第26話 鳴らない警鐘

 長谷部はせべは応接室を出ると、足早に廊下を進んだ。御影石でできた床や壁は、彼の姿を鏡のように映し出している。深いしわを眉間に刻み、大股で出口を目指す。

 自動扉の先は、基地の受付フロントだった。扉から出てきた長谷部に気づいた警備員たちが、一斉に頭を下げる。一人の警備員が、受付脇の待機室へ声を掛ける。途端に、七名の屈強な男たちが小走りで近寄ってきた。


「お疲れさまです」

「お疲れさまです、閣下」


 七名の護衛に対し、長谷部は黙って片手を軽く上げた。

 長谷部は中将相当権限を持つとはいえ、自衛隊から出向している以上、外部の人間といえる。そのため、彼の護衛や個人秘書でさえ、基地内へ入ることを許されていない。先月、弓道場へ侵入したのも違法行為だ――もっとも、内閣総理大臣に呼び出されたところで、この男が考えを改めるわけもないのだが。

 長谷部が胸ポケットから煙草を取り出すと、すかさず一人の護衛がライターを差し出した。勿論、ここで喫煙することも違法行為である。本来なら、受付の警備員たちはそれを厳しく咎め、処罰しなければならない立場だった。

 しかし警備員たちも、何を言っても無駄だ、と悟っているのだろう。皆、そっと目を背けるばかりで、咎める声は聞こえなかった。

 七名の護衛を従え、長谷部は“地下鉄”のプラットホームへ向かう。

 ダブルギアの基地と、彼が所属する自衛隊の基地は、地下鉄で小一時間、離れた距離にある。


「閣下、国営放送の首尾はいかがでしたか」

「予定通りだ。さかき一尉と佐東さとう三尉、それから榊二佐を引っ張り出すことで決まった。明後日の正午、全国放送で緊急会見の生放送を行う、と各方面へ通達しておけ」

「かしこまりました。それと、今回の件について、総理から説明を求める通信が来ておりますが」


 忌々しげに眉間に皺を寄せ、長谷部は煙を吐き出す。


「親の七光りで選ばれただけの二世議員め……口出しだけは一人前になりおって」

「して、いかがいたしましょう」


 しばし考え込んだ後、長谷部は差し出された携帯灰皿へ灰を落とした。


「まあ、いい。榊一尉は、これで・・・おしまいだ・・・・・。私がしてやれることも、もうなかろう。総理には、朝一に電話でご説明する、とお伝えしろ」

「はっ」


 プラットホームへ続くエレベーターを待ちながら、長谷部が低い声で呟く。


「明後日の人事を聞いた榊一尉は、どんな顔をするかな。あの、自分だけは悟りを開いているかのような、“高潔な榊一尉”でいられればいいが……」


 長谷部の護衛たちも、同じように笑みを浮かべる。常に斜め後ろに控えている一名が、目を細めて囁いた。


「後輩である佐東三尉と、取っ組み合いの喧嘩などしなければ良いのですが」

「まったくだ」


 長谷部は胸いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出すと、到着したエレベーターへと乗り込んだ。

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