55、エルフの神と神官長(オリジン・エルフ)


 真っ白な布に包まれた、天蓋付きの大きなベッドから起きあがる。


「オリジンモードは久しぶりな気がするな」


 サラリと肩から落ちる長いプラチナブロンドの髪を、一樹は無造作に背中へと払う。サイドテーブルに置いてある貫頭衣と下着(フンドシ)を手早く身につけると、その様子を見ていたかのようなタイミングでプラノが部屋に入り、綺麗な動作で一礼した。


「ご帰還、お待ちしていました」


「神殿に変わりはないですか?」


「はい。お茶をご用意しましたが……」


「いただきましょうか」


 プラノの応対はいつも通りだ。少し拍子抜けした一樹だが、相良の「受け入れられている」という言葉を思い出す。良い香りのする茶をひと口啜ると、一樹は思い切って切り出した。


「なぜ気づいたのです?」


「……申し訳ありません」


「怒っているわけではないのです。ただ、気配を消すよう努めていたので、とても驚きましたが」


 そう言ってオリジン一樹は微笑むと、その表情を見てホッとしたプラノは小さく息を吐く。


「精霊獣が出るまで気づきませんでした。あの狼のような精霊獣が出た瞬間、精霊たちの喜ぶ歌声が聞こえたのです。それはオリジン様を讃える歌でしたから」


「精霊……それですか」


 オリジンモードでは聞こえる精霊の声は、ギルマスモードでは聞こえない設定になっている。クレナイという精霊獣を使役しているため精霊を見ることはできるが、オリジンの時ほどはっきりとは見えるわけではない。

 NPCのキャラクター設定を重要視するあまり、色々と抜けていることが他にもありそうだと一樹は反省する。そして、ふとプラノを見る。


「それで、彼と私が同じ存在だと知って、どう思いましたか?」


「どう思うかと申されましても……私は、オリジン様がそれほどまでに伴……ミユ様のことを想ってらっしゃるのだと、感動いたしました」


「え? 感動、ですか?」


「オリジン様が庇護されている人間は、ミユ様とご友人の方だけです。お姿を変えてまでミユ様を見守られているオリジン様に、私プラノは感動したのです」


 エルフの神であるオリジンは、神であるから万能だ。姿を変えることも神の力によるものだとプラノは考えたという。それを聞いて一樹は内心頭を抱える。

 外見を変化させる魔法はある。しかしそれは猫耳や尻尾をつけたり、幻覚を見せたりするような「幻視させる」魔法だ。ゲームの中とはいえ、今持っている体を変化させることはできない。

 もちろん整形はできるが、高額なリアルマネーが必要だ。そして整形しても別人になれるわけではない。名前や体はそのままである。


「そうですか……ありがとう、プラノ」


「我ら神官は、オリジン様のために存在しています。オリジン様の御心のまま動かれることこそ、我らの願いなのです」


 肩口で切りそろえられた髪をサラリと揺らし、跪いてこうべを垂れるその姿はまさに「敬虔なる者」であった。オリジンとしてここに降りたその日から、変わらず側にいるプラノの存在に、一樹は何度も助けられてきた。


「プラノも、困ったことがあれば必ず報告ですよ」


「そんな、おそれ多いこと」


「プラノ?」


 オリジン一樹は、その虹彩を放つ不思議な色の目をプラノに向ける。美少年神官は戸惑っていたが、少し間を置くと頬を赤らめながらコクリと頷いた。

 どこかで「プラノきゅんカワユス!」という声が聞こえたような気がするが、一樹は無かったことにするのだった。







 雲ひとつない青空と、春が近いのか風がいつもより暖かく感じる。


「久しぶりに、ゲームじゃない本物の空を見てるなぁ」


 そう言って眩しげに目を細める一樹は、ほとんど帰ってなかった実家に向かっている。いくつか電車を乗り継ぎ、都会から離れ田畑が見えはじめたところに彼の実家はあった。


「一時間電車にのっただけで、こんなに田舎になっちゃうんだからなぁ」


 懐かしげに辺りを見回していた一樹は、迎えに来ると言っていた妹の愛梨を待つことにする。上司の相良から「怒っている」と聞き大慌てで妹にメールした一樹だが、彼女は怒っているというよりも心配していたようだ。

 何かに夢中になると、寝食がおろそかになる兄のことをよく知っている愛梨。彼女は父親の出国をダシにして、なんとか一樹を呼び出すことに成功した。


「心配されるだけ、ありがたいよね」


 シスコンの一樹は、嫌われていないだけでも良かったと思っている。以前バイト先の先輩が「妹から汚い物でも見るかのような視線がくる」と言っていた。もし愛梨にそんな目で見られたら、きっと号泣してしまうだろう。

 結局、その先輩は数ヶ月後に「最近、その目で見られるとなんかドキドキするようになってきた」という謎の進化を遂げ、今はどうなっているのか不明だ。願わくば、彼らが真っ当な人生を歩んでいてほしいと祈るばかりである。


「お兄ちゃん!」


「おう、愛梨。久しぶり」


 閑散とする駅の階段を降りたところで、ちょうど迎えにきた愛梨に声をかけられた。自転車に乗った彼女の格好は、ショートパンツにTシャツとパーカーという、かなりラフなものだ。紺のニーハイソックスにハイカットのスニーカーが、よく似合ってて可愛らしい。


「今日は泊まっていくでしょ?」


「おう。休暇はもらってきたからな」


「すごく忙しそうだよね。なんか痩せた……っていうか、体が締まってきた?」


「そ、そうか?」


 思わず挙動不審な感じになる一樹。NPCになり運営を仕事をするようになって、なぜか筋肉量が増え、体はどんどん鍛えられている。最新マシンの効果は凄まじいものがあり、彼はガチムチにだけはならないよう心に決めていた。


「今日は、お兄ちゃんの好きなオカズばっかりだよ。お母さんと私が気合い入れて作ったんだから、いっぱい食べてね」


「わかった。ありがとうな」


 自分の胸くらいの背である愛梨の頭を撫でながら、一樹は目を細めるのだった。




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