第36話 温室の管理人

 国営放送の翌日、午前の訓練を終えたしゅうが食堂へ顔を出すと、古参組の隊員が声をかけてきた。


佐東さとうさん、一緒に食べない?」

「席が開いてるから、こっちへ来いよ」


 しかし昨日の微妙な雰囲気を思い出し、足が止まる。


「えっと、その……」


 気を遣ってもらったことは、嬉しい。けれども食堂の奥から、昨日ヤジを飛ばした柳沢やなぎさわがこちらをじっと見ている。

 どう返せば分からなくなって、柊はカウンターからカツサンドを受け取ると、食堂から逃げ出した。


「結局、自警団にいたときと何も変わらないじゃないか」


 己れの進歩のなさに、嫌気がさす。

 不用意な発言で誰かに嫌われて、逃げ出して。翼は部屋の前まで来てくれたのに、ろくな返事さえできなかった。


「ああいうとき、翼ならどう返事をしたんだろう」


 三年前に翼が覚醒したとき、彼女は今回の柊と同じように、エース班で初陣を飾ったらしい。

 やっかみなら、翼に対しても相当あっただろう。だが、彼女は多くの隊員に慕われているように見える。

(……生まれ持ったコミュ力です、とか言われたらどうしようもないけど)

 人目を避けて歩くうち、いつの間にか居住区とは違うエリアに来ていた。

 案内板によると、明彦のカウンセリングを受けた部屋がある地下十三階らしい。

 空いてる部屋がないか、探し回る。しかし、どの扉も柊のIDでは入ることができなかった。

(ここがダメなら、引き返そう)

 最後の望みをかけて、大きな部屋のドアノブに手をかける。鍵はかかってない。

 どんな部屋だ――好奇心に背中を押され、重いドアを押し開く。


「失礼します……」


 念のため、声をかけながら室内へ踏み入れる。

 途端、嗅ぎ慣れない匂いが鼻腔をくすぐった。明るい室内は、イスを並べれば百人は座れるくらい広い。そのあちこちに、様々な植物が植えられていた。

 花を堪能するだけでなく、葉や蔓の形状を楽しむ観葉植物の類も豊富にある。柊が嗅いだのは、湿った土と豊かな緑の匂いだった。


「ここって、温室?」


 地下シェルターは、巨大な空調設備で常に一定の気温と湿度を保っている。しかし、ここは明らかに他の部屋と比べて温かく、そこにいるだけで、じんわりと汗ばんできた。

 見慣れない計器や器具を眺めながら、ゆっくりと奥へ進む。


「やっぱり女子だけの部隊だから、花が好きな人もいるんだろうな」


 一体、誰がこの大量の植物を育てているのだろう。

 薄化粧をした年長の隊員か。それとも、いつも違う柄のリボンで髪を結わいている同世代の隊員だろうか。或いは、小学校の生き物係の延長気分で、幼い隊員が世話をしているのかもしれない。

 カツサンドを載せたトレイを手に室内を歩いていると、前触れもなく、奥の扉が開いた。隙間から顔を覗かせた相手は、糸のように細い目をなお細くして、何度もまばたきを繰り返す。


「柊……おまえ、何でここにいるの?」


 現れたのは、同班であり、小隊一背の高い伊織いおりだった。

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