54、ショタスキー上司への報告
ログアウトした一樹は、体にまとわりつく蛍光ピンクの液体を手早く拭うと、やや駆け足で上相良のいる作業部屋へと向かう。
移動する一樹とすれ違う社員はいない。大人数を抱えている会社であるにも関わらず、部屋に引きこもる仕事が多いせいか社内を移動する人間は滅多にいないようだ。
作業部屋に入ると、いつものようにパソコンを睨み鬼のようなタイピング速度でキーを叩く上司がいる。幸いにも彼女以外の社員は不在のようだ。
「ああ、森野君。セイ・コトリっていう魔道具製作者は、ログを辿って行ったらコトリっていう名前のユーザーだと判明したよ」
「コトリ……なるほど。魔道具にある銘がユーザー名じゃなかったんですね」
「その人が怪しい、とか?」
「いえ、あくまでも参考程度に話を聞ければって。例の事件で使われたアイテムは、まだどういうルートで奴らが手に入れたか分かってないですから」
「……運営以上の権限を持っているってなると、こっちとしては動きづらいわね」
「相楽さんにご迷惑をかけないようにしますよ」
「かけないとは言わないのね。この正直者」
それでも目の下にクマを作りつつ、相良は懸命に業務外の仕事をしてくれている。彼女が味方でいてくれることに一樹は感謝していた。そこでやっと思い出す。
「あ、すみません。迷惑かけないようにとか言っておきながら、やっちゃいました」
「は?」
相良が笑みを浮かべたまま固まっているのを見て、一樹は謝りながらペコリと頭を下げると事情を説明する。
「つまり、ギルマスとオリジンが同一人物だって、エルフ美少年プラノきゅんは思っているんじゃないかと」
「プラノきゅん……? あ、はい、まぁそんな感じですね」
どうやら相良は美少年好き、いわゆるショタスキーであるようだ。目指すはオネショタというやつだろうが、彼女の場合は大半の若者とオネショタ関係になれるだろう。そこまで考えたところで、いち早く不穏な空気を感じ取った一樹は慌てて説明を続ける。
「それと、監視対象の彼女のスキルなんですけど、料理を習ってて錬金術師のスキルを会得してまして」
「そうねぇ……エルフの国の公開が最近だったからっていうのもあるけど、あの国……特に神殿で作られる料理と、他の国で作られる料理って違うのよね」
「そうなんですか? 俺はまともに食べたのがエルフの国くらいで……王都じゃ、キャラ的に酒とつまみばかりで、違いがよく分からないんですけど」
ギルマスモードの一樹は、演じるにあたって食事にも気をつけていた。彼ならばちゃんとした食生活をしていない気がしたのだ。そこを補佐であるステラに注意されるというところまでが、デフォなのは言うまでもない。
一樹の言葉に、相良はタイトスカートから伸びた細い足をゆるりと組む。
「普通の料理と違って、作る過程も食べた時の効能も違うみたい。だから覚えたスキルが普通と違うんじゃないかしら。バグも出ていないし、ある程度そういう設定だったということね」
「確かに食べると落ち着く気がしますね。後でNPCの『状態』のログで確認しておきます」
「ここで見てもいいんだけど、次のイベント準備に駆り出されてるから、そこは任せるわ。あと、プラノきゅんのことだけど」
「やはりバレたらマズイですよね」
「そんなことはないわよ。森野君のログにバグは検出されてないもの。あの世界で『齟齬』がない限り全ては受け入れられ、それがまたゲームの世界である『エターナル・ワールド』の成長に繋がるのよ」
「世界に、受け入れられてる……ですか?」
顔を上げた一樹は、相良に言われた言葉をゆっくりと繰り返す。それは何だか、とても大事なことのように思えた。
「プラノきゅんが、なぜ森野君を受け入れたのか、直接聞いてみたらいいんじゃない?」
「そう、ですね」
ふと一樹はリアルでの自分と、ゲームの中の自分を重ね合わせてみる。
演じているとはいえ、まったく違う自分を演じているわけではない。どこかにリアルの自分がいて、それをバグとして検出されていないこの状況はまるで……。
「俺は、受け入れられているんですね」
就職できずに友人も恋人も去り、バイトをすれば重宝されるも心のどこか感じる虚しさにあえぐ日々。
それが気付けば大手のゲーム会社に就職し、リアルとバーチャルで「必要」とされる。この充実感は今まで得たことのないものだ。
「ホワイト&ブラックな会社だけど、見捨てずにいてくれると嬉しいわ」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
笑顔の一樹を見て、相良はホッとした表情になると再びパソコンのディスプレイに向かいあう。そして、頑張るぞと気合をいれる可愛い部下に「そういえば」と言葉をかける。
「たまには実家帰りなさいよ。お父さんがそろそろ日本を出るから、顔くらい見せてきなさい」
「え? なんでそんな……」
「アイリちゃんが寂しがってたわよ。お兄ちゃんなんか知らないって、すっかり拗ねちゃって。ププッ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでアイリがそんなこと言ってるって……」
「運営のSあてに、たまにメールがくるのよ。今やすっかりメル友なんだから」
「何やってんすか……」
「ちなみに、ミユちゃんからもメールくるわよ」
「……んぐぅ」
何とか「んぐぅ」の音は出たが、追い討ちのようなメル友の立ち位置に、羨ましくなんかない!と何十回と自分に言い聞かせる一樹なのであった。
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