第90話 踏み出す一歩

 巨大生物研究所の廊下は、床が灰色で、それ以外の天井や壁は白で統一されている。幾つものIDチェッカーを通過していくと、やがて黒い御影石でできた大仰なドアへ辿り着いた。

 胸から下げていたIDカードを、壁に設置された小型な機械へ通す。ロックが解除される電子音と共に、ドアが開いた。

 ここから先は、ダブルギアの基地の建物だ。それを示すように、床の色は研究所と比べて濃い灰色になっている。

 一歩、再生した左足を前へ。

 問題ない。今までと何も変わりなく、床を踏みしめている。

 そのことに満足するように、しゅうは自分の足を見つめ、しっかりと頷いた。


――――――


 小隊長のさかきに挨拶した後、教官の許可を得て、ヘッドギアを借り受けた。

 それを手に自主練習室へ続く通路を歩いていると、後ろから呼び止める声がする。


「あ、佐東さとうやないの」


 振り返ると、廊下の後ろのほうで西村にしむらが手を振っている。その隣に立つつばさも、軽く微笑んでみせる。これから自主練なのだろう。二人とも、柊と同じようにヘッドギアを抱えていた。

 柊が手を振り返すと、二人は小走りで寄ってくる。

 西村は、明らかに運動が苦手な子の走り方だ。前に出る力より、上へ跳ねる力のほうが強いせいで、トタトタと音がしそうな動きをしている。

 一方の翼は、左足を切り落とそうとした傷が治りきっていないのか、少し引きずっている。それでも翼のほうが、西村より遥かに早く辿り着いた。


「柊、足の調子は?」

「大丈夫。とりあえず、歩く分には違和感もないみたい」

「それなら良かった」


 息一つ乱さずに微笑む翼の隣に、ようやく西村が追いついた。

 たった数十メートルしか走っていないのに、既に呼吸が乱れている。走り方が悪いからか、それとも体力がないのか。両方かもしれない。


「はあ、はあ……あんた、今日は自主練なん?」

「榊小隊長が、あと数日はリハビリしておけって」

「そうなん、やな……はあ、はあ」


(西村さんって、自分でも言ってたけど、本当に運動が苦手なんだな……)

 これから先が思いやられるぞ、と苦笑しながらも、柊の表情は明るい。

 西村は、柊や翼と同じ作業着をきちんと着て、長い髪も一つに結んでいる。明らかに、長野戦前の彼女とは雰囲気が違った。

 それに柊は、西村が自主練室でヘッドギアの特訓をしていることを、翼から事前に聞いていた。

 元々西村は、にえと呼ばれる特異体質を隠すために、ダブルギア戦闘員になることを拒否していた。

 事実が明るみになっても、榊はそのことを翼と柊にしか教えていないらしい。つまり、西村を囮に使うような戦術を、榊は想定していないのだろう。

 それだけでなく、西村が一番気にかけていた父を東京へ呼び寄せた。

 西村の父親は、陰陽寮おんようりょうの職員だ。何かあれば上層部へ伝えて構わない、という榊からの意思表示だ。

 そういった榊の想いは伝わったのだろう。西村の目は、やる気に輝いていた。


「なあ。せやったら、三人で自主練室へ行ったらええやん」

「あ、うん。二人がそれでいいなら」

「そうしよう。柊は西村の教育係だから、どれだけ頑張ったか見てあげるといいよ」


 そんなことを話しながら、三人は手近な部屋へ入っていった。

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