第15話 初陣

 長谷部はせべの視察から、三週間以上が経った。今日は【D】の出現予定日だ。


 茜差す空が見下ろす市街地に、黒塗りのジープが次々と停車する。車体に二つの歯車ダブルギアが描かれていることから、その所属は明白だ。

 やがて、先頭のジープから軍帽を被った一人の青年が降り立った。数百メートル先に見える半壊した駅舎へ、鋭いまなざしを向ける。


「戦闘員は降車し、速やかに装備を整えろ」


 軍帽姿も勇ましい青年――にしか見えないさかき小隊長の指示がヘッドギアに内蔵されたスピーカーから流れると、後続のジープから二十数名の隊員が姿を現した。太刀や和弓で武装するのは、御力みちからを借りている天照大神アマテラスオオミカミが、高天原たかまがはら素戔嗚スサノヲを迎え討とう、としたときの武装に倣っている。太刀も和弓も、人外の力を得て戦うダブルギアのために開発されたものだ。

 後衛は前衛の手を借りて電子強弓でんしごうきゅうと呼ばれる機械製の和弓に弦を張り、矢筒を背負う。

 前衛は太刀を、後衛は脇差しを、各自ベルトの金具に装着すると、班ごとに分かれて整列する。日頃から訓練されているだけあって、黒尽くめの戦闘服姿は少年兵にしか見えない。自由時間に垣間見えたうら若き乙女らしさや可憐さを、どの隊員も完璧に消し去っていた。

 前に立つ榊は、戦闘員たち一人一人の顔を、しっかりと見つめていく。


「既に、【D】はシェルター内部へ侵入している。そのため、戦場に意識のある一般人がいる可能性がある。目標を撃破した後も、決してヘッドギアを外さないように」


 隊員たちが頷くのを確認すると、榊は薄いくちびるを噛みしめ、視線を駅舎へ戻した。


「通常は、地下にあるプラットホームから戦場へ向かうが、今回は既にシェルター内部へ侵入されていることから、シェルター上部にある新青森駅の駅舎から突入する。普段とは勝手が異なるが、各班長を中心とし、臨機応変に戦うように」


 皆の中心に立つつばさが、すっと手を挙げて視線を集めた。


「我々の侵入経路は目標の侵入先と同じく、高架式プラットホームから、となります」


 現場指揮を担当するだけあって、翼の説明は淀みない。

 青森シェルターは、新青森駅の地下に建造されている。かつて東北新幹線の発着駅であった駅舎は、高架式レールを採用しており、地上から十メートルほどの高さに新幹線専用のホームがある。

 十七年前、地下シェルターへ近隣の住民が避難した後、高架式のプラットホームは完全に封鎖された。だが、駅舎の老朽化が進むにつれ、封鎖に使われたバリケードが脆くなっていたらしい。

【D】は鋼鉄の扉を破壊し、地上階を突破。強化シャッター付近で自警団との壮絶な戦闘があった、と情報が届いている。

 翼の表情は、フルフェイスのスモークで見えないが、声は緊張で固い。新人の柊にも、戦況がかなり厳しいのだろう、と伝わってくる。


「シェルター管理部によると、第二シャッターでどうにか侵入を食い止めたそうです。恐らく目標は、その第二シャッター付近にいると思われます。索敵し、発見次第、戦闘となります」


 翼の説明を受けて、榊が続ける。


「送られてきた画像から、今回の目標は猛禽型と判明した。猛禽類はただの鳥類と比べ、鋭いくちばしだけでなく、爪、はばたきによる旋風、飛翔からの滑空など、危険が増している。常にギア調整を確認し、状況に合わせた行動をとるように」

「これより、新青森駅へ向けて移動します。全員、加速補助ファースト・ギアを入れて」


 翼の指示に、隊員たちは左こめかみに手を当てる。金色の歯車を模したボタンを押し込むと、ふぅん、と軽い駆動音が響く。それと同時に、視界がぐにゃりと歪むような感覚と軽い吐き気を覚えた。

 柊がヘッドギアを初めて装着したときは、まともに歩くこともできなかった。しかし一ヶ月近く経った今は、最初の数分を耐えればどうということもない。


「柊、まだ馴染まないようなら、もう少し待とうか?」


 いつの間にか隣へ来ていた翼の問いかけに、口元を抑えたまま首を振る。


「……大丈夫、行けます」

結衣ゆい、柊はこれが初陣だから、サポートを頼むよ」

「了解っ」


 結衣は返事をしながら、柊の脇腹をそっと小突く。


「へへっ なかなか男前じゃーん」

「え?」

「そうやってると、マジで男の子に見えるよ。あ、これ、ほめ言葉ね」


 何とも言えず、薄ら笑いを浮かべる。どうせヘッドギアで表情は見えないのだが。

(まあ、実際、男だからなぁ)

 すると、結衣の小さな手が柊の手首をきゅっと掴んだ。


「死にたくなかったら、ボクの横から離れちゃダメだよ。初陣の死亡率って、シャレんなんないくらい高いからさ」

「う、うん」


 やりとりが終わらないうちに、前に立つ榊が軽く手を叩いて視線を集めた。


「目標、猛禽型【D】の殲滅。総員二十四名、出撃せよ!」

「はいっ」


 返事と同時に、隊員たちは前傾姿勢で走り出した。

 修復されることのないアスファルトは荒れ、凹凸に足を掬われかけてふらつく新兵がちらほら見える。しかし、これまで自警団で地上演習をしてきた柊は、前の結衣にピッタリと速度を合わせ、淀みないリズムで地を蹴る。その様子に、数名のベテラン隊員が小さく頷いた。

 駅舎の建物側面が見えてくる。先頭を走る班長たちは、くるりと振り返り、壁に背をつけて中腰の姿勢をとった。


「準備よし、来い!」

「行きます!」


 各班長が両手を組んで前へ差し出したところへ、勢いを殺さずに飛び込んできた隊員たちは次々と片足をかける。班長の掌を踏み台にし、ほぼ垂直に跳びあがる。

 全体へ指示を出す翼の横で、副班長の伊織が両手を差し出した。翼では、柊の体重を支えられないと判断して交代したのだ。誰よりも体格に優れた伊織は、結衣を軽々と宙へ放り投げると、柊へ向けて力強く頷いた。柊は緊張で震えそうになる指で電子強弓を握り、歩数を調節しながら走る。勢いをつけて、伊織の掌を踏む。放り投げられるタイミングに合わせ、跳躍――ぐわん、と加速する感覚と共に、空気の重さを全身で感じながら跳びあがる。

 ヘッドギアの訓練はしていたが、緊張していたのだろう。力加減を間違えた柊は、三階建てで、十メートルはあるはずの高架式プラットホームの高さを遥かに越えていく。それだけでなく、他の隊員たちの遥か頭上高くまで飛び上がっていった。

 垂直に近い放物線の頂点で、ふと、柊は周囲を見渡した。


「……すごい……」


 わずか一秒ほどだったが、視線を動かすことができなかった。

 日の入りを迎えた空は、深みのあるオレンジから紫への性急なグラデーションに染まり、高架式プラットホームのレールが鈍い光沢を放っている。廃墟と化した駅、人も街も全てを包み込む夕闇――高さ十数メートルの高さから見る景色は、地下へ逃れた現代人には目にすることのできない芸術作品だった。

 自警団の訓練でも、夜間にシェルターの外へ出ることはなかった。生まれて初めて見る夕闇の妖しいまでの美しさに、全身の肌が粟立つ。


 景色に目を奪われている彼へ、遥か下にあるプラットホームから結衣が叫んだ。


「バカ、もう戦闘は始まってるってば!」

「え?」


 頬を強張らせて着地すると、素早く辺りを見渡す。隣に立つ結衣は、既に矢を弦に掛け終えていた。


「九時方向、上空十メートル!」


 結衣が叫んだ情報を頼りに視線を向ける。


 そこには、足が三本の巨大なカラスに似た生物がいた。

 プラットホームには、過去の遺物であろう“新幹線”の残骸が転がっている。

 その錆ついた車両の一つとほぼ同じ大きさを持つ【D】は、漆黒の翼を大きく広げ、けたたましく啼いた。

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