42、報告とスコーン(赤毛のギルドマスター)

 ギルドマスターモードである一樹が、聖王国の王族に会ったという事実はない。しかし、NPCであるということは、そのキャラクターに『過去』があるということである。

 聖王国の王族、ガチムチたわわな第一王子はNPCだ。きっと彼の中では一樹の演じるギルドマスターと旧知の仲なのだろう。


「ハッハッハ!! 私がここにいるのは、私が聖王国のハンターギルドを統括する立場だからに他ならないのだぞ!!」


「……あー、そうでしたか」


 こっそりウィンドウを出して確認すると、この脳筋王子は自国の軍隊を管理する軍務卿でもあるらしい。しかしそれだけに飽き足らず、とうとうハンターギルドにまで手を出してきたという情報を得た。

 それは良いのか悪いのかは分からないが、今は『移動の魔法陣が使えなくなった』という報告が先だろう。


「貴方様の道楽は置いておくとして本題を先に。渡りの神が設置したエルフの国と聖王国を結ぶ魔法陣が、何者かに壊されました」


「何だと!?」


 先ほどの楽しげな様子から一変し、王族らしいキリリとした顔になる王子。黙っていればかなりの男前なのに残念王子だと思いながら、一樹は彼の整った顔を観察しつつ報告を続ける。


「犯人は黒づくめの闇の力を使う人間。性別種族共に不明。拘束したものの『溶けて』逃げたのか死んだのか分からない状態です。土で作ったゴーレムが元の土に戻るような感じではありました」


「なるほど。本体じゃなく遠隔操作でそれらをやり遂げた……か」


 ここまで話がスムーズに進むのは、この部屋に仕掛けられている嘘を見抜く魔道具のおかげである。隠しておきたいことは黙っていればいいので、真実だけ話していれば何も怖いことはない。

 運営である一樹にとって危険なように見えるが、嘘さえつかなければ何も問題はない。

 先ほどの「熱い夜を過ごした」という王子の言葉も真実ということになるが、一体何があったのかは一樹には分からない。下手につつくとボロが出そうなので、あの発言はここではない別の場所で聞くしかないだろうと彼は考える。


「黒づくめの話は、エルフの国から情報を得ている。見つけたらそく捕縛するようにとのことだったが」


「エルフの国で処された者たちは雇われていただけ。今回は人ではない何かだった。主謀者はなかなか頭の切れる人間のようで」


「ふむ……魔法陣はどうなると思う?」


「自分の予想ですが、近日中に修復されるかと」


「なぜそう思う」


 一樹の言葉に王子は目を眇める。一瞬で張り詰める部屋の空気を、先に緩めたのは王子だった。


「ハッハッハ!! いやぁ、最近物騒で色々と忙しくてな!! 疑うような物言いをしてスマン!!」


「謝る必要はないでしょう。ご存知かとは思いますが、自分はギルマスとして特殊な情報網がありましてね」


「おう!! そうだったな!!」


 魔道具は作動していない。今のところ一樹の言葉に嘘はないということだ。どうやら今の聖王国には何か起きているらしいと、ギルマス一樹はログアウトしたら現状の確認をしようと心にメモをする。


「では、移動の魔法陣が使えるようになるまで、毎日確認をするように!! 修復されたらギルド職員が確認し、本部に報告してくれ!!」


「了解。んじゃ、失礼しますよ」


「またな!!」


 一礼すると部屋の外に出た一樹は小さく息を吐く。なぜかひどく精神的に疲れた感じがしたのだ。

 ゲームの世界での疲れは、ある程度はリアルの自分の脳に疲れとして反映される。特に一樹の使っているものは最新機器であるため、ゲームでの運動量がしっかりとリアルに反映されて筋肉痛になることもある。


「さてと。アイリはもうログアウトしてるかな」


 リアルではちょうど夕飯の時間だろう。今ならギルドに帰っても鉢合わせすることはなさそうだと、ギルマス一樹は赤毛をなびかせて王城を後にするのだった。








 エルフの国で精霊魔法を教わっていたミユは、自分の先生でもあり神官でもあるプラノから知らせを受けて顔を青くしていた。


「王都近くにある移動の魔法陣が、何者かに壊された?」


「ええ、幸いにも怪我人はいなかったようですよ」


「よ、良かったです……アイリちゃんが王都近くで待ってると言ってたんで」


「ああ、ご友人の方ですね。それはよろしゅうございました」


 微笑むエルフの美少年に釣られて、ミユも強張っていた表情が和らぐ。

 オリジンが不在である今、ミユを守るのは神殿のエルフの務めであるとプラノは考えている。なによりも健気で頑張り屋な生徒を、彼は存外気に入っていた。


「あの……すみません。またしばらく滞在することになってしまいます」


「お気になさらず。ここはミユ様の家だと思って寛いてください」


「ありがとうございます!」


「それに、オリジン様も喜ばれますよ。きっと」


「はぅっ!!」


 頭から湯気が出るのではというくらいに、ミユは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているのをプラノは微笑ましげに見ている。外見からすると逆のような気もするが、プラノはエルフであるためミユよりもだいぶ年上ではある。


「治癒師のままに精霊魔法をおぼえられるとは思わなかったです」


「そうですね。私も精霊使いではなく神官ですが精霊魔法を使えますから……ああっ!!」


「わぁっ!? どうしました!?」


 突然声をあげたプラノに、ミユは驚いてビクッと飛び上がる。


「すみません、うっかりオリジン様のお好きなスコーンを焼き忘れていたのです」


「オリジン様の好きなスコーン、ですか?」


「ベリーの実が入っているものがお好きなようです。ああ、早く作っておかなければ……」


「あの、もし良かったら私もお手伝いしましょうか? 魔法陣が修復されるまで時間がかかりそうですし」


 珍しく慌てているプラノにミユは思わず声をかけると、彼はパッと輝くような笑顔をみせた。


「ぜひお願いします! 助かります!」


 オリジン不在の神殿は、こうして平和?に過ぎていくのだった。

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