第74話 異質な新人

 サイレンが基地に響き渡ったのは、午前十時過ぎ。

 日の出と共にどこからともなく出現するとされる【D】の位置が特定され、ダブルギアへ出動要請が届いたのだ。

 出動準備は、既に整っている。

 漆黒の戦闘服に身を包んだ十五名の隊員たちは、基地の地下に停車する“地下鉄”へ飛び乗った。

 隊員たちは、班ごとに振り分けられたボックス席へ着席する。だが西村にしむらだけは、三人席の真ん中に無理やり座らされていた。窓側にはつばさ、通路側にはしゅうが座り、西村を両脇から抑え込む。

 西村は長い髪を振り乱し、必死に身をよじろうとしていた。


「放して、ねえ、放してってば!」

「西村さん。落ち着いて、まずは座ろう」

「西村、柊だけでなくて私や柳沢やなぎさわもついているから」

「うちは戦場なんて行かへん、て言うたやろ」


 涙を目じりに滲ませ、西村は嫌々をするように頭を振る。

 しかし無情にも発車ベルは鳴り、“地下鉄”はガタン、と大きく揺れながらプラットホームを出ていった。

 地下鉄、と呼ばれているが、地下を走るからそう呼ばれているだけで、その実態は旧時代の新幹線と同じものだ。北海道・本州・九州を繋ぐ“地下鉄”の線路は、文字通り「日本国民の生命線」だ。

 車窓が映し出す壁のライトは、目で追う間もなく流れていく。既にダブルギアの基地は遠く過ぎ去ったが、西村は両脇を柊と翼に掴まれたままだった。

 真っ青な顔で喚いている初陣の西村。

 眉をしかめ、必死に説得を試みようとする柊。

 慣れた様子で西村を宥める翼。

 そんな三人を視界に入れたくないのだろう。同じ臨時四班であるはずの柳沢は、わざとらしく耳栓をすると、目を閉じてしまった。

 明るく照らされた車内に、西村の悲痛な訴えが響く。


「なあ、班長はん。兵隊になって長いなら分かってるはずや。うちみたいなんが行ったところで、無駄死にするだけやろう」

「君の教育係の柊は、自警団出身だ。それも予備科だけではなくて、本職の偵察班に所属していた。その柊が、西村を守る、と言ってるんだ。だから、まずは深呼吸をして――」

「エリートやろうと、天才やろうと、いざとなったら足手まといのことは見捨てるんやで」

「そんなことしないよ。俺、ちゃんと西村さんを守るから、ね?」

「嘘や! 誰かて、自分が一番可愛いもんやん」


 三人のやりとりに目を逸らし、耳を塞いでいるのは、柳沢だけではなかった。

 他の隊員の士気を下げないように、と他の三つの班は、同じ車両の反対側出口付近へ集められている。それでも、西村のよく通る高い声は聞こえてしまう。

 多くの隊員たちが、柳沢と同じように複雑な顔で俯いていた。

 窓際の席に座り、窓枠横の小さなスペースに肘を突いているのは伊織いおりだ。微かに眉根を寄せ、流れゆく灯りを眺めている。

 伊織と同じ臨時二班の班長である藤波ふじなみは、正面に座る伊織に話しかけようと、身を乗り出した。


成田なりたさん、ご気分でも悪いのですか?」


 藤波に話しかけられたことに気づくと、伊織は糸のように細い目をちらりとそちらへ向けた。


「いや、そうじゃないさ」

「そうでしたか。それならば良いのですが」

「出動のときは、いつもこうなんだ。気にしないでくれ」


 そう答えて車窓へ視線を戻す伊織へ、藤波は小さな声で続けた。


「こうなって初めて、佐東さとうさんの『狂気・・』に気づかされるなんて」

「……狂気?」


 物々しい単語に、伊織の細い目が僅かに見開かれる。

 視線の先にいる藤波は苦々しげに笑みを浮かべ、まだ騒いでいる臨時四班のほうへちらりと目をやった。


「西村さんに対して、恐らく全員が苛立ってますわ」

「しゃあないさ。新人なんて、あんなもんだろ」

「――そう。新人なんて・・・・・ああいうもの・・・・・・なのです、本来ならば」


 藤波が見ているのは、暴れている西村ではない。

 西村を落ち着かせるため、敢えて淡々とした口調で宥める翼でもない。

 途方に暮れたような顔で説得している、柊の横顔だった。


「二ヶ月前に入った佐東さんが、あまりにも『新人らしくない新人だった』だけで、西村さんの言動は概ね『普通の新人なのだ』、ということを、みなさん忘れてしまっています」


 独り言のように語る藤波は、冷や汗をかいているようにさえ見えた。


「死にたくない、怪我したくない、化け物と戦いたくない、家族に会いたい、家に帰りたい……そうやって泣きじゃくり、駄々をこね、懇願しながら死んでいくのが新人というものですわ」

「そういう奴は、何十人と見てきたよ」


 伊織は、温室の壁に並ぶプレートを思い出すように目を閉じている。


「それをわたくしたちが忘れてしまうほど、佐東さんは“別格”でしたわ」

「期待のスーパールーキー、ってのは、いつの時代にも現れるものだろ?」

「ええ。ですが佐東さんの場合、『勇気』だとか『愛国心』等という言葉で表現できるような生易しいものではありません」


 藤波の視線の先で、柊はどうにか西村を宥めようとしている。

 そんな彼も、たった二ヶ月前は西村と同じ立場だったはずなのに。


「自警団予備科出身である、成田さん――あなたも佐東さんと同じように、初陣のときから戦いに参加できたのですか?」

「……いいや。あたしも、どうにか戦場まではついていった。けど、最後まで太刀を抜くこともできずに震えていたよ。自警団出身なら誰でもあんな風に戦える、ってわけじゃない」


 思い返せば柊は、初陣のときでさえ抵抗することもなく“地下鉄”へ乗り込み、皆と共に現地へ向かった。現場では、教育係の結衣について回り、果敢に攻撃を仕掛け、咄嗟に指示まで出してみせた。更に彼は、雛鳥にトドメを刺している。

 ベテランの隊員でもできるわけではないほどの活躍を、柊は初めての戦いでやってのけたのだ。

 更に二戦目である、八岐大蛇ヤマタノオロチ戦。

 柊は、往復三十キロ以上を走った上で、翼とたった二人で神獣クラス【D】である八岐大蛇を倒した。


「今の西村さんが異質に感じられるのは、彼女が『十八歳』というベテランの年齢ということと、『五年も覚醒を黙っていた』という点だけです」

「……そうだな」

「ですが、本質的には佐東さんこそ、異質な新人だった――」


 今年で十六になる柊は、西村ほどではないにしろ、新人としては年齢が高い。

 自分が西村を守る、と訴える表情も含め、新人らしからぬ新人なのは、柊も同じことだった。


佐東さん彼女のどこか憂いを含んだ笑みの奥には、もしかすると、とんでもない狂気が潜んでいるのかもしれませんわね」


 その言葉に、伊織でさえも返事ができなかった。

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