英雄の条件

第42話 沈黙

 それは、しゅうがダブルギアとなって、二度目の出撃となる予定の・・・日の・・だった。

 普段、訓練に使用している体育館には、戦闘員だけでなく、基地内にいる殆どの職員が集められている。奥には会議用テーブルが並べられ、「巨大生物研究所」の職員が入れ替わり立ち替わりやってきては、さかきと言葉を交わす。

 入り口近くに並べられたパイプ椅子には、二十四名の戦闘員が座らされている。その顔は、どれも困惑と不安に塗り潰されていた。

 その中央で、つばさは一人、椅子から立って上層部からの通達を読みあげている。と、翼の説明を遮るように、ベテラン隊員が声を張り上げた。


「冗談じゃない!」


 声をあげたのは、五班班長の玉置たまきだ。

 柊と同じくらい背が高く、イケメン風の面立ちや髪型、気障な仕草もあって、一部に熱狂的なファンを持つ隊員――という印象しかなかった。これまでは。

 しかし今の玉置は、頬を紅潮させ、激しい口調で怒鳴り続けている。


「たった四人で、どうやって【D】と戦え、って言うんだ」


 玉置の隣に座る隊員は、まだ幼さの残る細い眉を顰め、激しく泣きじゃくっている。彼女は、まだ入隊から半年しか経っていない。

 幼い隊員の肩を抱きしめ、玉置は声を張った。


「一班みたいに実力者揃いなら、四人でもどうにかなるかもしれないな。だけどさ、違うだろ? どこの班も、まだケツに卵の殻の付いたひよっこを抱えてる。この子なんて、ほんの半年前は、どこにでもいる小学生だったんだぞ!」

「う、うわああああああんっ」


 悲痛な泣き声を宥める者はいない。

 否定の言葉など、気休めにもならない。

 自分たちは今まさに、勝ち目の薄い戦いへ送り出されようとしている――どの隊員も、そう悟っているのだろう。それでも翼は、悲痛な面持ちで訴えかける。


「今の話は、最悪の事態を想定したものです。それに、私自身の経験では、それが現実のものになる可能性は、ほぼありません」

「今回が『初めての事案ケース』になる可能性もあるだろ」

「そうです。ですが、それを言い出したらきりがありません」


 翼の説明に納得した様子の隊員は少ない。

 戦闘において、絶対、などという言葉が存在しないことくらい、誰もが理解している。だからこそ、翼自身も強く反論することができずにいた。

 誰よりも困惑しているのは、翼なのだ。


「小隊長の指示通り、自室で仮眠をとってください。【D】の出現位置が確定次第、緊急出動サイレンが鳴ります。玄関には鍵をかけないように」


 解散の言葉に不満げな声を洩らしながらも、隊員たちは体育館を後にした。

 どうせ、他にやることはないのだ。指示通りに部屋で仮眠するのが、一番建設的な行動だろう。

 話を聞いていた結衣ゆい伊織いおりも、疲れた表情でため息を吐いた。ツインテールを揺らし、結衣は柊へ顔を向ける。


「夜になっても【D】が見つからないなんて、なーんかヤな感じだよね」

「うん……そうだね」


 柊もパイプ椅子に身を預けたまま、結衣とは反対側に座る伊織へ尋ねた。


「こういうことって、よくあるの?」

「いや。二十二時を過ぎても見つからないなんて、あたしがここへ来て以来、初めてだな」

「いつもならせーぜー、お昼過ぎくらいだもんね」


 結衣の補足に、伊織も頷く。

 翼を含む六人の班長たちが、榊のもとへ集まっている。みんな、口々に質問している。しかし、何も成果が得られなかったのだろう。班長たちは、疲れた表情で体育館を出ていった。

 翼も榊の傍から離れると、手にしたファイルを胸に抱きしめ、天井を仰いだ。重苦しいため息を吐いて、視線を戻す。

 伊織が軽く手を挙げると、軽く頷いて小走りにやってきた。


「おつかれ。で、何か聞き出せたか?」

「いや……みんなに説明した以上の情報は、上層部も本当に持っていなさそうだ。小隊長の手元の資料も見てきたけれど、ヒントにもならなかった」

「つまり確定情報はない癖に、未確認情報は六ヶ所もある、ってことかよ」


 伊織の呟きに、翼は顔をしかめて頷く。

 研究者たちによると、【D】は、出現予定日の日の出と同時に出現する。日本では通常、午前中から正午にかけて、出現位置の確定情報が入ることが多い。

 ダブルギアは、その確定情報をもとに出撃する。そうでなければ、ノンストップで走る“地下鉄”へ突撃された場合、小隊全滅もあり得るからだ。

 ところが今回に限って、その確定情報が二十二時を過ぎた今も入ってこない。

 結衣は不安を感じているのか、足をぶらぶらさせている。


「今回、変じゃない? 今までにも発見が遅かったことはあるけど、そういうときって、目撃情報自体が入ってこないじゃん」


 上層部によると、全国各地で【D】らしき巨大生物の目撃情報が、相次いで報告されているらしい。それにもかかわらず、それが【D】であるかどうかの確認は取れていない。新人の柊から見ても、不自然だ。

 問いかけへ答える翼の表情も、かなり暗い。


「私も、それが気になっている」

「もしもだけど。六つの目撃情報がぜーんぶ本物だったら、マジで各班に分かれて出動するの?」

「鼠型や昆虫型の大量繁殖というレアケースを除いて、【D】は三体までしか同時出現しない。これは日本だけじゃなくて、世界共通の認識だ。だから、六体なんて中途半端な数こそ、あり得ない」


 それを聞いた結衣は、ほっとした表情を浮かべた。


「じゃあ、目撃情報は見間違いで、本物はどこかの川や山に隠れてるとか?」

「それはそれで不気味だぞ」


 伊織は大あくびを零し、ゆっくりと立ち上がる。


「あたしらも、とっとと寝ようぜ。これだけ発見に手間取ったんだ。個体成熟が進んでるだろうから、明日は激戦だぞ」

「うえぇ……マジ勘弁」


 伊織と結衣は、軽く雑談しながら退室していった。

 体育館の奥の方では、相変わらず小隊長の榊を中心に会議が続けられている。そちらはまだまだ長引きそうだ。

 自分も個室へ戻ろう、と立ち上がった柊へ、翼が呟く。


「目撃情報の全てが本当だとは思わないけれど、今回は、いつもと違う戦いになるかもしれない」

「たとえば?」

「六体同時出現は、あり得ない。だけど、同時出現した二体や三体の【D】がバラバラに行動している可能性も、一応は残されている」

「そういうのって、過去にもあったの?」


 翼は胸に抱いたファイルを握りしめ、首を振る。


「過去に数回だけ。と言っても、例えば東京と神奈川みたいに、隣県に跨る程度だ。それなのに、今回の目撃情報は、北海道・新潟・富山・広島・愛媛・鹿児島――と全国各地に散らばっている」


 頭の中に日本地図を思い描こうとして、柊は首を捻った。

 残念ながら、彼の頭に正確な都道府県の位置は入っていない。とはいえ、北海道と鹿児島がまるで違う地方だ、ということは理解できる。


「一ヶ所だけ正解で、残り五ヶ所は見間違いじゃないの?」

「私も、そのパターンだと思うよ。だけど……」


 そこで言葉を一旦切り、翼は隣に立つ柊を見上げた。


「胸騒ぎがするんだ」


 柊は横顔に視線を感じ、翼へ視線を向ける。

 彼女の小さな拳は、白くなるほど握りしめられていた。


「どんな?」

「三年前……私が初めてダブルギアとして出陣したときと同じ、妙な胸騒ぎが」


 柊はそれ以上、言葉をかけることができなかった。

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