第56話 大人の喧嘩

 二人のやり取りを聞きながら、つばさは沿道に落ちていた誰かの脇差しを拾いに行った。しゅうの腰に、脇差がないことに気づいたのだろう。

 後衛でも、いざというときに接近用の武器がないのは心許こころもとない。

 翼が傍を離れたことを確認すると、柊はさかきと直通の通信へ切り替えた。


『どうした、佐東さとう

「榊小隊長、報告があります。宇治橋うじばしにいた敵は、【D】ではありませんでした」

『……なんだと』


 声を潜め、早口で説明する。


「宇治橋にいたのは、長谷部はせべ司令を含む八名。今回の情報の混乱は、長谷部司令によって、意図的に行われたものです」


 受け入れがたい事実を飲みこもうとするように、榊は深呼吸をした。


『では、総司令は、初めから今回の敵が神獣クラスと知っていたのか?』

「小隊の全滅を狙ったみたいです。長谷部司令は、まだ宇治橋の近くにいるはずです」

『航空自衛隊の無人航空機部隊は、今もここにいる。ということは、自衛隊全体の思惑ではないのか……しかし……』


 榊の声は、戸惑いの色を滲ませている。

 だが、ここで信じてもらわなければ長谷部を逃がすことになる。

 柊は意を決し、インカムへ語りかけた。


「榊小隊長、【D】は、俺と翼で倒します。だからあっちの始末は、小隊長にお願いしていいですか?」


 一拍の間の後、榊の低い笑い声が聞こえてきた。


『ふっ……言うようになったな、佐東。隊長である私に指図をするとは』

「あ、いや、そういうつもりじゃ」


 慌てて弁解する柊の声へ、榊の言葉が重なる。


『その件は、私が預かろう。大人の喧嘩は、大人に任せておきたまえ』

「お願いします」


 通信が切れると同時に、翼が駆け寄ってきた。拾った脇差しを柊へ渡しながら、ちらりとジープへ視線を移す。


「何を話していたんだい?」

「ああ、宇治橋の後始末を頼んだだけ」


 なるほど、と呟き、翼はヘッドギアのフェイス部分を下ろした。柊もそれに倣う。


「柊、そろそろ行けるか?」

「いつでも」


 ぐらつきそうになった足に力を入れ、踏みとどまる。

 とろりと濃密な眠気と倦怠感、溢れんばかりの高揚感が、脳髄を満たしている。

 返事とは裏腹に、臨界速ダブルギアの限界が近づきつつあることを柊はひしひしと感じていた。

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