新人と、エース候補と、指揮官候補と
第98話 あと三日だけの仲間
【D】出現予定日まで、あと三日。
朝食の時間に合わせ、戦闘に参加できる隊員は食堂へ集められた。前に立つのは、小隊長の
美咲は、今月半ばに二十歳の誕生日を迎える。そのため、この戦闘が美咲にとって最後の戦闘となる。戦闘後、美咲の次の現場指揮官が指名される予定だった。
いつものように戦闘服と軍帽をまとった榊は、ハスキーな声で通達した。
「三日後の戦闘における臨時班編成を、今から発表する。大部分は、先日発表した仮決定のままだ。治療が間に合った者が増えたため、一部を変更する」
隊員たちは、朝食を摂る手を止めて榊のほうへ顔を向けた。
榊の説明を聞いていると、こそっと西村が耳打ちしてくる。
「なぁ。臨時班編成、ってどういう意味なん?」
「本当なら
「で、その臨時班はいつまで続くんや」
「今回限りかな。美咲さんが退役すれば、次の指揮官が指名されるし、そのときに班組みを変更するだろうから……」
説明の途中で、柳沢が脛を蹴り飛ばしてきた。静かにしろ、というようにジト目で睨んでくる。
前に立つ美咲からの発表へ、注意を向ける。
「まず、五人の班長を発表します。一班班長・現場指揮官、わたくし……
「続けて、各班の振り分けを発表する。朝食を摂り終えた者から、自分の班の班長のところで挨拶をするように」
「では、一班から発表します――」
小学校の頃の席替えとは違う、命を預ける仲間の発表だ。ほとんどの隊員が、身じろぎもせず、耳に神経を集中させている。
今回は班長から降ろされた
西村は、眉間にしわを寄せて黒木を睨みつけた。
「あいつ……サイコパス女、なんで班長降ろされたんや」
「さすがに上層部も、利敵行為が酷すぎる、って見放したんじゃない?」
「やったら
すると、それまで真面目な顔で発表を聞いていた柳沢が、くるりと振り返った。
班構成の内容は、最後の五班へ移っている。ここまで名前を呼ばれなかった、柊・柳沢・西村は、自動的に翼が班長を務める五班で確定だ。
「黒木が班長やってた理由か?」
「柳沢さん、知ってるの?」
「つーか。あの野郎が降格されるなら、アタシが班長昇格だと見てたんだけどな」
(
出し巻き卵を食べている黒木を、ちらりと盗み見る。
百七十センチを超える長身に、戦闘向きの広い肩幅と長い手足。浅黒い肌。挑発的に突き出した胸元から腰へ繋がるラインは、芸術的といってもいい。十七歳、ということで、若手と比べるとかなり成熟した女性らしさを感じさせる外見だ。
ウェーブがかかった長い髪や、派手な顔立ちもあって、野性的な雰囲気がある。張りのある腰回りなどは、うっかり生唾を飲みそうになるくらいだ。
(性格に難がアリすぎるけど。黒木さんが民間人だったら、モテるんだろうな。見た目重視な男もいるし……ドSが好きな人もいるし……)
ドSというよりサイコパスだけど、と内心ツッコミを入れておく。
「あいつ、今は後衛やってんだけどさ。本職は前衛なんだよ」
「え? ……あっ そういうこと?」
もやもやと心の奥で燻ぶっていた違和感が、やっと腑に落ちる。
黒木が西村を襲おうとしたとき、最初は柊一人で迎撃しようとした。
自分も黒木も後衛だ。年齢は相手が上だが、身長はこっちのほうが高い。まして、男と女なのだから力負けはしないはず――そんな甘い考えを、黒木は腕一本で吹っ飛ばした。
まさか、元自警団出身の自分が、同世代の女に投げられるなんて――
だが、黒木が本来は前衛というのなら話は変わる。
「いやいやいや……なんでわざわざハンデ負ってるの? 黒木さんは死にたいの? 余裕なの? 見せつけてるの?」
「違ぇよ。あいつに接近戦やらせると、仲間を盾にするんだよ」
「は?」
「避けられる攻撃でも、めんどくせって思うと、隣の隊員を突き飛ばすんだ」
「はあ?」
「後衛なら、ヘッドギアのGPSが自動的に
視線の先で、黒木は長い髪をバサァッと払い、不機嫌そうなため息を吐いた。
(……ヤバい。つまりあの人、前衛と後衛をスイッチできるのか)
柊の顔色が悪くなったことで、言いたいことが伝わった、と判断したのだろう。柳沢は箸で里芋を突き刺し、大きな口で頬張った。
一方、戦闘とは無縁の生活を送っていた西村は、そんな説明で理解できるはずもない。口を尖らせ、柳沢に質問攻めをしている。
初めの頃は西村が気に喰わない、と公言していた柳沢だが、小馬鹿にしながらも丁寧に教えてやっている。なんだかんだ言って、若手隊員に慕われているだけのことはあるようだ。
「なんで、そないな狂犬を放置してるん?」
「……そうでもしなきゃ、いざってときにこの国が亡ぶからだろ」
ふん、と鼻を鳴らすと、柳沢は切り干し大根を箸で摘まんだ。大根を光にかざすようにして、じーっと見つめる。
「あの場にいなかった佐東と西村は知らねぇだろうけど。この間の
「伊織と!? じゃあ、前衛最強クラスってこと?」
「るせぇ、アタシのが上だ!」
口に物を入れたまま叫んだせいで、ぴょーんと米粒が前へ飛ぶ。
しかめっ面でそれを払いのけた眼鏡の少女が、苦笑いした。
「カナメさーん、ごはん飛ばさないでくださいよぉ」
「るせぇ。アタシは今、機嫌が悪いんだ」
「もぉ……カナメが機嫌いいときなんて、滅多ないじゃない」
「だよねー」
「適当なこと言ってねぇで、オマエらもとっとと飯食えよ」
ガツガツと茶碗の玄米を掻き込む柳沢を前に、同じテーブルの隊員たちは目を合わせた。柊も、西村や他の若手隊員と目を合わせ、笑いを堪える。
こうして接してみると、柳沢は口こそ悪いものの、根は正直でまっすぐな子だ。
(向上心は高いし、実力もわりとあるし。まだ若いから副班長クラスだけど、将来はきっといい班長になるんだろうな……)
柳沢自身は現場指揮官を狙っているようなので、それを伝えたところで、どやされるのが関の山だろうが。
と、麦茶を飲み干したところで、柳沢は西村へ話しかけた。
「とにかく。今回、黒木の野郎は一班の配属だ。生駒が責任もって監視してくれっから、おまえは安心して佐東の後ろにくっついてろ」
「ふふっ あんた、うちのこと心配してくれはったんやな」
「――そんなんじゃねぇ!」
「頼りにしとるで、
いつの間にか仲良くなっている二人の様子を、微笑ましく眺めながら、柊は味噌汁に口をつけた。
(こんな日が、いつまでも続けばいいのに)
だが、そう思う次の瞬間には、それが嘘だと分かっていた。
翼が班長で、若手ホープの柳沢が副班長で、新人の西村とその教育係の自分――この四人で活動するのは、あと数日だけだ。
美咲が退役すれば、次の現場指揮官が選ばれる。翼と明彦の話を信じるなら、恐らくそれは藤波になるのだろう。藤波がどういう戦術を好むか、柊は知らない。ただ何となく、自分と西村は同じ班にならない、という予感はあった。
(西村さんには前衛を教えているし……正直、戦力という意味では期待できない。俺は多分、後衛の柱として数えられるはずだから、班が違って当然だけど)
ふと、頬に視線を感じた。首はそのまま、そっと目を伏せ、視線だけ動かす。
視界の隅、遠くのテーブルからこちらを見ているのは、恐らく翼だった。
(……あれから、翼とは一度も話せてない)
タイミングが合わないのもあったが、明らかに翼はこちらを避けていた。
当然だろう。
指揮官になれない原因が、神に与えられた素養に関するものだと知らず、「夢を諦めろ」と言ってしまったのだから。
(謝ればいい、って問題じゃない。それは、俺にも分かる)
酷いことを言ってごめん――そう言って頭を下げれば、きっと翼は許してくれるだろう。だが、それは同時に、翼が指揮官にはなれない、と柊も認めたことになる。
(俺は、どうしたいんだろう)
仲直りしたい。それは、確かだ。
そうではなくて、翼にどうしてほしいのか。どうなってもらいたいのか。
(……どうしてほしい、って。俺は、翼に期待してるのか?)
視線を戻し、再び箸を手に取る。ひじきと豆腐のハンバーグを咀嚼しながら、自問自答を繰り返す。
(誰にも期待しない、って決めてたのに。他人に何かを期待したって、裏切られる。そう、何度も何度も何度も何度も、死にたくなるほど教えられてきたのに)
濃いめの味付けのはずのハンバーグは、紙を噛むような味がした。
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