英雄たちの凱旋

第57話 戦果報告

 ダブルギアの基地、地下九階にある居住区。食堂や戦闘員の個室があるエリアは、普段とは違う緊張感に包まれていた。

 八岐大蛇ヤマタノオロチとの激戦を終えて、約半日。

 多くの隊員が集中治療室を出て、個室での治療・管理となっている。意識のある隊員の個室には、職員の計らいで小型ポータブルテレビが配給されていた。

 絶対安静を命じられていない数名の隊員は、食堂へ集まっている。

 食堂の壁に掛けられた大型液晶テレビ。そこには頬に大きなガーゼを貼り、骨折した右足を庇うように簡易杖を突いたしゅうが映し出されていた。

 放送に出演するのは、どうやら柊一人らしい。丸い天板のカウンターテーブルには、ガラスの一輪挿しと白い花、水の入ったコップが置かれている。柊は、その脇に立っていた。

 戦闘中に左腕切断までいった結衣ゆいは、縫合された左腕をガチガチに固定されている。幸い、脳波や内臓に傷はないのか、ツインテールをぴょこんと揺らして無事なほうの手で画面の柊を指さした。


「うぉーい、目が死んでるぞー! キャハハハハッ」

「結衣ちゃん、そんなこと言ったら失礼だわ」

「そーそー。佐東さとうは普段からあんな顔だろ」

「キャハハハッ 普段から目が死んでるだってー!」


 結衣の野次に、他の隊員も笑い声をあげる。

 だがそこに嘲りや嫉妬の色はない。近しい人に対する親しみの笑みが並んでいた。

 画面の左上には、「巨大生物対策本部・第一小隊戦闘員が生放送で戦果報告」と書かれている。テーブルに置かれた水を飲むと、柊は手にした原稿を読み始めた。


『おはようございます。きょ、巨大生物対策本部・第一小隊、現場指揮官のサ、佐東柊です』


「柊ちゃん、自分の名前を噛んじゃダメダメよー」

「しっかりしろ、佐東一尉ぃ」


 隊員たちから上がる野次に、ゲラゲラと笑い声が重なる。

 食堂の隅には、テーブルに頬杖を突く柳沢やなぎさわの姿もあった。頭を包帯でぐるぐる巻きにして不満げな表情を浮かべているが、前のような刺々しさは鳴りを潜めている。


昨日さくじつ、京都シェルター付近にて【D】災害が発生いたしました』


 赤ペンであれこれ書き込まれた原稿を、柊は必死に読み上げる。

 戦果報告と言っても、実際のダブルギアと【D】の戦闘に関するデータは、一切発表されない。ダブルギアに関する国営放送は、全世界から監視を受けているのだ。

 ダブルギアの戦闘員の殆どが少女で、たった一個小隊で毎回重軽傷者を多数出しながら戦っている、という真実を秘匿するためには、どんな小さな情報も洩らすことができない。

 だから、これまではたとえ誰が死のうとも、国民に公表されることはなかった。

 戦果報告とは、シェルターの損壊状況や一般市民の死傷者数、復興に必要な物資の寄付の願い等だけ。先月まで、その発表は総司令である長谷部はせべの仕事だった。

 だが、明け方近くになって基地へ戻ってきたさかきから、国営放送の戦果報告を柊がやるように、と言われたのだ。そのことは、意識のある隊員全てにも通達された。


「すげえな……こんなに棒読みの放送、生まれて初めて見たぞ」

「キャハッ ほとんど放送事故じゃーん」

「まあまあ。前回と違って、準備時間がほとんどなかったらしいじゃない」

「アタシの耳がおかしくなったのかな。全部、カタカナに聴こえるんだけど」


 きゃっきゃと笑い合う隊員の端で、車椅子に乗って点滴台を横に置いた宇佐うさがグーにした両手を胸の辺りに集め、身をくねらせた。


「カタカナでも何でんかんまん何でもいいの。柊さん、しんけんカッコイイちゃ!」


 頬を赤くしてくねくねしている宇佐へ、結衣が呆れたような視線を送る。

 ところが、何か言おうとする結衣より先に、食堂の隅から柳沢が叫んだ。


「はあ? 宇佐、おまえ今、何言いやがった?」


 また柳沢のやっかみが始まった、と年長の隊員が割り込もうとする。

 横やりを入れられた宇佐も機嫌を悪くした様子で、包帯を巻いた頭を車椅子の座面から起こし、細い眉をしかめる。


「柊さんカッコイイ、っち言うたんやわあ。何か文句でも?」

「くっだらねぇ。おまえが弱っちいからって、そうやって自分より強い奴に引っ付いてる腰巾着って、マジださすぎんだよ」


 すると宇佐は、真面目な顔で首を振った。


「柊さんな、たった一人じ総司令ん悪だくみゅ阻止しちくれた。しかも私らも助けに来ちくれた。そげなすごいしぅ人を、柳沢は本当に尊敬でけんの?」

「けっ 別に、そーいう意味じゃねーよ」


 食堂の隅でふんぞり返る柳沢の周りにも、痛み止めの点滴台が置かれている。

 柳沢は内臓ダメージこそ少ないが、一時は両足切断の危機まで陥った重傷者の一人だ。本来、痛み止めごときではこんな風に出歩ける状態ではない。

 それでも、柳沢は食堂の大画面を観に来ていた。


「さすがのアタシも、あいつの強さは認めてやんよ」

「じゃあさ、柳沢は何が不満なワケ?」


 ストローで麦茶を飲みながら、結衣が退屈そうに尋ねる。

 隣の隊員たちも、宇佐も、うんうんと頷いた。

 食堂の隅に座る柳沢は、ふんっ、と鼻を鳴らして得意顔をする。 


「佐東の仲間、って言える資格があるのは、あいつと同等に強い奴だけだろ」

「ん?」

「つ・ま・り、あいつのバディにはアタシが相応しいってことだ」


 腕組みをしてふんぞりかえる柳沢を、結衣が睨みつける。


「はぁあ? ていうか、柊と同班なのは、食堂にいる中だとボクだけなんだぞ。ボクのほうが仲良しに決まってんじゃん」

「クククッ 小隊長が勝手に決めやがった班なんて関係ねえよ。あと数ヶ月で生駒いこまが退役すれば、アタシが班長で佐東が副班長の最強六班の爆誕だ!!」

「柊は移動なんてしないよ! もしするとしても、柊の教育係はボクだったんだからボクとセットなんだから」

「班なんて関係ねえ、私が最初に柊さんぅ好きになったんや」

「宇佐は少し黙っとけっ」


 ギャーギャー大声で罵り合う宇佐と柳沢と結衣の三つ巴の争いを、年長の隊員たちは笑顔で見守っている。


「柳沢がああなら、ようやく佐東さんも打ち解けてくれそうね」

「ああ、そうだな」


 そんな風に話す二人の年上の隊員の横で、眼鏡の隊員は黙ってじぃっと画面を食い入るように見つめている。

 画面では、相変わらず柊がたどたどしい日本語で戦果報告をしていた。

 眼帯をした隊員が、眼鏡の隊員へ話しかける。


「戦果報告の情報なら、後でプリントで配られ……」

「しっ 今いいとこだから」


 眼鏡の隊員は、そう言ってくちびるへ指をあててみせる。その間も、視線は画面から動かない。

 ベリーショートの隊員も、怪訝そうに首を捻って眼鏡の隊員を凝視した。

 眼鏡の隊員は、頬を上気させ、潤んだまなざしを柊へ投げかけている。手は胸の前で祈るように組み、熱を孕んだ吐息を洩らした。


「わたし、宇佐ちゃんのこと笑えないかも……」

「は?」

「え?」

「佐東さんって声も低いし、背も高いし、胸もないし……こうして見てると、本物の男の子みたい」

「それ、年頃の女の子に対する誉め言葉じゃないわよ」


 眼鏡の隊員の瞳には、ハートマークが描かれているようだった。


「わたし、佐東さんなら女の子でもいいかも……っ」

「ちょ、ちょっと何言ってるのよ」

「おい、相手にも選ぶ権利ってもんが」


 食堂の騒ぎを、キッチン担当の職員たちは楽しそうに眺めている。

 今日は治療優先の非番の日で、食事の時間でもない。職員たちも、テーブルを囲んで大型テレビを眺めていた。


「テレビの子、新しく入ってきた子でしょ? すごいわねぇ」

「将来は現場指揮官かしら」

「んー……確か、翼ちゃんと同い年だって聞いたけど」

「ああ、それで新しい役職に就任したってわけか」


 基地内の職員たちは皆、元ダブルギアだ。

 ただし、二十歳の退役を迎えた猛者ではなく、戦闘不能の負傷をして除隊となった者から選ばれている。戦うだけの身体機能を取り戻せなかったものの、日常生活を送れる程度にまで回復した者たちだ。


「新しい役職って?」

「さっき、榊小隊長が話してたのを小耳に入れたのさ。ほら、長谷部司令のことがあっただろ。それで、人員配置に大改革が行われるらしくてさ――」


 職員たちのお喋りに、画面から聞こえてくる柊のセリフが重なる。


『それと、これまで戦果報告を担当してきた長谷部総司令は、昨日さくじつの戦闘において殉職・・いたしました』


 これまで何百人という戦闘員が死んでも、それが報道されたことはなかった。

 国会襲撃事件の立役者、さかきこう以来、ダブルギアに関する人員で死亡報告がされたのは、これで二例目になる。

 それを伝える柊の表情は、硬い。

 だがそれは、強い決意によるものだ。


『これを受け、今後の戦果報告は、新しく第一小隊・広報官となりましたわたくし、佐東が務めさせていただきます』


 軍帽の下から覗く視線は強く、ゆるぎない信念を感じさせる。


『最後になりましたが、今回の【D】災害で被災された地域の一日も早い復興と、亡くなられた全ての方のご冥福を、心よりお祈り申し上げます』


 起き上がれない隊員たちも、その生放送を個室で観ていた。

 痛み止めで朦朧としたまなざしで、画面を見つめる伊織いおり。左頬に大きなガーゼを貼られ、様々な機器に繋がれている。だが、そのまなざしは穏やかだ。

 後衛として最後まで戦った美咲みさきは、手術による全身麻酔から目覚めていない。心電図の電子音と人工呼吸器の音だけが、部屋に鳴り響いている。

 右腕切断寸前までいった玉置たまきは、長い前髪を左手で掻き上げ、カタコトで原稿を読む柊へ、ツッコミを入れていた。食堂にいる隊員と同じように、彼女の声にも親し気な色が滲んでいる。

 痛み止めが効かない苦しみに、眉をしかめながらも画面を眺める幼い隊員。

 祈るように手を組んで柊を見つめるショートカットの隊員。

 両目をガーゼで覆われたまま、衛生班の職員に柊の表情や仕草を教えてもらって微笑む隊員。

 そして、撮影用スタジオで直接柊を見守る榊――。

 中継に出演しない榊の戦闘服は、どす黒く汚れていた。埃と煤、そして血。

 撮影用の新品の戦闘服を着た柊と違い、榊は戦闘直後の殺気だった空気を全身にまとっていた。

 ディレクターの隣で腕を組む榊の視線の先には、中継を終えたばかりの柊が水を飲んでいる。


 榊と秘書、及び数名の部下は、戦闘員から遅れること五時間後、基地へ戻った。

 計六ヶ所の銃創等を治療してもらった柊は、仮眠から目覚めたばかりの寝ぼけまなこのまま、小隊長室で榊と会った。そこで、国営放送の戦果報告を担当することを告げられたのだ。


「原稿のここですけど、長谷部司令が殉職って、要するに世間的には、ってことですよね」


 ダブルギアを束ね、自衛隊の幹部でもある長谷部が企てたことは、テロルそのものだ。そういった事情に疎い柊でも、長谷部の計画を公表できないことは察せられたのだろう。

 だが、榊は静かに首を振った。


「死亡したのは、事実だ」

「えっ でも、俺が宇治川を離れたときは――」

「私が、この手で葬った」


 榊の戦闘服は、あちこち色を濃くしていた。それは榊の血か、それとも返り血か。

 驚いて目を丸くする柊へ、榊は低い声で続ける。


「長谷部元総司令の企ては、逆賊のそしりを受けても仕方のない行為だ。もし成功していれば、奴はこの世界そのものを自由にしていただろう」

「確かに、そんな話をしてましたけど……」


 事実を飲み込もうとするように、柊は大きく息を吸った。

 俯く彼を、榊はじっと見つめている。


「長谷部は、私が問いただしたときも自説の正しさを声高に主張した。佐東以外の戦闘員と我々指揮系統を処分・・し、効率よく兵士を生産・・配備・・し、世界を統べることこそ人類の繁栄に繋がるのだと」

「俺、言ったんです。翼たちを犠牲にして俺だけ助かるなんて絶対嫌だ、って――」


 榊は同意を示すように頷く。


「誰かを殺すと決めた人間は、自分も誰かに殺される覚悟をするべきだ。私は、そう考えている」

「榊小隊長……」


 どこか不安げなまなざしを向けた柊へ、榊は軍帽の鍔を引いた。


「だから、手を汚すのは、我々大人たちに任せろ。おまえたち戦闘員は、国民の安寧を願い、【D】を倒すことにだけ集中すればいい」

「……分かりました」


 簡易杖を突きながら、こちらへひょこひょこやってくる柊の姿に気づき、榊は僅かに体重移動をした。労うための笑みを、口もとへ薄く浮かべる。


「あ、お疲れさまです、榊小隊長」

「初めての戦果報告を終えた感想はどうだ」

「いや、あの、なんて言うか……穴があったら埋もれて上から土をかけてもらいたいくらいですね」


 榊が歩き始めると、柊もその少し後をついてくる。スタジオを後にしながら、榊は柊の体調や今後のスケジュールに等、当たり障りのない話をした。

 その後姿を見送る職員たちの顔にも、どこか誇らしげな表情が浮かんでいた。

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