第16話 泣くな。泣いてもいいけど、戦え

 三階建ての高さにある、高架式プラットホーム。その朽ち果てつつあるホームに遺棄されたままになったE5系新幹線はやぶさ。一つ一つの車両の大きさは、高さが三、六五メートル、長さが二十五メートルとなっている。

 漆黒の翼を大きく広げた三本足のカラスに似た【D】は、その車両の長さより幾らか小さい。つまり、羽の端から端までの長さが二十メートル近くある、ということになる。

 座学で習った【D】の分類でも、大型とされる大きさだ。


 恐らく敵は、既にこちらの動きを察していて、あらかじめプラットホームに潜んでいたのだろう。そして、隊員たちの跳躍に合わせ、上空へ――明らかにこちらを狩ろうとしている動きだ。

【D】は、漆黒の翼を大きく広げ、けたたましく啼く。


「アアアァ、アアアァ、アアアアアアアァッ」


 最後にプラットホームへ上がったつばさは、しゅうのすぐ近くまで来て足を止めた。敵を見上げると同時に、太刀の柄に置かれた彼女の指が震える。


「これは通常クラスじゃない……神獣クラスの【D】だ」

「神獣って?」


 柊の問いには答えず、翼はヘッドギア内蔵の小型通信機へ叫ぶ。


「目標を視認、これより戦闘を開始する。敵は猛禽型ではなく、神獣クラス・八咫烏ヤタガラスの可能性あり!」


 翼はすぐ近くにいた柊の腕を掴み、早口で語りかける。


「全力で戦って。でないと、たくさんの死者が出る」

「えっ」


 ノイズの後、市街地のジープにいるさかきから通信が入った。


『たった今、無人航空機で目標を確認した。敵は神獣クラスに分類される、八咫烏ヤタガラス型【D】で間違いない。危険度を“中”に訂正。攻略法は猛禽型と同じだ。だが、攻撃力・機動力・体力、全てが桁違いに高まっている。可及的速やかに、羽を落とすか、三本の脚を切り落とせ』


 威嚇を続ける八咫烏を目指して走りながら、翼は全体へ通信を入れる。


「前衛は三本の脚を狙って。後衛は常に矢を射かけて、八咫烏が上空へ逃れないように牽制。あの巨体でヒット・アンド・アウェイをされたら、あっという間に壊滅するよ!」


 翼の指示を聞いた途端、前衛を担当する十数名の隊員たちは、太刀を抜き、敵へ襲いかかった。

 一方、【D】はシェルターの奥にいるのだろう、と考えていた柊は、想定外の状況に周囲をおろおろと見回してしまう。それに気づいた結衣ゆいが、弓を引きながら声をかけた。


「ヘッドギアのGPSが仲間への誤射フレンドリー・ファイアを防いでくれるから、とにかく射かけて! ボクたち後衛の援護が、前衛を守るんだよ!」

「で、でも、山犬型【D】の倍以上デカいんだよ? あんな化け物に、弓なんかが役に立つわけ……」

「目には目を、神の使いには神の使いを! ボクたちは、そのために選ばれた戦士でしょ!」

「う、うん」


 震える手で、電子強弓でんしごうきゅうを握った。

 敵の方角に対して直角に立ち、足を肩幅に開く。一呼吸おいて重心を体幹の中央に据え、矢をつがえた。皮手袋の右手親指は、弓掛けと同じように加工されている。そこへ弦を引っ掛けると、柊は自然な動きで両手を頭上へ上げた。

 左右へ均等に引き分けた後、角度を調整して狙いをつける。目標との距離は、電車の車両で四両分――百メートルくらい離れている。

 生物としては規格外の大きさのはずなのに、これだけ離れていると、豆粒のように感じられた。しかも、八咫烏は常に動き続けている。

 柊より先に引き終えた後衛たちが、次々と矢を放つ。しかし、他の隊員たちの矢は、きついカーブを描いて外れていった。


「くそっ 動きを止めさせないと、掠りもしねぇぞ!」

「あんな遠くの的なんて、止まっていたって届くのがやっとよ」


 あちこちから、悲痛な嘆きの声があがる。

 素早く動き回る的にあてるのは、ベテランであっても至難の業だ。

 そんな中、隣に立つ結衣の矢が放たれた。他の矢よりも更にきついカーブを描き、風の影響でふらつきながら飛んでいった矢は、八咫烏の胴体へあたった――が、敵は何の反応も見せない。それを見た結衣が叫ぶ。


「ちょ、ボクの矢、あたったでしょ! 少しくらい痛がってよ」


 後衛の隊員たちの間に広がる、ざわめき。


「結衣さんの矢があたったのに、大したダメージになってません!」

「どんだけ防御力高いんだ、アイツ」

「おい、もっと接近しねぇとダメージが出ねぇぞ!」

「でもこれ以上近づいたら、【D】の攻撃範囲に入ってしまうわ」

「どうすりゃいいってんだ……おい……」


 隊員たちの絞り出すようなざわめきを聞きながら、柊は静かに息を吐きつつ、弦を引き絞っていった。

 限界まで引いた直後、弦から矢が放たれる。直線に近い矢筋で飛んでいき、八咫烏の胴体へ深々と突き刺さった。


「ギャアアアァッ」


 的中した瞬間、八咫烏は中空でよろめき、怒りの咆哮を上げた。

 思わず振り返った前衛の隊員たちの視線の先では、柊が既に次の矢をつがえ、引き始めている。強力な一射を放ったのが柊だ、と理解すると、翼は後衛へ指示を飛ばした。


『柊が左の羽を狙うから、後衛のみんなでサポートして。両翼を攻めるより、一点突破を狙おう。柊は、その調子で攻撃して』


 柊が放った次の矢も、先ほどの着弾点とほぼ変わらない位置へ突き刺さった。

 もちろん、その間も八咫烏は飛びまわり、前衛の隊員と抗戦している。しかし、激しく動く的であっても、彼は狙いを外さなかった。

 隣に立つ結衣は弓を引く手を止め、柊を食い入るように見つめる。


「……これが、自警団トップクラスの実力、ってこと?」


 思わず呟いた言葉を否定するように、結衣はくちびるを噛み、矢を番える。


「ボクだって負けない。ボクは、柊の教育係なんだもん」


 結衣は素早く引き分け、ほぼ瞬間的に射た。華奢で小柄な彼女が引く弓は、他の隊員と比べても必要筋力が小さい。負荷が小さいため、遠くの的にあてるには、放物線の角度をきつくしなければ届かない。また、傾斜が大きい分、狙いも外れやすくなる。しかし、結衣は身体を斜めにしたまま次々と矢を放ち、その全てが左の羽に突き刺さった。

 ところが的中したはずなのに、やはり何の反応もない。八咫烏は錆びた車両の上を旋回しながらタイミングを見計らい、滑空しては前衛の隊員へ襲いかかる。漆黒の影がひらりと舞う度、爪や鋭い羽で身体を引き裂かれた隊員の悲鳴が上がった。

 このまま戦いが長期化すれば、明らかに小隊の方が不利だ――そう理解した隊員たちの間に、焦りや苛立ちの空気が生まれ始める。


『翼、手伝え!』


 前衛にいる伊織いおりの声が、通信機越しに響く。

 翼と伊織が同時に跳びかかり、三本あるうち、一本の脚を両側から切りつけた。巨大な樹木がむりやり折られるような不気味な音がした次の瞬間、大量の鮮血が地へ降り注ぐ。


「ギャアアアアアッ」

「よしっ 一本いったぞ!」


 一番背の高い伊織が、ガッツポーズ。

 しかし八咫烏は怯む様子もなく、隊員の群れを掻き分けるように突進した。逃げ遅れた数名が突撃を食らい、プラットホームの壁へ吹き飛ばされる。


「きゃあああ」

「あぐっ」

「ああああっ」


 壁に激突した隊員たちは、ピクリとも動かない。思わず駆け寄ろうとした柊は、結衣の声に引き留められた。


「バカ! 一秒でも早く【D】を倒すんだってば!」


 その言葉に、柊は足を止めて周囲を見渡す。

 倒れた隊員へ駆け寄る者は一人もいない。声をかけたところで、戦闘を終わらせなければ、負傷者を移動させることさえできないのだ。現場指揮である翼も、前衛へ細かく指示を出し、残る二本の脚を切り落とそうと奮闘している。

 こんな状況でも、優先順位を間違えたのは、初陣の柊だけだった。


「ご、ごめんっ」

「謝るヒマがあったら、とっとと攻撃!」

「分かった」


 柊も慌てて再び弓を引く。だが、脚を一本失った八咫烏は、狂ったように突進を繰り返している。巨大な影がひらりと舞う度、隊員の悲鳴と血飛沫があがる。線路や壁際にうずくまる隊員の数は、一つ二つと増え、被害は後衛にまで広がりつつあった。

 そのとき、柊の放った矢が左の羽の付け根に当たった瞬間、再び八咫烏はぐらりと巨体を揺らした。

 八咫烏と目が合う。自分に痛手を与えた人間エサは、こいつか――そんな妄想が頭の中に流れてくる。

 敵は、柊めがけて猛然と襲いかかる。しかし、痛烈な一撃を与えた、という気の緩みからだろうか。柊の身体は全く動いてくれなかった。


「……あ」


 逃げなければ――そう分かっていても、足が竦んで動けない。

 脳裏に、山犬型【D】に貪り食われた野良犬の死に様が蘇る。自分もあの野良犬と同じように、胴体をあの鋭いくちばしで貫かれ、生きながら内臓を引き千切られるのか。


『柊、避けて!』


 翼の叫び声がヘッドギア越しに聞こえる。嘴が身体に触れる寸前、柊は横から突き飛ばされてプラットホームへ倒れ込んだ。横たわる柊の死角で、パスッ、と何かが落ちたような軽い音が響く。続いて、電子強弓が転がる金属音。

 嫌な予感に振り返る一瞬が、数十秒にも感じられる。

 壁際にひっくり返っているのは、とりわけ小柄な隊員だ。


「結衣?」


 激突するはずの瞬間、脇腹を突き飛ばす小さな掌の感触が脳裏に蘇る。

 自分の近くにいたのは、教育係である結衣だけだ。駆け寄りながら、柊は横たわる彼女に問いかけた。声が震えてしまう。


「ど、どうして、こんなこと……吹っ飛ばされるのは俺だったはずなのに」

「なに、バカなこと言ってんの?」


 結衣は起き上がろうとしたが、下半身に力が入らないのか、再び床へ崩れ落ちた。支えようとする柊の手を振り払い、声を張り上げる。


「そんなの、当然じゃん。ボクは柊の教育係で、柊は新人なんだからさ」

「だけど、狙われたのも、避けきれなかったのも俺の自業自得で――」


 立ち上がれないほど重いダメージを負わせてしまった。その事実に、鼻の奥がツンと痛くなる。涙が出そうだ。

 謝罪の言葉を遮るように、結衣は握った拳を、トン、と柊の胸元に叩きつけた。


「泣くな。泣いてもいいけど、戦え!」

「――っ」


 その言葉に、溢れかけていた涙が引っ込む。

 ぜーぜー、と荒い息を吐きながら、結衣は早口で語りかけた。


「ボクの力じゃ、八咫烏の羽を落とすのに何時間もかかっちゃう。だけどキミなら、あと数回でできる。今ここで必要とされているのは、速射が得意なボクじゃなくて、一撃が重いキミなんだよ」


 女の子の拳の威力など、たかが知れている。だが、胸を叩かれた痺れるような痛みは、柊の全身へ伝わっていった。

 結衣は胸元から手を外すと、柊の背後の空で暴れまわる漆黒の化け物を指さす。


「キミのやるべきことは、ボクの手当てじゃない。全員みんなのために戦うんだ!」


 柊は一拍置いてから頷き、無言で立ち上がった。

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