第16話 初陣
茜差す空が見下ろす市街地に、黒塗りのジープが次々と停車する。車体に
やがて、先頭のジープから軍帽を被った一人の青年が降り立った。数百メートル先に見える半壊した駅舎へ、鋭いまなざしを向ける。
「戦闘員は降車し、速やかに装備を整えろ」
軍帽姿も勇ましい青年――にしか見えない
後衛は前衛の手を借りて
前衛は太刀を、後衛は脇差しを、各自ベルトの金具に装着すると、班ごとに分かれて整列する。日頃から訓練されているだけあって、黒尽くめの戦闘服姿は少年兵にしか見えない。自由時間に垣間見えたうら若き乙女らしさや可憐さを、どの隊員も完璧に消し去っていた。
前に立つ榊は、戦闘員たち一人一人の顔を、しっかりと見つめていく。
「既に、【D】はシェルター内部へ侵入している。そのため、戦場に意識のある一般人がいる可能性がある。目標を撃破した後も、決してヘッドギアを外さないように」
隊員たちが頷くのを確認すると、榊は薄いくちびるを噛みしめ、視線を駅舎へ戻した。
「通常は、地下にあるプラットホームから戦場へ向かうが、今回は既にシェルター内部へ侵入されていることから、シェルター上部にある新青森駅の駅舎から突入する。普段とは勝手が異なるが、各班長を中心とし、臨機応変に戦うように」
皆の中心に立つ
「我々の侵入経路は目標の侵入先と同じく、高架式プラットホームから、となります」
現場指揮を担当するだけあって、翼の説明は淀みない。
青森シェルターは、新青森駅の地下に建造されている。かつて東北新幹線の発着駅であった駅舎は、高架式レールを採用しており、地上から十メートルほどの高さに新幹線専用のホームがある。
十七年前、地下シェルターへ近隣の住民が避難した後、高架式のプラットホームは完全に封鎖された。だが、駅舎の老朽化が進むにつれ、封鎖に使われたバリケードが脆くなっていたらしい。
【D】は鋼鉄の扉を破壊し、地上階を突破。強化シャッター付近で自警団との壮絶な戦闘があった、と情報が届いている。
翼の表情は、フルフェイスのスモークで見えないが、声は緊張で固い。新人の柊にも、戦況がかなり厳しいのだろう、と伝わってくる。
「シェルター管理部によると、第二シャッターでどうにか侵入を食い止めたそうです。恐らく目標は、その第二シャッター付近にいると思われます。索敵し、発見次第、戦闘となります」
翼の説明を受けて、榊が続ける。
「送られてきた画像から、今回の目標は猛禽型と判明した。猛禽類はただの鳥類と比べ、鋭い
「これより、新青森駅へ向けて移動します。全員、
翼の指示に、隊員たちは左こめかみに手を当てる。金色の歯車を模したボタンを押し込むと、ふぅん、と軽い駆動音が響く。それと同時に、視界がぐにゃりと歪むような感覚と軽い吐き気を覚えた。
柊がヘッドギアを初めて装着したときは、まともに歩くこともできなかった。しかし一ヶ月近く経った今は、最初の数分を耐えればどうということもない。
「柊、まだ馴染まないようなら、もう少し待とうか?」
いつの間にか隣へ来ていた翼の問いかけに、口元を抑えたまま首を振る。
「……大丈夫、行けます」
「
「了解っ」
結衣は返事をしながら、柊の脇腹をそっと小突く。
「へへっ なかなか男前じゃーん」
「え?」
「そうやってると、マジで男の子に見えるよ。あ、これ、ほめ言葉ね」
何とも言えず、薄ら笑いを浮かべる。どうせヘッドギアで表情は見えないのだが。
(まあ、実際、男だからなぁ)
すると、結衣の小さな手が柊の手首をきゅっと掴んだ。
「死にたくなかったら、ボクの横から離れちゃダメだよ。初陣の死亡率って、シャレんなんないくらい高いからさ」
「う、うん」
やりとりが終わらないうちに、前に立つ榊が軽く手を叩いて視線を集めた。
「目標、猛禽型【D】の殲滅。総員二十四名、出撃せよ!」
「はいっ」
返事と同時に、隊員たちは前傾姿勢で走り出した。
修復されることのないアスファルトは荒れ、凹凸に足を掬われかけてふらつく新兵がちらほら見える。しかし、これまで自警団で地上演習をしてきた柊は、前の結衣にピッタリと速度を合わせ、淀みないリズムで地を蹴る。その様子に、数名のベテラン隊員が小さく頷いた。
駅舎の建物側面が見えてくる。先頭を走る班長たちは、くるりと振り返り、壁に背をつけて中腰の姿勢をとった。
「準備よし、来い!」
「行きます!」
各班長が両手を組んで前へ差し出したところへ、勢いを殺さずに飛び込んできた隊員たちは次々と片足をかける。班長の掌を踏み台にし、ほぼ垂直に跳びあがる。
全体へ指示を出す翼の横で、副班長の伊織が両手を差し出した。翼では、柊の体重を支えられないと判断して交代したのだ。誰よりも体格に優れた伊織は、結衣を軽々と宙へ放り投げると、柊へ向けて力強く頷いた。柊は緊張で震えそうになる指で電子強弓を握り、歩数を調節しながら走る。勢いをつけて、伊織の掌を踏む。放り投げられるタイミングに合わせ、跳躍――ぐわん、と加速する感覚と共に、空気の重さを全身で感じながら跳びあがる。
ヘッドギアの訓練はしていたが、緊張していたのだろう。力加減を間違えた柊は、三階建てで、十メートルはあるはずの高架式プラットホームの高さを遥かに越えていく。それだけでなく、他の隊員たちの遥か頭上高くまで飛び上がっていった。
垂直に近い放物線の頂点で、ふと、柊は周囲を見渡した。
「……すごい……」
わずか一秒ほどだったが、視線を動かすことができなかった。
日の入りを迎えた空は、深みのあるオレンジから紫への性急なグラデーションに染まり、高架式プラットホームのレールが鈍い光沢を放っている。廃墟と化した駅、人も街も全てを包み込む夕闇――高さ十数メートルの高さから見る景色は、地下へ逃れた現代人には目にすることのできない芸術作品だった。
自警団の訓練でも、夜間にシェルターの外へ出ることはなかった。生まれて初めて見る夕闇の妖しいまでの美しさに、全身の肌が粟立つ。
景色に目を奪われている彼へ、遥か下にあるプラットホームから結衣が叫んだ。
「バカ、もう戦闘は始まってるってば!」
「え?」
頬を強張らせて着地すると、素早く辺りを見渡す。隣に立つ結衣は、既に矢を弦に掛け終えていた。
「九時方向、上空十メートル!」
結衣が叫んだ情報を頼りに視線を向ける。
そこには、足が三本の巨大なカラスに似た生物がいた。
プラットホームには、過去の遺物であろう“新幹線”の残骸が転がっている。
その錆ついた車両の一つとほぼ同じ大きさを持つ【D】は、漆黒の翼を大きく広げ、けたたましく啼いた。
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