41、上への報告とたわわ(赤毛のギルドマスター)
ステラの「ぎるますがろりこん」と繰り返し唱えているのはバグかと思ったのだが、正常行動であった。つまり『エターナル・ワールド』内で、一樹の行動がロリコンとして認識されたということである。
しかし、精霊王との契約は額か頬に口づけすることだ。何もおかしいことはない。……はずである。
NPCであるステラに危うくロリコン認定されるところだった一樹は、なんとか誤解を解いたところで現状を確認する。
「ギルマスの命令に背いたのか。ステラ」
「いえ、渡り人の女性が『依頼』という形で、商人たちの王都への避難誘導を請け負ってくれました」
「なるほどな。だが俺の『命令』だ」
避難誘導だけであればプレイヤーが受けても問題はない依頼である。しかし誰が敵なのか分からない状況で、ステラの行動は褒められたものではなかった。常に冷静な彼女にしては珍しいミスになるだろう。
「すみません。なぜか大丈夫だと思ってしまいまして……」
「原因らしき人間も逃げたようだし、問題はないと思うがな。その渡り人の名前は?」
「アイリ、と名乗っていました」
「あー……。なるほどな」
「ご存知、ですか?」
ステラの髪の色と同じ空色の瞳に光が入ったように見える。ギルマス一樹は赤毛の頭をわしわしと掻き乱すと、ため息を吐いた。
「エルフの神殿から依頼されている、保護対象の関係者だ」
「そういうことですか」
なぜかホッとした表情をするステラに、一樹は首を傾げつつ思考にふける。
アイリであれば彼女が「大丈夫」だと思ったとしても仕方がないかもしれない。一樹と妹の愛梨は、外見はともかくとして中身はそっくりだと言われるのだ。もしかするとステラもアイリの中に自分を見たのだろうかと一樹は考えた。
そういえば、渡り人に対して警戒心の高いエルフも、アイリには比較的早く打ち解けていたような気がする。ただアイリのコミュ力が高いだけかもしれないのだが。
「闇の精霊王は女性体だったな。風もそうだったし……精霊王とは女性なのが普通なのか? いや、男もいたか」
「ギルマスは風の精霊王にお会いしたことがあるのですか?」
「あ、ああ。エルフの国でな」
「そうですか」
あまり表情を出さないが、ステラはギルマス一樹を尊敬したような目で見た。そんな彼女にチクチクと心を痛める一樹。これは運営NPCのキャラ補正なのだ。自分の実力ではない。そう一樹は考えているようだが実は違う。
オリジン・エルフもギルドマスターもNPCであるため「補正」というものは付いていないのだ。この事はバグとして出ていないため、上司である相良も気づいていなかったりする。
壊れた移動の魔法陣を再度確認し、ギルマス一樹と補佐のステラは王都へと戻ることにした。そのままハンターギルドに向かおうとするステラに一樹は声をかける。
「じゃあ、今度こそ俺の命令に従ってくれよステラ。その渡り人に謝礼金を渡しておいてくれ」
「ギルマスは?」
「取り急ぎ報告してくる」
「了解です。お戻りをギルドでお待ちしております」
「頼んだ」
平静を装っているが一樹の心の中は動揺しまくりである。妹のアイリと間近で会ってギルマスを演じる自信がない。オリジンの時はプラノやルトが間に入ってくれていたから何とかなっていたが、その時も下級精霊たちに頼ってなんとかなっていたのだ。
なんとかアイリと会うことを避けた一樹は、そのまま王都中心へと歩いていく。
「オリジンならともかく、ギルマスの時に下級精霊に好かれているのはおかしいからな」
ギルマス一樹の時にも下級精霊は寄ってきていた。しかし視える人には見えてしまうため、遠慮してもらっているのだ。物分かりのいい精霊たちである。
「さてと……運営が動かないということは、この世界で解決しろってことだよな」
先ほど相対した黒づくめとの戦いで、運営としての『黒スーツモード』は発動しなかった。魔法陣を壊した目的は分からないが、ギルドマスターとして「上」に報告する必要がある。
王都の中心。
そこにあるのは、聖王国の要ともいえる場所『聖王城』が鎮座している。
広大な庭と、水堀に囲まれたその建物は白い石を積み上げられており、いかにもファンタジーといった感じの城である。イギリスにある城をいくつかモデルにしたらしく、造りはかなり本格的でリアルの建築家にデザインを依頼したという話だ。
その城の一角にハンターギルドの本部はある。
魔獣の蔓延るこの世界ではハンターの存在は重要だ。そのため中枢部分は国で管理されている。
入り口には城の兵士が立っているが、一樹の姿を見てドアを開けてくれる。それに軽く手を上げ礼をし、受付の女性の所へと向かう。
「いらっしゃいませ。本日の御用は」
「すまない。急ぎで本部長と会いたい」
「お約束はありますか?」
「緊急事態だ」
「かしこまりました」
すぐに魔道具で連絡をとる受付の女性。ギルドマスター自らが緊急事態だと言うのを疑うことはしない。ギルマスの証である腕章でそれは証明されているのだ。
「奥へどうぞ。本部長はすぐに参ります」
「助かる」
ギルマス一樹の笑顔に、一瞬女性は固まるがすぐに通常業務に戻るのはさすがプロである。しかし彼女の脳内に彼の名と配属場所はしっかり刻み込まれたようだ。
部屋で待つこと数分、受付の彼女の言うように本部長は急いで来てくれたらしい。
「待たせたな!! 赤毛!!」
「……どうも」
金色の長い髪は美しく波打ち、アメジストのように輝く紫の瞳は目の前にいるギルマス一樹を嬉しそうに見ている。はち切れんばかりの胸元は、支給品であろう白いシャツから溢れ出そうになっている。目の毒だ。
「よく来てくれたな!!」
抱きつこうとしてくるのを軽いステップで躱す一樹に、不満そうな声を上げる。
「冷たいじゃないか!! あれほど熱い夜を共に過ごした仲だというのに!!」
「そんな仲になった覚えはないですよ」
恨めしげに見てくるのを無視するように、一樹はため息まじりに言った。
「何やってんですか。この国の第一王子が」
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