第13話 長谷部司令と榊二佐
弓道場エリアの入口で睨みあう、白髪交じりの中年と
そうして、まじまじと柊の全身を観察した後、訝しがるように目を細める。
屈強な男たちに囲まれて仁王立ちしているのは、ダブルギアとは違うデザインの礼服に身を包む、白髪交じりの男だ。
顔つきから察するに、五十代だろうか。服越しにも鍛え上げられた肉体が分かる。背丈は高くないが、おいそれと声をかけられない威圧感をまとっている。
柊は状況が読めず、傍らに立つ榊を見やった。その榊は、道場エリアへ入ろうとする男の進路を妨害する位置に移動しつつ、口もとだけで笑みを作る。
「これはこれは、
榊の皮肉交じりの応酬に、男は鼻を鳴らした。
「口を慎め、榊二佐。私は内閣総理大臣より、中将相当権限を与えられておる。貴様のような佐官風情が、生意気な口をきけるような立場か!」
眉を吊り上げる男を前に、榊は厳しい目つきのまま、一歩も引こうとしない。誰に聞くまでもなく、両者の関係は最悪と分かる。しばらく睨みあいを続けたあと、礼服の男は榊の肩を乱暴に押しのけ、柊へ近づいた。
「君が新しく着任した、
「……あ、はい。そうです」
「はい、ではない。“左様であります”、だ」
厄介な奴がやって来た――柊は、薄笑いを浮かべておくことにした。
こういう威圧的な相手には、よほどの理由がない限り逆らわない方がいい。
「……左様であります」
「結構。私が、この組織をまとめる長谷部だ。憶えておきたまえ」
この長谷部という男は、中将相当権限を与えられているらしい。ということは、恐らく結衣が話していた、中将のおっさん、は彼のことだろう。高圧的な物言いからして、柳沢に“ちんちくりん”などと暴言を吐いたのも彼かもしれない。
「君は、自警団の偵察班に配属されていたそうだな」
「はい……えっと、左様であります」
「なかなか良い体格をしている。背丈も申し分ないし、まだ十五ならば、体力も伸び盛りだ。素晴らしい逸材が覚醒してくれたものだな」
「はあ、ありがとうございます……」
言葉だけは絶賛の嵐だが、実験動物を見るような目で言われても、ちっとも褒められている気がしない。
すると、長谷部は視線を榊へ移し、鋭く睨みつけた。
「それなのに、あんな小中学生の素人共と基礎訓練からやらせるなど……榊二佐、貴様の目は節穴か? それとも女々しい新人いびりか」
「お言葉ですが。佐東三尉の身体能力の高さに着目しているのは、我々も同じであります。であるからこそ、小手先の技術ではなく真の実力を身につけるため、基礎から学び直さなければなりません」
榊の返答は、マニュアル通りの指導ではなく、確固たる理念を持って指導している者の自負に満ちていた。それに、基礎訓練が大切なことは、自警団予備科を卒業した柊も理解している。
しかし、それに反論する長谷部の表情は固い。
「英雄に努力など不要だ。才能の前では、凡人の努力など毛ほどの価値もない」
木で鼻をくくったような長谷部の物言いに、榊はにこりともせず返す。
「ならば、ここにいる24名全ての隊員が、神から才能を与えられし英雄、と言えましょう。実戦経験もないのにふんぞり返っている、貴方の部下たちよりは」
「――榊!」
榊は隊員たちがいる弓道場を護るように、前へ出る。
「神に選ばれ、才能を与えられようとも、百の努力なしには生きて戻れません。千の努力をしようと殉職する隊員は後を絶たず、万の努力をしてなお、後輩を守るには足りません。それが【D】との戦いなのです」
しかし、榊の熱弁を長谷部は鼻で一笑した。
「それは弱者の論だ。凡人お得意の精神論だ」
「精神論ではなく現実です。【D】と戦ったことのある全ての隊員が知る、戦場の真理です」
「私に口答えをするな!」
忌々しげに足を踏み鳴らしたかと思うと、長谷部は柊の方へ顔を向けた。
「まあ、よい。私は君に話があって来たのだ。二人きりで話そうじゃないか」
「……でも、今は訓練中で」
「命令だ。ついて来たまえ」
返答に困って視線を巡らせると、翼と目が合う。彼女は顔を曇らせ、首を振った。
今回は逆らわない方がいい、という意味だろう。
それに、柊は長谷部の目的が知りたかった。三年も視察に来なかった上役が現われたということは、何か情報を持っているに違いない。ダブルギアについて何も知らない柊は、とにかく情報を求めていた。
「分かりました」
駆け寄ってきた翼へ、右手から外した
心配そうに眉をひそめる翼へ頷くと、柊は長谷部と共に体育館を後にした。
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