56、実家に帰る一樹と新たなイベント開始
実家へ向かう途中で、一樹と愛梨の前に数人の男女が現れる。中学高校と仲良くしていた友人と、大学のサークル仲間だ。
一瞬、体が固まる兄を、隣にいる妹は優しく背中に手を置いてやる。ひと回り年が離れている愛梨に気を遣わせるとか兄としてどうなんだと、一樹は気合を入れて姿勢を正した。
「森野じゃん、久しぶりだなぁ」
「おう、久しぶり」
軽く手を上げてすれ違ったところで、その中の一人に一樹は腕を掴まれる。
「ちょっと話そうぜ」
「おい、やめろよ」
昔馴染みの友人は止めようとするが、悪ノリしている周りのメンバーは一樹を取り囲んだ。
「そういや、就職どうなった?」
「何? まだバイトしてんの?」
「この歳だと大変だよな。頑張れよ」
次々と言葉をかけてくる輩に一樹は無言だ。第一、バイトの何が悪いというのだ。働いている人間に優劣をつけること自体だおかしいじゃないか。そう言おうと思った一樹が口を開きかけた時、パーンと耳に響くくらいの破裂音がした。
「うるさいですよ。無能ども」
そこにはいつの間に食べていたのか、菓子パンの袋を両手で潰した状態の愛梨が仁王立ちでいる。
「な、なんだよ、無能って……」
「無能を無能と言って何が悪いのです? うちの兄のことを過剰にご心配いただかずとも結構です」
そう言い放つと、愛梨は一樹の手を取って歩き始めるが、数歩進んだところでゆっくりと振り返る。
「それと、兄は『CLAUS』に勤めておりますので、取引のある方はこれからもよろしくお願いいたします」
「はぁ!?」
「さぁ、行きますよ兄さん」
「お、おう」
呆然とする昔馴染みたちをそのままに、一樹たちは家へと向かうのだった。
「なんだ。これは」
「一樹、おかえりなさーい。もう、お母さん嬉しくって額に入れて飾っちゃったー」
「俺は知らんぞ。出張から戻った時には、すでに飾ってあったからな」
「だから帰って来なよと言ったのに、お兄ちゃんたら電話もよこさないんだから」
懐かしいとも感じる実家のダイニングルームには、銀の髪をなびかせて肩にモフモフの子犬を乗せているソフトマッチョな美丈夫エルフが真っ先に目に入る。
なんと家の中で一番目立つ場所に、大判ポスターくらいの大きさの額に入った『オリジン・エルフ限定プレミアムポスター』が飾られている。事案発生だと一樹は白目になっている。
「いっくんはお父さんに似て、素敵に育ってくれて嬉しいわー」
「お母さんの言う素敵って、体だけだよね」
「失礼ね! イケメンだって大好物よ!」
「それは知ってる。お父さん見れば分かるから」
「でしょう?」
そんな母娘のやり取りを、父と息子は頬を染めて出された茶をすすっている。家族だからこそ、このように褒められるのは少しばかり恥ずかしい。
さらに、愛梨にオリジンモードが一樹だとバレていることが、これで確定されてしまった。ギルマスモードはなんとか死守したいものだと、一樹は深いため息を吐く。
「それにしても、さっきの愛梨はすごかったな」
「だって、お兄ちゃんがバカにされてるのに何も言わないから」
「言ってもしょうがないだろう? 相手をするだけ時間の無駄だしな」
「でも、でも、そんなのイヤだよ」
しょんぼりと俯く愛梨に、一樹はよしよしと頭を撫でてやる。自分は良くても一緒にいた愛梨がイヤな思いをしていたのなら戦うべきだったのかもしれないと、一樹は少しだけ後悔した。
「ありがとうな」
「……ん」
仲直りしたらしい兄妹の間をホンワカした空気が流れる。そこにキッチンから登場した母親が、テーブルの真ん中に大皿を置いていく。
「ほらほら! 今日はなんと! 一樹の大好きな唐揚げとポテトサラダですぞ! お味噌汁も具沢山な豚汁にしちゃった!」
楽しげな母の姿に、大いに不貞腐れる男が一人。たわわな胸筋が不機嫌そうにピクピクと動いている。
「息子の好きなものばかりか。夫の好きなものはないのか」
「もう、あなたの好きなものは……わ・た・し、でしょ?」
「……今夜は寝れると思うなよ?」
この人たちは息子と娘の前で何を言ってるんだと、死んだ魚のような目をした子供達は、無言で唐揚げを頬張るのだった。
迎えた新たなイベント解放の日、一樹はマシンに入り込むと出てくるログイン画面に、項目が一つ増えているのに気づく。
「なんだ? オリジン、ギルマスの隣に出てるの……薬?」
蛍光ピンクの液体に入ったものの、これは確認せねばと抜け出す一樹。何かあったのかと、シャツのボタンも二つほどしかとめずに上司相良の元へと向かう。
「相良さん!」
「どうしたの森野くブッフォ!!」
思いきり噴いたコーヒーを気にすることなく、一樹は自分のログイン画面を彼女のパソコンに表示させる。
「これ、なんですか」
「ゲホゲホ……な、何よ急に胸筋と腹筋を見せつけるなんてゲホゲホ……ん? これは……」
相良が口元のコーヒーを拭い、鼻のあたりにティッシュを詰めながら画面を確認する。
「ごめん、言い忘れてた。今回のイベントからフィールドにお助けキャラを出すことにしたんだけど、その中に一人運営NPC入れようって話になってね」
「はぁ」
「うちのチームって、運営NPCに入っている人のほとんどが、家庭持ちなのよね」
「はぁ」
「それで、残業できる人って、限られちゃうのよね」
「ふざけんな」
冷たく言い放ち部屋から出ようとする一樹の足に、相良が涙目で縋りつく。
「ごめんってえええええ! 人手が! 人手が足りないのよおおおおお!」
「俺に何役やれって言うんだよ!」
ふざけんなー! と叫ぶ一樹だったが、抵抗むなしく女性の涙という最強武器の前に敗北するのであった。
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