46、たわわ王子との関係(赤毛のギルドマスター)



 ミユとの楽しいお茶会を終えた一樹は、一度ログアウトをして数時間の仮眠をとる。

 いつものラウンジで豚肉の生姜焼き定食を注文すると、白飯と味噌汁を大盛りにしてしっかりと食べる。ゲームとはいえ体を動かせば空腹になるのは脳が働いているのと、リアルの肉体と運動量がリンクしているからだろう。ゲーム内の食事では脳は満たされても、リアルで栄養を補給しないとシステムに検知されて強制ログアウトさせられることがある。


「少ない睡眠でもスッキリするなぁ。前はいくら寝ても足りなかったのに」


 運営としてゲームの中に入る時間は、一日の規定時間を大きく超えていた。最初はシステムからの警告を目安にログアウトしていたが、最近それが少なくなってきたように一樹は感じている。


「ホワイトと見せかけてブラックな労働時間で働いているよな。まぁ、ゲームしている感覚だから、残業している気はしないけど」


 上司の相良は次回のイベント準備ということで離席していることが多い。彼女の補佐をしている男性に日報を提出すると、自分のネームプレートがつけられた部屋に行きログインした。








 ギルマスモードの一樹は、ハンターギルドにある自分の執務室に現れる。今のところ他の場所からログインしたことはないが、エルフの国近くにログインすることも可能である。


「エルフの国には近づかない方がいいかもな。何でか分からないけど、プラノにはバレそうな気がする……」


 果たしてNPCにそこまで察知する能力があるのだろうか。それを試す気には今のところなれないと、つらつら考えていた一樹はドアをノックする音に顔を上げる。


「入れ」


「失礼致します」


 水色のポニーテールをさらりと揺らし、姿勢正しくギルマス一樹の目の前に来た補佐のステラが封をされた手紙を差し出してくる。その封蝋の形を見て一樹は顔をしかめた。


「本部からか」


「そうですね。エルフの国へ移動する魔法陣が修復された件でしょうか」


 有能なステラが手紙の内容を見ずに、ほぼ正解を導き出したところでわずかに首を傾げる。たまに見せる彼女の幼い仕草にギルド職員たちのみならず、王都を拠点とするハンターたちの心を鷲掴みしていることを本人は知らない。


「んだな。報告しろってことだろう」


「それにしては、少し固すぎる封が手紙にされていますね」


「ギルド本部は王族が絡んでるからな。後は俺に対する嫌がらせだろう」


「なっ!? 本部に何をしたんですか!!」


 珍しく声を荒げ、ギルマス一樹の胸ぐらを掴んできたステラ。その勢いに驚いた一樹は抵抗せずにそのままでいると、我に返ったステラが自分の手元を見て顔を真っ赤にする。


「す、すすすみません!!」


「ああ、別にいい。俺も言葉が足らんかったし。本部のお偉いさんとは昔から付き合いがあるんだ」


「そ、それなら、いいの、です、が」


 なぜか顔を赤らめたままのステラに一樹はどうしたもんかと考えるが、まずは手紙が先かと封を開ける。ステラの予想通り、かの魔法陣の報告に来るようにという指示だった。


「ステラの言った通りだな。そういうわけで今から本部に行ってくる」


「わ、私も同行しましょうか」


「クレナイがいるから護衛っつーのはいらんぞ。それよりもギルドを見ててほしい」


「了解、です」


 未だ様子がおかしくやけに可愛らしいステラを、城にいる「王子様」には見せられんと強く思う一樹。そんな彼女は頬を薄っすら染め、困ったような顔で口を開く。


「今すぐに出られるのなら、あの、胸元を整えていただけると……」


「あん?」


 自分の胸元に視線を落とすと、先ほどのステラの暴走の名残でシャツのボタンが外れて肌があらわになっているのが見える。

 やはり城に行くからには服装もきちんとしないとという意味だろうかと、特に何も考えず一樹はシャツのボタンをとめてジャケットを肩に軽く羽織る。

 落ち着いたステラを見て大丈夫だろうと一樹はハンターギルトを出ると、クレナイを呼び出し城へと向かった。







 召喚状があるせいか待たされることはなかった。ハンターギルド本部のトップである第一王子との謁見に、最短時間で会えるのはありがたい。

 目の前にいる男の鍛え抜かれた筋肉美を持つ体に、フィットしすぎたギルドの制服はオーダーメイドなのかと一樹はどうでもいいことを考えながら黙礼して口を開く。


「今回の『渡りの神』が造られた魔法陣は修復され、国から兵を出していただいたことにより今のところ異常はみられないようです」


「そうか! 一応見張りは継続させておこう! 常春であるエルフの国から流通は、我が国にとって大事であるからな!」


「初代聖王様はロマンチストでありましたからね」


「はははっ! 今代も次代もそうであるぞ!」


「左様で」


 ハンターギルド本部長であり、次代の聖王である彼は楽しげな様子でギルマスの一樹を見る。その意味ありげな視線に一樹は何やら嫌な予感がしていた。


「それで、思い出したか?」


「なんのことでしょう?」


「私との熱い夜……」


「なんのことでしょう?」


 同じ言葉をくり返す一樹は、うんざりしたようすでニヤつく王子のたわわな胸筋に目を落とす。その筋肉を最近もどこかで見たような気がした彼は無意識に呟いた。


「ったく、無駄に筋肉つけやがって。親父かよ……」


「やーっと分かったか! まったく鈍い息子だな!」


「……は?」


「なんだお前、気づいたんじゃないのか。まったく……昔眠れず泣いているお前を抱いてあやしてやったろう? 父親のことくらいすぐに気づけよ」


「はぁっ!?」


 確かによく見ればその整った顔に見覚えはある。しかし、先日あった父親とはかなり印象が違っていた。これがゲーム補正なのかと呆然とする一樹に、自称父だという男は苦笑する。


「その様子じゃ、愛梨にすぐバレたんじゃないか? お前、リアルの気配がダダ漏れてるぞ。昔から精霊やら何やらに好かれていたからなぁ」


「愛梨には何とか誤魔化して……って、何だよその精霊に好かれるって」


「本当に誤魔化せているのか? やれやれ、これじゃ運営の仕事もしっかりやってるのか父として不安だぞ」


「ちゃんとやってるよ!」


 なぜここに父親がいるのか混乱した一樹だが、しっかり話を聞こうとした時にアラームが鳴る。


「相楽さん……俺の上司からの呼び出しだ。ログアウトしなきゃ」


「なら俺もそうしよう。お前の会社からログインしているからな」


「……何なんだ一体」


 一樹はやれやれと息を吐くと、光のエフェクトをまとってその場からログアウトした。


「なんだ。まだ思い出してないのか」


 ぼそりと呟いた第一王子は、そのたわわな胸筋の下で腕を組むと一樹を追うように光のエフェクトをまとった。




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