100、砂漠での出会い(旅の薬師)



 岩だらけの山を駆け下りていく薬師の一樹は、大きな荷物を背負っているとは思えない動きをしている。

 運営の仕事を始めてから彼の体はかなり鍛えられているため、並みの登山家やアスリートよりも身体能力が高くなっていたのだ。


「ハリズリのいる方向は……」


 呟きながら一樹は使役獣の位置を確認し、岩場を抜ければ乾いた土から砂地となっていく。砂漠地帯の入り口だろうと思われるところで、ようやく彼は立ち止まった。

 ゲームの中とはいえ実際に運動しているのと同じ状態である一樹だが、彼の息はまったく乱れていない。


「さて……と」


 砂の海に目を向ければ、わずかに色の違う細い道のようなものが見える。ハリズリがここを通った時に、同時に土をかためて一樹が跡を追いやすいようにしたと思われる。


「あとでたくさん褒めてやらないとな」


 砂に足を取られることなく走っていく薬師の一樹。誰かが見れば驚くだろうが、今のところ砂漠に入ろうとするプレイヤーやNPCはいない。

 この先にある国に行くには、迂回するか定期便を利用したほうが楽で安全だからだ。トップランカーでさえ手間取るレベルの魔獣が多く出てくる上に……。


「さっそくきたかぁ……」


 顔に当たってくる砂つぶに思わず顔をしかめる一樹。この砂漠に入った人間は、ランダムの間隔で砂嵐に襲われる。すると方向が分からなくなるという状態になるのだ。

 もちろん一樹も方向感覚が狂わされているのだが、常にハリズリのいる位置が分かっているのと地面に道があるため迷うことはない。


「迷うことはないけど、この風がキツイな……」


 向かい風だと歩くのも困難だ。通常このような砂嵐の中で動き回るのは命の危険が伴う。ゲームであってもリアルと同じように作られていると分かってはいるが、今はそれどころではない。


「ハリズリを早く追いかけないと……」


 手早く取り出したスカーフで口元を覆うようにし、とにかく足を動かしていた一樹は唐突に風が止んだことに驚く。

 急になくなった風の圧によろけた一樹の足元に、ふわりと茶色のモフモフが擦り寄る。それを避けようとして尻もちをついた彼の頬を嬉しそうにペロペロとハリズリは舐めている。


「くすぐったいってハリズリ。ほら、よく顔を見せてみろ。ケガはないか?」


「ワゥン!」


「そうか! よくがんばったな!」


 茶色の毛についた砂をはらうようにしてワシャワシャと撫でてやれば、気持ち良さそうに目を閉じて耳をふせるハリズリの尻尾はちぎれんばかりに振られている。

 吹き荒れる砂嵐の中にある半径十メートルほどあるこの空間は、中心に小さな岩があるだけの何もない場所だ。空間の外で吹き荒れる風はそのままで、この場所だけ無風の状態になっている。


「指し示された場所はここ?」


「ワゥゥ……」


 ハリズリも迷っているようだった。しきりに鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいるようだが、一樹の近くからは動かない。

 しかし、砂嵐の影響を受けないらしいこの場所には何かありそうだと岩に近づく一樹の目の前に、ドサっと何かがが落ちてきた。


「なっ、なんだっ!?」


「……去れ」


 人の声だと認識すると同時に、一樹の足元の地面が隆起し三角錐型の土柱となる。素早く後ろに飛び退くも、一樹を追いかけるように次々と石柱が作られていく。


「ハリズリ!」


「ワゥン!」


 突き刺そうとしてくる土柱を避ける一樹が名を呼べば、ひと吠えして土の精霊を呼び出すハリズリ。小さな黄色い光がいくつか飛び出し、突き出た土柱を崩していく。


「土の精霊!?」


 攻撃を仕掛けてきた者が慌てた様子で一樹たちから距離をとる。

 クセのある金茶色の髪は肩で揺れ、同じ色の瞳にはキラリと黄色の光が宿っている。何よりも特出すべきは、犬のような獣耳と尻尾を持っているというところであろう。

 全身を革の鎧で覆っており、華奢な体形のように見える。


「じゅ……獣人……?」


「お前、何者だ」


 言葉の間に唸るような音が入り、かなり警戒されているのがわかる。しかし、なぜ攻撃までされるのか一樹にはわからない。とりあえず敵ではないと軽く両手をあげてアピールしてみることにした。


「よくわからないけど、僕は敵じゃないよ?」


「ここに来る、全員排除」


「え? 味方でも?」


「関係ない。同族も排除」


 これはかなり徹底しているなと困った一樹の足に茶色のモフモフが擦り寄ってくる。


「ハリズリ、大丈夫だった?」


「クゥーン」


「あれ?」


 クンクンと鳴くハリズリの前足に赤い色を見て、薬師の一樹の表情が凍りつく。背負っている荷物を降ろし薬を取り出す彼の行動を見て、警戒していた獣人は身構えようとするがなぜか体がうまく動かなくなっている。


「ぐっ……!?」


 体がうまく動かない状態なのに耳は震えてふせており、尻尾は股の間に入ってしまう。混乱する獣人に向けて、ハリズリの手当てを終えた薬師の一樹はゆっくりと立ち上がる。


「さて、お話しをしようか」


「な、なに、を」


「僕に攻撃を仕掛けるのは構わないけど、うちの子に怪我をさせたんだ。それ相応の理由があってのことなんだよね?」


 獣人は混乱していた。狼の獣人である自分が今までに怖いと思ったのは、筋骨隆々な熊の獣人くらいだったからだ。それなのに今、目の前にいる弱そうな人間の男に恐怖を感じている。


「理由を言う、ダメだ」


「見たところ大人じゃないみたいだけど、子供だとしても容赦はしないよ?」


「うっ……」


 人間の「笑顔」に騙されるなと教育を受けていた獣人だが、人間には「本能的に怖いと感じほどの恐ろしい笑顔」があることを知るのだった。




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