第70話 暴露
訓練場の扉が音を立てて開く。
瞬間、全ての隊員と教官が、緊張した面持ちでそちらを見た。テロリストの襲撃か――そう身構えた彼女たちの視線の先に現れたのは、同じ黒い作業着姿の新人、
柊は、何度も西村を止めようとしたが、触れようとするたびに「変態」と罵られてしまうため、結局ここまで来てしまった。
困惑する隊員たちを見渡したあと、現場指揮官である
「西村さん、訓練しに来たの? そうは見えない顔だけど」
「はぁ……はあ……はぁ……」
走りすぎて顔が青い。
西村は酷く咳き込みながら、背後から止めようとしている柊を指差した。
「男なんよ、こいつ」
「え?」
「
――終わった。
西村へ向けられた冷たい視線が、今度は自分に突き刺さるのを想像して、柊はその場にへたり込みそうになった。入口の扉を掴み、どうにか立っている。
西村の告発に、隊員たちは互いに顔を見合わせた。
教官も、役職のない者はその事実を知らないのだろう。困惑を隠せない様子で、柊を見つめるばかり。
事情を知る
そんな中、最初に反応したのは、小隊で二番目に背の高い
玉置は長い前髪をはらりと手で掻き上げ、値踏みするような目を柊へ向ける。
「そういうことだったのか、柊」
「あんた、少しは話が通じるようやな」
不敵に笑う西村に対し、玉置は柊を見つめたまま白い歯を覗かせた。
「この小隊一の色男をオレと競う、という宣戦布告だな?」
(――この人、なんかとんでもない勘違いしてる)
柊が呆気に取られている間に、玉置は勝手に一人で盛り上がっている。
「恥じることはないさ。オレも、薄々気づいてたよ。柊はオレと同じ、全ての乙女を幸せにしたいと願う男――だろ?」
(違います)
「分かってるさ。オレたちダブルギアは全員、神に選ばれし
(俺は、あなたの言ってることが理解できません)
「だからこそ、敢えてオレはおまえの挑戦を受けよう」
いつの間にか近寄ってきていた玉置は、「ちょっとごめんよ」と言って西村を脇へ退かせると、目を丸くする柊の右手を取った。
「久しぶりに出会えたぜ。男として生き、男として戦場に散る覚悟を心から決めた、漢の中の漢に――」
「は、ははは……」
そう言って、がっちりと固い握手をさせられてしまった。まるで、永遠のライバル宣言でもしたような扱いだ。
ちらりと周囲に視線を向けてみる。美咲を始め、多くの隊員は呆れ半分で笑いを堪えていた。
「玉置さん、佐東さん、そういうのは休み時間にしてちょうだい」
「佐東さんって、やっぱり
「初日からオレって言ってたし。ま、納得といえば納得か?」
「柊さん……!」
宇佐だけではない。柊に対するものか、玉置に対するものかは判別つかないが、キラキラと目を輝かせる隊員は何人もいた。
やがて、頃合いをみて伊織が話に割って入った。
「見た目が男らしい、ってことなら、あたしが一番じゃないのか?」
伊織は、柊が男であると知りながら黙ってくれている貴重な存在だ。恐らく、玉置の話に乗るふりをして、話題を逸らすつもりなのだろう。
狙い通り、玉置はノリノリで応じてくる。
「ふっ キミはただ、背が高いというだけじゃないか」
「悪いが、前衛最強はあたしだ。いざというとき、後衛の玉置や柊は、他の奴らを守れるのか?」
その言葉に、それまでつまらなそうに時計を見ていた
「はぁ? 強さが男らしさだったら、アタシが一番に決まってんだろ。佐東なんざ、この拳一つで沈めてやんぜ!」
「なんで俺なんだよ。伊織や玉置さんは?」
「うっせ。後回しだ、後回し!」
それまで黙って見守っていた翼は、周囲をそっと見渡した。
呆れ顔で笑う者、目が♡になっている者、訓練中だぞと苛立つ者、西村を冷たい視線で睨む者――どうやら「柊が男」という西村の告発は、ただのノイズとして処理されたらしい。
西村にとって良い状況とは言い難いが、ひとまず、柊に関する問題はなさそうだ。
柳沢と玉置が、「漢の中の漢とは」について言い合いを始めると、美咲が軽く手を叩いて注目を集めた。
「はいはい。小隊長がいないからって、みんなフザケすぎよ」
「ああ、すまない、美咲さん。少々、ハメを外しすぎたようだな」
「けっ」
軽く微笑んで元の位置へ戻る玉置と、不機嫌なのを隠そうともしない柳沢。
そして、薄笑いで誤魔化している柊。
準備体操へ戻ろうとする隊員たちに、西村は再び柊を指差し、声を荒らげた。
「あんたら、頭にウジでも涌いてるん? それとも、こいつに弱みでも握られてるんか?」
(弱みを握って脅迫したのは自分のくせに……)
西村に指さされ、柊は肩を竦めた。
すると、美咲は心底つまらなそうな顔でため息を吐いてみせた。
「くだらないこと言ってないで、準備体操してちょうだい。せっかく訓練場へ来てくれたんだから、遅刻したことは大目にみてあげるつもりなのよ」
「だから! こいつはほんまに男やて――」
「西村さん、昨日渡した座学のテキストをよく読んでおいてね」
そう言って、美咲は伊織や柊を軽く見やった。
十七年間、小隊に所属した全ての隊員が、天照大神の加護を受けた少女だ。伊織のように背の高い隊員がいれば、柊以外にも自警団予備科から来た隊員は何人もいる。
男にしか見えない容姿なら、小隊長の榊を筆頭に何人もいる。そもそも、地下世代は全国的に中性的な子どもが多いのが特徴だ。
そう説明しながら、美咲はそっと目を細める。あまり好意的ではないまなざしだ。
「見た目や能力で差別もしないけど、特別扱いもしないのがこの小隊なの。だから、あなたが体力に自信がなかったとしても、自分が生き残るために、自分で努力するしかないのよ」
「うるさい! ……何も知らへん癖に……」
訓練場を飛び出そうとした西村を、大きな影が妨害する。
両手を広げてブロッキングしたのは、二人の後を追ってきた榊だった。
「
「分かりました」
「まだ本調子ではない隊員が多い。加減に気をつけろ」
隊員たちは、声を揃えてそれに応じた。
榊を睨みつける西村、唖然としている柊、そして心配そうにこちらを見ている翼を順番に眺め、榊は小さく息を吐いた。
「臨時四班班長、新人教育係、及び新人の西村……事情を聴取する。小隊長室へ来なさい」
「はい」
「は、はい」
「嫌や、うちは――」
これ以上、西村がここにいても、他の隊員の怒りを買うだけだ。
そう思って、柊は彼女の背を軽く押した。
「行こう。あの、俺だけじゃなくて、翼も呼ばれてるから」
「うちは戦ったりせぇへんからな!」
「ここで怒ってても、みんなの邪魔になるだけだし」
「うるさいっ だったらうちを京都へ帰せばええだけやんか!」
駆け足でやってきた翼と目を合わせると、二人で西村の背を押す。半ば無理やり押し出す形で、三人は訓練場の外へ出た。
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