第50話 覚醒

「……どうした、佐東さとう一尉」


 長谷部はせべの問いには答えず、しゅうは脇差しを腰のベルトから外した。そして、傍らに停められたジープのフロントガラスへ、鞘ごと力任せに突き刺す。

 脇差し一つで強化ガラスを突き破ったことに、大人たちが気色ばんだ。


「血迷ったか、佐東!」

「それ以上、動くな」

「貴様、閣下の温情を無駄にする気か」

「痛い目に遭わなければ分からないというなら、教えてやろう!」


 長谷部の部下たちが、次々と襲いかかろうとする。

 その嘲るような目つきに、自警団のロッカールームが思い出された。

 格闘の試験で手加減しろ、と十数名の先輩や同期に詰め寄られ、目を逸らす柊。

 だが、柊をサンドバッグにした先輩や、集団で暴力を振るう同期、彼らを薄笑いでけしかける教官はいない――ここは訓練場ではなく、戦場だ。

 敵の立ち位置を把握。

 近くにいた男へ足払いをし、そこから流れるような動作で鳩尾へ肘鉄を見舞う。その隙をつくように、反対側から駆け寄る男が掴みかかる。

 伸ばされた手を受け流し、カウンターで掌底を顎へ。勢いよく身体をのけぞらせた男は、膝から崩れ落ちていく。


「ば、馬鹿な……っ」

「格闘の成績は『良』だったはずだぞ!」


 正面から駆け寄る別の男の胸元を蹴り倒し、背後に回った男のこめかみへ裏拳を叩きこむ。レンズの割れた眼鏡が、草むらへ転がった。

 何が起きたのか理解できない様子で、地に伏した部下は目を見開いている。目の前に落ちているのは、血にまみれた自分の前歯だ。


「この……くそガキが!」


 先ほど嘲笑した男が、特殊警棒を取り出した。

 それを視界の隅に捉え、地面に倒れていた別の男の襟首を掴む。無理やり立ち上がらせ、特殊警棒の男へ突き飛ばす。動線を塞いだ一瞬の隙を突き、左足を軸に右のハイキック。身体を反転させ、回し蹴りを側頭部へ。

 しかし、撃たれた腹の痛みで踏ん張りがきかず、僅かによろめいたところを背後から羽交い絞めにされかける。

(ここで、負けるわけには――)

 首を絞められる寸前、顎と相手の腕の隙間に指を挿しこんで抜け出す。転がってきた特殊警棒を握り、肩、鳩尾へ鋭い突き。更にミドルキック。相手はジープのフロント部分へ激突し、地面へ倒れ込んだ。


「閣下、お下がりください!」


 拳銃を構えた最後の一人と向かい合う。

 ためらうことなく撃ち抜かれる左太もも。衝撃の後、肉が爆ぜたような痛みが襲いかかる。堪えようと噛んだくちびるから滲む血。続けざまに両足、両肩右わき腹と、身体に穴が開いていく。

 痛みに視界がチカチカと明滅する。それでも足に力を籠め、一歩前へ。


「この程度で、膝をついてたら……現場指揮は務まらない」

「こ、この……化け物が!!」


 悲鳴をあげた最後の一人を特殊警棒で叩きのめし、ゆっくりと振り返る。

 じりじりと後退する長谷部との間合いを、一歩ずつ詰めていく。


「貴様……自分が何をしたか、分かっているのか」

「ここの現場指揮官は、俺だ」

「総司令である私を差し置いて、何を寝ぼけたことを」


 口元をわななかせる長谷部の胸倉を掴み、ぐっと引き寄せる。


「【D】と戦ったこともない奴が、ごちゃごちゃうるさいんだよ!」


 柊よりも十センチ以上、背の低い長谷部の足が地を離れ、もがくような動きをみせる。相手を片手で吊り上げたまま、柊は続けた。


「作られた子どもは、覚醒すれば他の国へ兵器として売り飛ばされ、覚醒しなければ使い捨て――そんな未来、俺は絶対に許さない!」

「手を、放さんかっ」


 長谷部を睨む柊の言葉に、もう迷いはない。


「約束したんだ。必要なときは、何を差し置いてでも俺の手を貸す、って」

「何の話だ……」


 長谷部を地面へ投げ捨てると、柊は視線を巡らせた。拳銃を胸元から取り出す長谷部の部下たちの顔を、じっと見つめる。


「俺は本隊へ合流します。邪魔したら、今度こそ許さない」

「動くな!」

「この狼藉者がっ」

「よさんか!」


 銃を構えた部下たちを、地に転がった長谷部が怒鳴りつける。額から滲む血が、引き攣る頬を伝って流れた。


「こやつを殺したら、誰があの【D】を倒すのだっ」


 言葉とは裏腹に、長谷部は血走った目で柊を睨みつけている。


「閣下……」

「しかし、この輩が生きていては」


 言い争いを始めた大人たちを他所に、柊はヘッドギアを拾い上げ、それをかぶる。その途端、四肢と腹部に受けた銃創の痛みが和らいだ。

 喧噪へ背を向け、左こめかみに並ぶ二つの歯車ギアを三連打。

 二つの歯車状のボタンが、カチリと噛みあい、高速回転を始める。脳髄を揺るがすような爆音が脳内に鳴り響き、細胞の節々が目覚めるような感覚が全身を支配する。

再び漲る力を確認するように、柊は右手の拳をそっと握ってみた。


「ナビゲーションシステム、起動」

『起動いたしました。目的地を入力してください』

「目的地は平安神宮前。出発地点は、現在地で経路選択」

『経路選択、完了いたしました――経路が複数存在します。往路と同じく、有料道路へ誘導しますか?』

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