑みを浮かべていた。


「……その貧乏くじを引かせてください、どうか俺を選んでください、って何べんも何べんも神様に祈り続けてる男が、ここにいるんだよ」

「えっ」

「子どもたちにばかりつらい役目を押し付けておいて、自分はシェルター補修や災害救助しかできないなんてあんまりだ、ってね。そう願ってる大人は、たくさんいるはずだ」


 自衛官は、手にした麦茶を一気にあおった。


「だから、胸を張って行っておいで。君を正当に評価しなかった奴らのことなんか忘れて。君を選んでくれた神様と、新しい仲間たちのもとへ――」


 その言葉は、自信を失っていた柊の背中を押してくれた気がした。


「俺、行ってきます。ダブルギアになってきます」


 それに答えるように、列車が大きく揺れた。

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