第27話 椅子取りゲーム

「要するに、月読命ツクヨミノミコトのダブルギアが、臨界速ダブルギアを使用できるメカニズムを知りたい、ということでいいのかな?」


 明彦の言葉に、柊は後頭部を軽く掻きながら、考えをまとめようとしている。

 そんな仕草も見逃さないように、明彦は目を細めて観察していた。


「俺、嫌なんですよ。前任者が平気だったから、おまえも多分平気だろ、みたいなの。それで俺が発狂したら、どうなるんですか」

「どうなるって……ダブルギアの発狂って、要するに『人間型の神獣タイプ【D】になる』ということだから」

殺処分使い捨てですか」

「そうならないように、僕らがサポートしているんじゃないか。そう、怖い顔をしないでくれよ」


 軽口を叩きながらも、明彦のまなざしは少し柔らかなものになった。マグカップの珈琲を啜り、数度頷いてみせる。


「答えを先に言うと、根拠となるメカニズムは解明されている。月読命の戦士は、臨界速ダブルギアを短時間使用する程度なら問題ない、と確定している」 


 それを聞いた柊は、ほっとした様子でため息を吐いた。そうして、少し前のめりになる。軽く開いた膝の上に肘を置き、両手を組み合わせた。


「前から気になってたんです。なんで、月読命と天照大神とで、そんなに性能に差があるのかな、って」

「選んだ神様が違うから、とは考えなかったのかい?」

「力を注がれる側が人間なのは同じなんだから、注がれる限界量も大して変わらないものじゃないんですか?」


 鋭いね、と呟き、明彦は低く笑った。


「君にとって、つらい過去に踏み込む話になるけど、構わないかな」


 その言葉に、柊の目が泳ぎかける。

 だが、強く目を閉じて頷いた。


「恐らく君が予想している通りの話だ――つまり、君の・・妹に・・なるはず・・・・だった・・・少女・・に関することだよ」


 組み合わせた柊の指が、白くなるほど強く握りしめられる。眉間にしわを深く寄せ、重苦しい吐息を漏らした。

 明彦は柊の様子を注意深く観察しながら、月読命のダブルギアの覚醒条件は、二つ・・ある、と続けた。


「一つ目。長期間、二つの魂が一つの肉体を共有すること。更に、この二つの魂は『異性同士』でなくてはならない」

「俺と妹みたいに、ですか?」


 明彦は頷き、小さなホワイトボードへ“月読命”と書いた。


「月読命という神は、日本神話においてとても珍しいタイプの神様でね。そもそも、月読命が男神なのか女神なのかさえ、論争に決着がついてないんだ」


 日本の古代神話である『古事記』や『日本書紀』を基に、多くの神々は性別の研究も進められている。

 八岐大蛇ヤマタノオロチ退治で有名な「素戔嗚スサノヲ」は、他には「須佐之男スサノヲ」とも書く。男という文字の通り、その名は彼が男神であることを示している。彼の妻となる「櫛名田比売クシナダヒメ」の「比売ヒメ」も同様に、この人物が女性であることを意味している。

 また、名前に比売・・などが付かなくても、天照大神のように機織はたおりをしている=女性、といった描写も多くある。


「ところがだ。月読命は誰とも契りを交わしていない――要するに、結婚していないし、子どもも作っていない。日常描写もない。だから、性別を断定できないんだ」

「何のヒントもないんですか?」


 不安そうな柊の問いかけに、明彦は頷いた。


「君たち、月読命のダブルギアの覚醒条件から逆説的に推測すると、月読命は、男神でも女神でもない――両性具有・・・・の神・・だったのではないか、というのが、『巨大生物研究所』の結論だ」

「……男でも女でもない……」

「そう。そこで、何か思い出さないかい? 女神である天照大神は、自分と同じ女性の魂だけを選ぶ。ならば、両性具有の月読命は――?」


 姿を持たない妹になるはずだった少女の声の記憶が、脳裏で響く。


「……二つの性別の魂を持つ人間を選ぶ」

正解ビンゴ


 柊の口から、再び重苦しいため息が漏れる。こんな複雑な条件、そう簡単にクリアできるはずがない。

 一方の明彦の頬は、僅かに紅潮していた。自分の専門分野だからだろう。淡々と説明しようとしていたが、その声は次第に熱を帯びていった。


「一つの身体に男女の魂が入る。更に、互いに追い出したりせず、長期間共存する。そうなると、『魂の器』は無理やり押し広げられていくわけだ」

長谷部はせべ司令から聞きました。『魂の器』という御力みちからの受け皿は、月読命のダブルギアのほうが天照大神より大きい、って」


 すると、明彦がおかしそうに腹を抱えて笑い始めた。


「ははははっ 司令がその話をしたの?」

「えっ な、何か間違ってますか」

「いや、内容は正しいけど……あの人には何百回と同じ説明をさせられたから、ご理解できないのだと思ってたんだ。君に訳知り顔で説明するために、必死に丸暗記したのかな、と想像すると、ちょっと笑えないかい?」


 しかめっ面でカンペを読む長谷部の姿を想像し、柊は噴き出した。

 ほんの僅かな間、柊と明彦は屈託のない笑い声をこぼした。

 そうしてひとしきり笑った後、柊の表情が再び沈みこむ。話の行く先――もう片方の覚醒条件に、予想がついたのだろう。

 明彦が、もう一つの条件は、と言って人差し指を立てる。


「その共有した魂の内、片方が・・・消滅・・したとき・・・・、遺された側の魂と肉体が、月読命のダブルギアとして覚醒する」


 その言葉に、柊の肩が震えた。


「君が覚醒しているのは、間違いない。そして月読命は、妹さんの魂が消えてできた空白部分へ御力を注いでいる。つまり、妹さんはもうこの世にはいない」

「――っ」


 組んでいた指をほどき、両耳を塞ぐ。しかし、明彦の言葉は耳に届いてしまった後だった。

 嫌々をするように小さく首を振る柊の姿を、明彦は黙って見つめている。そうして、静かな口調で尋ねた。


「僕に話してくれないか――君が、妹、と呼ぶ女の子のことを」


 しばらく黙った後、柊は大きく息を吸いこみ、細く長く吐いた。まるで、胸の奥底に押し殺していた想いを解き放つように。


「俺と妹は、双子でした。でも、生まれる寸前に、妹が死んでしまったそうです。妹から聞いた話だと、母親の胎内にいるときから俺の身体に入って、一緒に出産されたらしくて」


 柊は、いつもの癖で耳を澄ましていた。

(もう柊ちゃんったら、わたしのこと他所の人に話しちゃダメでしょ)

 声がしないか、と無意識に探していた。でも、あのか細い声はもう聞こえない。


「小さい頃は、そのことに何の疑問も持ってませんでした。みんな、どうして俺の妹も一緒に遊んでくれないのかな、くらいで」

「仲は良かったのかい?」

「普通だと思いますよ、喧嘩もしたし」


 昔のことを思い出したのか、柊の口から自然と笑みが漏れる。だが、それもすぐに消えてしまった。


「けど、段々と成長するうちに、胸が締めつけられるような、息苦しいような感じがするようになったんです」


 明彦は、そっと目を伏せた。

 過去の月読命の覚醒者たちも、同じ兆候を証言していた、と資料にあった。


「仕方ないから、痛み止めをもらって我慢してたんです。でも、基地へ来る二週間くらい前に、突然妹が――」


 そこで、言葉が途切れる。

 脳裏に蘇る、最後の言葉――消灯後、三段ベッドの一番下へ横たわり、いつものように胸の息苦しさに耐えていた柊へ、妹が頭の中で語りかけてきたのだ。


(柊ちゃん、大事なお話があるの)

(……何?)


 暗闇の中、そっと目を開ける。けれども、名前も姿も持たない妹の顔など、見えるはずもない。いつものように、柊は胸の奥へ語りかける。


(わたしたちみたいに、一つの身体に二つの魂が入っているのって、本来は椅子取りゲームと同じなんだって)

(……普通はどっちかが相手を追い出す、ってこと? そんなことしないよ、俺)

(ふふっ 優しいね、柊ちゃんは)


 笑っているはずなのに、妹の声は、どこか湿っぽかった。


(でもね。このままどっちも譲らずにいると、二人とも死んじゃうよ、って神様が教えてくれたの。だからこの身体、柊ちゃんへ返すね)

(神様? ちょっと、何の話して――)

(柊ちゃん、わたしのたった一人の家族でいてくれて、ありがとう)


 必死に手を伸ばしても、どうにもならなかった。肉体のない声だけの妹を掴むことなど、できるはずがない。

 そして、それ以来、妹になるはずだった少女の声は、一度も聞こえなかった。苦い記憶は、今もジリジリと胸の奥で燻ぶっている。


 話を聞いていた明彦は、すっかり冷めてしまった珈琲を啜った。現実的な話なんて聞きたくないだろうけど、と前置きして続ける。


「だとすれば。君の『魂の器』は、思春期の子ども二人分の容量があることになる。つまり、神が御力みちからを注げる最大量は、『十五歳の少女一人分』だ。これは、天照大神が注げる『胎児一人分』より、遥かに多い――」

「それが、月読命の戦士が臨界速ダブルギアを使える理屈ですか」

「そういうことになるね」


 分かりました、とだけ呟いて、柊はマグカップを手にした。完全に冷え切った苦い液体を、ぐいっと一気に飲み干す。


「妹がいてくれたおかげで必殺技を使える、って言われて、なんだか納得しました」

「少しは安心して戦えそうかい?」

「はい。妹は、これからも俺を助けてくれるんだ、って分かったから」


 そう言って、柊は、どこか打ち解けたような表情を浮かべてみせた。

 明彦も、それはよかった、と微笑む。


「つらい話をさせてしまったけど、少しはお役に立てたかな?」

「最初は、何を聞こうか迷ったんです。長谷部司令と榊小隊長って、どんな人なのか、とか……」

「聞かなくていいの?」


 肩を竦めてみせる明彦へ、柊は頷いてみせる。


「偉い人の考えてることなんて、どうせ俺には分からないですし。それより、必殺技を使っても平気だ、ってちゃんと翼に伝えたかったから」


 その言葉に、明彦は一瞬、きょとんとした。

 そうしてから、それまでのいかにも研究者風の取り澄ました笑顔ではなく、目じりにしわを寄せ、顔を綻ばせた。


「翼のために訊いてくれたのか、そうか」

「……翼は過去に何かあったみたいなのに、俺が臨界速ダブルギアを使うところを見せちゃったから――」

「そうなんだよ。あの子も含めて、三年前から所属してる子たちは、みんな臨界速ダブルギアにトラウマを持っていてね……君は、それを気遣ってくれたのか」

「あ、あの、変な意味じゃないですよ」


 妙に親し気になった明彦へ、柊は眉を顰めて必死に否定した。

 そこへ、内線が入った。明彦はテーブルの上に置かれた内線電話の受話器を取ると、低い声でぼそぼそと応対する。


「時間だ。原稿ができたから、地下五階の会議室へ来てほしいそうだよ」

「分かりました。今日は、ありがとうございました」


 柊はソファから立ち上がり、深々と一礼をする。

 明彦は、少しおどけた仕草で敬礼の真似事をしてみせた。


「陰ながら応援しているよ。Break a leg!幸運を祈る

「それじゃ、失礼します」


――――――――――


 軽い足取りで出ていく柊を見送ったあと、明彦も席を立ちあがった。

 壁際のミニキッチンで、ヤカンを火にかける。湯が沸くのを待つ間、棚から取り出した書類へ、今のやりとりを記録し始めた。

 再び、内線電話が鳴る。電話の相手は、明彦の娘でもある榊だった。


『私だ、榊だ。カウンセリング担当者は――』

「ああ、小隊長。僕だよ、僕が佐東くんを診せてもらった」

『……所長? 何故、あなたが』

「知らなかった? FBIにいたときに、臨床心理士の資格も取ってたんだ」


 盛大なため息は、知るか、とでも言いたそうな雰囲気だ。


『この忙しいときに、カウンセリングなんて悠長な提案があった時点で、あなたが関与していることに思い至らないとは……私も少し疲れが溜まっているようだ』

「いいや、今でなければならなかった。僕は、今回のカウンセリングに大きな手ごたえを感じたよ。それで、佐東くんは何とかなったとして……そっちは?」


 囁くような小声に、すぐには答えが返ってこなかった。

 榊も、言葉を選んでいるのだろう。


『翼は……今は落ち着いている。だが、あの決定・・・・を聞いた直後は、さすがに取り乱していた』

「長谷部司令も、酷なことを考えつくよね。外部の人間からすれば、ごく自然な選択なんだろうけど」

『筋は通っている。そうでなければ、あのような決定など、私が許さない』

「許さない、ったって、相手は中将・・閣下だよ? 榊二佐・・殿」


 呆れたような明彦へ、受話器の先から榊のドスの効いた低い声が響いてくる。


戦闘員こどもたちを守るのが、私の仕事だ』

「はあ……それは結構だけど、背中で語るばかりが守ることにはならないよ」

『どういう意味だ』


 くるり、とボールペンを指先で回してやる。


「佐東くんは、君と長谷部司令に対して不信感を抱いてる」

『そのことは把握している』

「陣営が割れてることに、彼は気づいている。その上で、どちらにも笑顔を向けながら、警戒している――賢い子だよ。育児放棄ネグレクトされた子ども特有の、どっち付かずの原理だ」


 小型タブレットを起動させると、そこには柊の経歴報告書が表示されていた。

 身体能力の検査結果や、知能指数といった項目の他、家族の経歴や学校での様子なども書かれている。そこには、彼が育児放棄を疑われ、新生児の頃から定期的に保健師や医師の訪問や指導が行われてきたことが記録されている。


「彼に必要なものは、居場所だ。物理的なものだけじゃない。ここにいてもいい、と心から信じられる、母艦のような存在や拠り所が必要だ――それも、早急に」

『善処しよう』


 幾つかの報告を済ませると、明彦は受話器を置いた。

 いつの間にか沸いていたヤカンから、先ほどのフィルターへ湯を注ぐ。色の薄くなった珈琲を啜り、ため息を吐いた。


「……不味まず


 どこか黴臭さのある苦い液体に、明彦は首を振った。

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