第76話 強制的不退転
十五名しかいない戦闘員たちを前に、
――君は、潜在的に
(なんで、そんなこと言うんだよ……)
秒単位でネガティブに染まっていきそうになる思考を追い出そうと、無理やり頭を振る。ヘッドギアを被り、顎下のロックボタンを押す。振り返り、支給されたヘッドギアを両手で抱えたままでいる
西村は憎い
これを被れば、素人もベテランも関係なく「一人の戦士」として戦場へ送り出される、と分かっているからだろう。
柊は、西村の抱きしめるヘッドギアを、そっと取り上げた。
嫌悪感と恐怖が
「ダブルギアは、普通の人間よりものすごく回復力が高いんだ」
「それくらい知ってるわ」
西村の父親が、京都に本部がある研究所で働いていることは、既に聞いている。
柊が男と知ってすぐ
(知りすぎていると、却って怖さが倍増する、ってのもあるかも)
「でも、ヘッドギアを被った状態じゃないと、その力も半減するんだ。それに、内蔵されてるGPS機能が、
「……逃げたところでどこにおるかお見通し、ってこと」
「うん? うん、まあ、そういうのもあるかもだけど……やっぱり誤射防止と自己治癒力の上昇が、装着させる一番の目的だよ」
それに、頭への攻撃から護ってくれるし、と付け足す。
「だからヘッドギアを被って。西村さんが、生き残るために」
「…………」
返事はしないが、抵抗もしない。
柊は西村にヘッドギアを被せると、かがむようにして位置を調節してやった。顎下のボタンを押すと、プシュッと空気が排出される音と共にロックされる。
それを見届けると、美咲が隣に立つ榊を見ながら声を張った。
「目標――肉食哺乳類型・大熊タイプ【D】、二頭の殲滅」
「巨大生物対策本部・第一小隊、出動せよ!」
榊の号令と共に、戦闘員たちは走り出す。
一番後ろに並んでいた柊は、隣にぼんやり立っている西村の手を、空いている方の手で握った。
「行くよ、ついて来て」
声を掛けて、走り出す。まずは階段を上って地上に出て、敵の正確な位置を目視しなければ始まらない。
西村の足の遅さを考慮して踏み出した――はずだった。
進行方向と相反する力に引っ張られ、前につんのめりそうになる。
(……っ!? ちょ、な、え?)
思わず背中越しに視線を向ける。西村は、まだほんの数歩しか走っていないのに、すっかり顎を突き出すような姿勢で走っていた。
(待って、ちょっとこれ……まさか、これで本気で走ってるの?)
装備と言えるものは、腰に差した脇差一本だけ。柊のように、矢がぎっしり詰められた矢筒を背負い、和弓を握っているわけでもない。それなのに、西村の呼吸は既に乱れ始めていた。
彼女はかなり華奢な身体の造りをしている。男の柊から見て、というだけでなく、他の同世代の古参組の隊員と比べても細かった。訓練をしていないのもあるのだろうが、元々の骨格からして筋肉がつきにくい身体なのだろう。
細く長い首、狭い肩はストンと落ちる。胸も腰も肉付きは薄く、男が本気で抱きしめたら折れてしまいそうだ。
太っているわけではない。むしろ小隊の中でも華奢なほうなのに、西村の階段を駆け上がるスピードは一向に速くなる気配がない。それどころか、繋いでいた手が徐々に離れそうになっていく。
(ウソでしょ。だって、これじゃ小学生より足が遅いんじゃ……)
光溢れる地上へ続く廊下に、他の隊員の姿はない。柊はヘッドギアの右こめかみに配置されたボタンを操作し、班長の翼へ通信を入れた。
「――こちら、
『こちら四班班長、間もなく敵の攻撃範囲に入るよ。どうした?』
「に、西村さんの足が……」
一瞬、唾を飲み、言葉を選ぶ。
「えっと、あの、西村さんは移動に慣れてないみたいで……その、まだ地上に出てなくて……時間がかかりそうっていうか」
『西村は、ちゃんと走ろうとしているんだね?』
「あ、う、うん、今のところは」
西村に合わせようと速度を落とそうとする。しかし、それ以上に西村の足運びは鈍くなっていく。既に、ジョギングくらいの速度まで落ちていた。
ところが、翼はそれを想定していたのだろう。大して驚いた様子もなく、返答を続ける。
『交戦は私たちに任せて、柊は西村と一緒に、まずは交戦区域まで移動してほしい』「了解」
『他の隊員たちとあまり離れすぎると、却って目立ってしまう。ターゲットにされる可能性が高くなるから、できるだけ急いでほしい』
「わ、分かった」
『一旦、通信を切るよ――
まだ視界にすら入ってこない敵との戦闘が始まったらしく、翼との通信は切れた。
ようやく到達した地上へ続くドアを潜りながら、柊は西村の手を強く引いた。
「ここから先は戦場だ。絶対、俺の傍から離れないで」
「はっ はっ はっ はっ」
返事もできないほど息が上がってしまった西村と共に、ドアを潜る。次の瞬間、強化シャッターが何重にも自動で閉められ、地下への通行口が塞がれた。
ダブルギアの出動口から【D】に侵入されないために、どこの現場でも行われていることだ。当然、自警団出身の柊はそれを熟知している。
だが、今日は何故かその音がいつもと違って聞こえた。
逃げ道を塞がれた――それは【D】ではなく、自分たちのほうなのではないか?
嫌な考えが脳髄を浸していく感覚に身を震わせたのは、柊だけではない。繋いだ西村の手が、ぎゅっと強く握りしめられた。
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