43、父、来たる(オリジン・エルフ)


 たまには実家に帰ってこいという最愛の妹、愛梨からのメールに一樹は渋い顔をする。オリジンモードもそうだが、なぜかギルマスモードもバレているんじゃないかという気がしている。

 もう一通メールが入っており、それは一樹の父親からであった。


「親父がまだ滞在してるなんて、珍しいな」


 内容は「飯でも食おう」という短文だった。スマホが苦手な父親のメールは短文が多いため、内容はいつも電話をして聞くことになる。

 親子の仲が悪いわけではないので電話するのは構わないのだが、かけるときにくすぐったいような気持ちになるのが少し苦手だ。


「もしもし、親父?」


『おう、一樹か。ちょうどそっちの方に出てたから飯でもと思ってな』


「そっちって、うちの会社近くに来てるの?」


『でかいビルだろ? その隣のホテルのラウンジにいるぞ』


「すぐ行く」


 海外赴任の多い父親に会えるのは嬉しい。それに何よりも嬉しいのは、今はちゃんと就職して給料ももらっているということだ。これで胸を張って会えると、一樹は喜びを感じていた。

 シャワーを浴びて白いシャツにニットカーディガン、ジーンズに綺麗めのスニーカーを選んで履くと、社員証を通して外に出る。

 かなりラフな格好ではあるが、比較的体格も良く高身長の一樹はまぁまぁ目立つ。ゲーム内ではかなり美形ではあるが、デジタル技術で補正も入っているので現実のかれは割と顔は地味な方だ。しかし、雰囲気や仕草でかなりイケメン度は上がっている。

 その理由は、ラウンジのソファから立ち上がった壮年の男性を見れば分かるだろう。


「一樹、久しぶりだな」


「親父は元気そうだね!」


「おう。母さんをしっかり甘やかしてきたからな」


「……ほどほどにしときなよ」


「おう」


 ニヤッと男臭く笑う自分の父親に、この笑顔に女子たちは落とされるんだよなぁと一樹は小さな声で呟く。

 笑顔だけではない。知らずに父親と同じように振舞っているのは、一樹の憧れや目指しているところに彼がいるからだ。年をとっても変わらず魅力的なのは、ある意味チートではないかと息子は思っている。


「それで、何の用?」


「頑張っている息子を激励するという、大事な用があるから会議を抜けて来た」


 息子に並ぶ高身長に美しい立ち姿、しっかりとついた筋肉。スーツが外国製なのは、彼の体格が日本人規格ではないからである。外国人アスリートのような強さをも感じる。

 彼がネクタイを緩めると、そこから雄のフェロモンが漂ってくるようだ。


「まーた無駄に色気を振りまいて。母さんに怒られるよ」


「何を訳の分からんことを……それよりもお前、『CLAUS』の社員なんだって?」


「そうだよ。運が良かったみたいでさ」


「……そうか。うちとも取引のある会社なんだが、気になることがあってな」


「気になるって?」


 もしやゲーム内で監視対象になっているミユのことだろうか。しかしそれは上司である相良が上に持っていっていることな上、ミユ自身が公開を拒否しているものだ。一樹の父が知ることはないだろう。


「知り合いに連絡がつかなくなったんだ。お前は生まれてすぐ会ったから憶えてないだろうが、母さんとは同級生で共通の友人だ」


「行方不明ってこと?」


「そうじゃないみたいなんだが……ハッキリしたことが分からないんだ」


 妹の愛梨曰く「情報通」である両親にも分からないことが起きている。ミユの一件もそうだ。それが自分の勤める会社で起きていることに、どうやらしっかり向き合わないといけないのかもしれない。一樹は無言で思考を巡らせる。

 そんな息子の様子を見ていた父親の目は穏やかだ。


「無茶はするなよ」


「分かってる。せっかく就職できたからなぁ……」


「無職になることはないと思うぞ?」


「え? そうかなぁ」


「ここの会社は、一度取り込んだ人間が嫌って言うまで『馬車馬のごとく』働かせる社風だからな」


「途中に不穏な言葉があったんだけど……」


「よし! 肉食うぞ肉! 美味いのを食わせてやる!」


「ここのホテル、社割きくから俺が出すよ」


「そうか。じゃあ息子の愛を受け取っておこう」


「愛とか言うな」


 やたらと目立つ親子二人は、周りの客やホテルの従業員たちの視線を集めている。慣れているのか鈍いのか、特に気にせずこのホテル一押しのローストビーフを堪能しる男二人。

 後日、森野家女性チームに「お父さんだけずるい!」と怒られ、全面降伏した男性チームは財布を軽くするだけの簡単なお仕事をするのだった。








 真っ白な石造りの広い寝室。

 とある理由から最近になって天蓋が設置された大きなベッドに、定期報告を聞くべくオリジン・エルフは現れる。


「よし。もうこれで大丈夫だね」


 ベッドの上に置かれている着替えを手に取り、これでいつミユが現れても大丈夫だとオリジン一樹は笑顔になる。手早く着替えて隣の応接室に入ると、プラノがティーセットをワゴンで持ってきていた。


「オリジン様、ちょうど良いところに来られました」


「ん? 何かありましたか?」


「先ほどミユ様と一緒にスコーンを焼きまして。オリジン様のお好きなベリーの入ったスコーンですよ」


「待ちなさい。プラノ」


「はい。何か問題でもありましたか?」


 急に表情を変えたオリジンにプラノは背筋を伸ばす。もしや自分が何かやらかしてしまったのだろうかと考えたが、思い当たる節がない。


「ミユさんが、スコーンを焼いたのですか?」


「はい。お菓子作りは得意とのことで、手ずからオーブンも使ってらっしゃいまして……」


「……!!」


 オリジンは目を閉じ、拳を握りしめて「うしっ」と小さく声を発する。彼のこの行動をプラノは理解できないが、信奉者パワーによりオリジンの歓喜を読み取っていた。


「今、お茶の準備をいたしますね」


「……ありがとう。プラノ」


 可愛い女子高生の手作りスコーン……ゲームの世界とはいえ、この至高ともいえる一品を食せることに幸せを感じる一樹。


(さすがプラノ! 有能すぎる神官だ! ありがとう! さらにありがとう!)


 ミユはログアウトしたらしく、この場にはいない。少しがっかりしたようなオリジンに気づいたプラノは、お茶うけにクッキーを出してきた。スコーンは出さないのかとプラノを見ると、彼はニコリと微笑む。


「明日のお昼頃にミユ様は来られるそうです。お茶の時間を設けてもよろしいですか?」


「……ええ。お願いします」


 さり気なくミユの次回ログインも把握するとは、さすが有能神官プラノ。しかしそこまで仲が良くなったのかと、少しだけ複雑な気持ちになる一樹であった。

 

 

 

 

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