44、アイリとステラとギルマス(赤毛のギルドマスター)
一樹がギルドマスターをしている、ハンターギルド王都中央支部は昼間であるにも関わらず賑わっている。その理由は、ハンターたちの視線を釘付けにしている一人の女性であった。
この世界でいう『渡り人』である彼女は、ショートボブの髪をかき上げながらギルドの受付前に立っている。
透き通るような白い柔肌は、ライトブラウンの皮で作られた露出度の高いビキニアーマーもどきで、ライトグレーのニーハイブーツとのコントラストがまた色っぽい。無駄な肉のないその身体を惜しげもなく晒している彼女は、ギルドにいるハンターたちの熱い視線を一身に集めていた。
「えっと、水色の髪の女性で、ここのギルドの職員さんに呼ばれて……」
「ステラですね。話は聞いていますので、こちらにどうぞ」
人の良さそうな笑みを浮かべる女性職員に案内され、渡り人……アイリは素直に付いて行こうとする。そこに割り込むガラの悪そうなハンター数人。
「色っぺー姉ちゃんだな。俺らとパーティ組まねぇか?」
「こちらの方はギルドの方から依頼して来ていただいてます。失礼なことを……」
「うっせぇ!! ブス!!」
「きゃっ!!」
男どもが乱暴に女性職員を突き飛ばしたところで、周りの人間が気がついた時には男が吹っ飛んでいた。
突き飛ばされたと思われていた女性職員は、アイリが優しく抱きかかえられている。なぜか顔を赤くして小さな声で礼を言う彼女に、アイリは「役得だったよ」と微笑んで言うと周りから黄色い悲鳴が上がった。
「こんの、アマァ!!」
仲間らしき男たちがアイリに飛びかかるが、武器も出さずに落ち着いて自然体でいるアイリ。なにせリアルでは兄の一樹とともに武術の道場に通っており、最近では数回に一度は師範に勝つほどの実力者である。
これはゲームである。
しかし、ゲームではあるものの、リアルでの体験はしっかりとステータスに反映される。
アイリが剣士であっても、無手での戦いができないわけではないということだ。
「ぐあっ!!」
「がふっ!!」
「いづっ!!」
武術道場でならっているものの一つである合気道を使って、次々と男たちを無力化させていくアイリ。それはまるで舞でも舞っているかのような、見ている者たちが唖然とするほどに美しい動きであった。
ところが、やられた側とすればたまったものではない。骨は折れていないものの、肩は外され鳩尾に一発ずつ入れられている。各二か所ずつもらった痛みに声も出ず、静かなものである。
「じゃ、行きますか」
「は、はい……」
ゲームの仕様なのかアイリの可愛さゆえなのか、ギルドのお約束をこなしたところでさっさと歩き出す。それがスイッチだったかのように、数人のギルド職員がうめき声をあげている男たちを連れ出していた。
歩きながらアイリは女性職員に問いかける。
「ステラさんって、もしかしてギルドの偉い人だったりします?」
「ここのギルドマスターの補佐ですので、私たちの直属の上司になります」
「なるほど」
ということは、やはりあの時もう一人ハンターギルドの関係者がいたとアイリは考える。
(偉い人が一人で調査って、あまり考えられないもんね)
まさか一番偉いギルドマスターが一人で調査に出ようとするのを、無理やりステラが付いて行ったとは考えもしないアイリだった。
ギルマス一樹がドアの向こうの気配に気づいたのは、補佐のステラが入室を許可した時だった。目の端に映した運営用のウィンドウには『アイリ』という名が煌々と光っている。
「ステラ、ちょっと待ってく……」
「失礼します。ステラさんにお客様です」
「入ってもらって」
アイリが部屋に入ると、案内した女性ギルド職員は一礼して部屋の外に出てドアを閉める。クンカクンカとアイリは匂いを嗅ぐようにピクピクと鼻を動かすと首を傾げる。
「あれ? お兄ちゃんの匂いがしたような気がしたんだけどなぁ」
「どうしました、アイリさん?」
「い、いえ、何でも……ステラさん、その人はもしかして……」
室内でも窓の近くにある執務机にいるは、赤い髪を後ろに撫で付けギルド職員の制服であるジャケットをだらしなく羽織っている眼帯をした男だ。
昔は名だたるハンターであっただろう。服の上からでも分かるその鍛え抜かれた筋肉にアイリは気づき、兄を思わせるその体躯に目を眇める。ところが、目の前の男が兄であるという決定的な証拠が掴めない。
「ほう、ずいぶん美人を連れてきたじゃないか。ステラ」
「失礼ですよ。彼女が先日の襲撃で、王都民を避難誘導するという依頼を受けてくれたアイリさんです」
「アイリ、です」
「俺はこのハンターギルド聖王国王都中央支部のギルドマスターだ。よろしくな」
男臭い笑みを浮かべる赤毛の男は、何やら楽しそうな雰囲気でアイリを見ている。
「何、ですか?」
「いや、別に何でもねぇよ」
男にはアイリが戸惑っている様子が手に取るように分かっていた。きっと彼女には己の兄ではなく、ゲーム内にいるNPCとしか思えないだろう。それこそ男の狙いであり、作戦が上手くいったことにホッとしている。
そんな赤毛のギルマスに、いつものように無表情のステラが話しかける。
「アイリさんへの報酬は、緊急対応手当として上乗せしてよろしいですか?」
「そうだな。それと『ギルドの星』っつー称号を付けるか」
「星?」
ギルマスの言葉に首を傾げるアイリだが、すぐにステラが説明する。
「ギルドの星という称号は、それを与えたギルマスのお墨付きということで信用度が上がります。もちろんそう簡単にはもらえない称号ですが……」
「エルフの国の神から加護を得ている渡り人の関係者だからな。星を与えるのに足ると見ている」
「エルフの神……オリジンという者についての情報は、ほとんどないのですが」
「まぁ、ギルマスだからっつーことで、この件は流しといてくれや」
「了解です」
ポニーテールにした水色の髪を揺らし、わずかに眉をひそめながらもステラは頷く。二人のやり取りを見ていたアイリだったが、ここで口を開く。
「私と、仲間の情報がこのギルドまできているんですか?」
「アイリさんはハンターギルドに所属していますよね?」
「はい。一応、ですが……登録だけ」
「魔獣を討伐するために立ち上げたのがハンターギルドです。そこに所属している限り誰でも……もちろん『渡り人』であろうとも大事なギルドのメンバーです。彼らの情報を共有し、守り、そして助けを求める人たちを救う。ハンターの一助になることが私たちギルド職員ですから」
ステラはわずかに微笑む。そんな彼女の表情は、ギルド職員であることに誇りを持っているということがハッキリと分かるものだった。
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