45、お茶会は庭園で(オリジン・エルフ)
ギルマスモードの一樹は、室内ならこれでなんとかなりそうだと安堵する。
周りに人がいる状態でゲームから強制ログアウトすると、今までの行動パターンをAIが読み込み、しばらくそのキャラクターがオートで動くことができるのだ。それは緊急時(リアルでの体調不良など)の運営NPCに組み込まれたシステムなのだが、一定期間そのNPCとして稼働していないと出来ないことだった。
今回、ギリギリ稼働時間が足りて、上手いこと一樹は強制ログアウトしてオートモードからの会話のみを遠隔操作で続けていたのだ。
なぜログアウトすると体臭が消えたのかは不明である。当の一樹もまさかうまくいくとは思ってはおらず、アイリがギルマスを完全に他人として見ている様子に驚いたくらいだ。
「オリジンのときも使おう。まぁ、彼とは滅多に会うことはないだろうけど」
アイリに『ギルドの星』を与えたことでギルマスの仕事は終わっていた。彼女は今、受付でステラから報酬をもらっているところだろう。
「とりあえず、身バレの危険は回避できそうだってことで、次はエルフの国にいるミユちゃんだな」
壊された移動の魔法陣は修理中だ。彼女がエルフの国で足止めをくらっている内に、一樹にはやるべきことがあった。このために色々と仕事を終わらせてきたのだ。
眼帯の奥の目を細め、一樹は強い意志で改めてログアウトする。
「おかえりなさいませ、オリジン様」
「プラノ、変わりはないですか?」
「はい、強き魔獣討伐から森に大きな動きはありません。通常の魔獣は巡回するエルフ兵たちの戦力で間に合うくらいのものです」
「怪我人は?」
「少しはありますが、私が出ることもないくらいの軽い怪我が多いです。ご安心を」
「そう。それなら安心ですね」
下着(ふんどし)と貫頭衣を身につけたオリジン一樹は、ベッドの天蓋からゆっくりと出る。ふわりと飛び交う緑の光に微笑むと、嬉しそうな下級精霊の笑い声が聞こえる。
「オリジン様の御力により、下級精霊が少しずつ強化されているようですね」
「話すようになる子が出てくれば、ミユさんも喜びそうです」
「伴……ミユ様なら、精霊の声も聞き取ることができるでしょう」
エルフの神であるオリジンに仕える神官長プラノは、危うくミユを『伴侶』と言いそうになる。オリジンが口に出さない限り、彼女を伴侶と決めつけるのは良くないことだ。
しかし、女人禁制である神殿に招かれた唯一の人間である。神殿のエルフたちはオリジンの血をひく子の誕生を、いつになるのかと期待して待っているのだ。『オリジン様の恋を応援するエルフの会』も発足され、会長であるプラノは毎日を忙しく過ごしている。
そんなことになっているとは露知らず、一樹はプラノの案内で庭園へ向かっていた。
「外でお茶会ですか」
「はい。ちょうど希少な花を咲かすことに成功しまして、ぜひともオリジン様とミユ様に見ていただけたらと庭師が申し出まして」
もちろん、その庭師も『オリジン様の恋以下略』の会員だ。
神殿のエルフたちは皆優しいなと、オリジン一樹はほのぼのとした気分になる。しばらく神殿そして庭園の中にあるガラス製の建物に案内された。
「これは、温室……これは高価なものでは?」
「渡り人が来るようになって、錬金に長けた者から上質なガラスを仕入れることが出来るようになりました。エルフの国では鉱物はドワーフの国から得ていましたが、かの者たちの細やかな仕上げは素晴らしいと神殿内でも評判でして」
「なるほど……」
確かに渡り人の『職人』、しかも中身が日本人ならば高い評価が得られるだろうと一樹は頷く。
ということは、ゲームの進行上とはいえエルフの国を開くことは良いことだったのかもしれない。ただ、エルフを襲うという不届き者が出ることもあり、オリジンとしての一樹は防御結界がオートで発動する魔道具の開発を依頼している。
もちろん、完成すればミユとアイリにも持たせるつもりだ。彼の過剰な過保護モードはブレない。
「久しぶりですねミユさん」
「オリジン様! お、お久しぶり、です!」
少し頬を染めたミユは恥ずかしそうな笑みを浮かべ、一樹を迎えてくれる。
リアルでいうビニールハウスのように中は暑いのかと思ったが、なかなか快適な室温だと一樹は周りを見回すと緑の光があちらこちらで飛び回っている。
快適な理由は風の下級精霊のおかげかと笑顔をみせたオリジン一樹は、立ったままぼんやり自分を見ているミユに座るよう促す。我に返ったミユは慌てて座ろうとするとプラノがすかさず椅子を引く。
建物の構造がそうなっているのか、ガラスを通った光がキラキラと美しくハウス内に咲いている花を照らしている。見事なものだと感心しながら一樹も椅子に座ると、ミユがおずおずと話し始めた。
「あの、この前は大変失礼しました……」
「この前?」
はて何かあったか……と一樹は首を傾げていると、後ろに立つプラノがこっそり囁く。
「オリジン様、ミユ様に肌を……」
「……!?」
そう。一樹はすっかり忘れていたが、ミユにログインして着替えているところを見られてしまったのだ。
神殿内にあるミユの部屋から応接室に向かうためには、オリジンの寝室を通る構造になっているため「そういう事態」になることは分かっていた。だからこそ対策を取っていたが、バタバタしていたためすっかり忘れてログインしてしまった結果である。
「そのお詫び……というか、プラノさんに教えてもらって作ったスコーンです。温かいので冷めないうちにどうぞ」
「こちらこそ、嫁入り前のお嬢さんにとんでもないものを見せてしまって……」
「いえ! その! とてもお美しゅうございまして!」
「美しいって、ミユさんは面白いことを言いますね」
「いえいえ! 本当ですって! この背中からおし……ゲホゲホとにかく、スコーンをどうぞ。ベリーもたっぷり入れました!」
何か言いかけたミユだが誤魔化すように咳払いをすると、プラノと一緒に紅茶を入れたりスコーンにクロテッドクリームを添えたりと用意をしている。
その一生懸命な様子が微笑ましく感じたオリジン一樹が笑顔で見ていると、ミユは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ミユさん?」
「恥ずかしいので、あまり見ないでください」
「ああ、すみません。愛らしくてつい」
「あ、あいらし……!!」
さらに顔を赤くしたミユをオリジン一樹は不思議そうに見ていると、さすがに可哀想だと思ったプラノがそっと彼の視線を風の下級精霊でやんわり遮るのだった。
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