21、困った一樹と神殿に向かうミユとアイリ
『エターナル・ワールド』内で、運営NPCの『一時避難所』と呼ばれる場所がある。専用のサーバに置かれたこの空間は様々な用途に使われている。企業で行われるカメラ機能を使ったオンライン会議はせず、この空間で会議をすることもある。
その白一色の部屋に、一樹は当初「ラノベの異世界転生でよくある神様の部屋かよ!」などとつっこんだりもしたが、それもある意味正しかったと思っている。
ゲーム内とはいえ、プレイヤーにとって運営は神である。逆らえばプレイヤーの命ともいえる『アカウント削除』が最悪待っているのだ。
「それにしても、今回の事件は会社にとってヤバいんじゃないか?」
すっかりホワイト企業だと思って安心していた一樹だが、これは会社の不祥事であろう。あのミユが今回のことを言いふらすことはないと思うが、これが他でも起こっているとすればゲーム自体の存続も危ういだろう。
「まぁ、やっと正社員になったことだし、辞めるにしろしばらくは様子見だな」
こういう時に平社員は気楽である。役職が付いていない分、責任が発生しづらい。もちろん運営NPCとしての仕事には、しっかりと責任をもって取り組むつもりではあるが、こういうシステムが絡むとなると一樹は役に立つことができない。
「短くても、相楽さんやNPCのエルフたちを放り出すわけにはいかない。俺は俺に出来ることをやるだけだ」
壁一枚向こう側で、同じような白い部屋にいる上司と、プレイヤーの少女二人に思いを馳せる。そこでふと思い出す。
「アイツ、始めたばかりだからイベントに参加しないとか言っといて、しっかりエルフの国まで来てるじゃないか。どうするかな……」
部屋にある鏡の前に立つ一樹。映っているのは、黒いスーツにサングラスというリアルとあまり変わらない『運営モード』の姿の自分である。これではあっという間に妹……アイリにバレてしまうだろう。
「オリジンモードなら、多少イケメンっぽくなるから、こっちでやるしかないか……」
運営NPCの中の人の時、体格や風貌はリアルでの一樹ではあるが多少ブラッシュアップ?されている。プリクラの美顔モードみたいなもので、さすがにリアルそのままの状態ではなくホクロやシワなどが薄くなったりするくらいだ。
「プリクラっぽくなってもなぁ……いや、待てよ」
何かを思いついた一樹は、早速試してみることにした。
エルフの国で行われる黒づくめたちの刑の執行は、翌日に行われると通達された。それは他のプレイヤーに通達はされず、あくまでもこの世界のNPCに向けてのものである。
あの日、捕まった男たちの顔写真をミユは確認するよう言われたが、見ても誰だか分からない。それもそのはず、年齢も職業も住む場所もバラバラで、リアルでミユと接点の無い人間ばかりであったからだ。そして依頼元も、ミユのクラスメイトではなかったことが判明した。
ミユとアイリは、特別にエルフの森を通ることなくエルフの町にS……相良がログインさせた。歩きながら今回のことを確認しあう二人の少女は、エルフたちNPCの視線を集めつつ神殿へ向かっている。
「あの何とかって子が指示したのかと思ったけど、そうじゃなかったね」
「何とかって……アイリったらクラスメイトの名前覚えてないの?」
「覚える価値のあるならね。ミユのことは一発で覚えたよ」
そう言ってショートボブの髪をさらりと揺らし微笑むアイリは、将来絶対美人になるだろうなと思わせる魅力に溢れている。自分は子どもっぽいからなぁと思っているミユは、綺麗な姿勢で歩くアイリの姿を横目に見ながら密かに憧れを抱く。
(アイリみたいに綺麗だったら、きっとあの人と釣り合いがとれるだろうな……)
ミユが心に思い描くのは、かの人の微笑みだ。話に聞いていたエルフ族とは真逆の、均整のとれた体は服の上から分かるほど鍛え抜かれた筋肉に包まれていた。父親とは違う「大人の男」といった雰囲気にミユは色々と思い出して頬を染める。
(そういえば、あのエルフの神様にも下着姿を見られていたよ私!)
この短期間にゲームとはいえ散々下着姿になってしまっていたことに、ミユは気づき愕然とする。思わず出る呻き声に、横にいるアイリが「あ、そーいえば」と言う。
「ねぇねぇミユ、私ちょっと課金して新しい装備買っちゃった」
「うう……」
「ねぇねぇ、唸ってないで見てみてよ」
自己嫌悪で呻き悶えるミユがアイリに視線を向けると、彼女は自分の前にウィンドウを開き装備を変更して水着のような皮製のアーマーを身につけていた。肩当てやベルトなども付いているため、ビキニほどの露出はない。しかし、控えめながらも女性らしい胸の膨らみに、くびれた腰と細く長い足はあらわになっていて白い肌が眩しいくらいだ。その大胆なコスチュームに、思わずミユは噴き出す。
「ちょ、ちょっとアイリ! なんて格好してるの!?」
「似合う?」
「似合うよ! 似合いすぎるよ!」
「ふふ、良かった。まぁ水着姿よりは露出が少ないけど、防御力と素早さがめちゃくちゃ上がるんだよね。これ」
ドヤ顔で言うアイリに、ミユはハタと気付く。
もしや、この世話焼きな友人は、自分が下着姿になって恥ずかしかった事に対して「そんなのなんでもない事だよ」と励ましてくれているのではないか……と。
「あ、ごめん。すごく感動しているような顔しているところ悪いんだけど、これ私の趣味だから。実はこういうきわどい衣装のコスプレ好きなんだよね」
「そ、そう、なんだ、ははは」
感動が台無しになったミユは力なく笑っている中、アイリは続ける。
「ミユも強くなっておいた方がいいよ。ゲームを続けたいならね」
「え?」
なぜと聞き返そうとしたミユだが、数人のエルフ兵たちが近づいて来たため口を閉じる。
美形のエルフ兵たちの中でも一際目立つ美形のエルフ兵が前に出てくると、ミユとアイリに向かって優雅に一礼した。
「我らの神であるオリジン様の神殿へご案内します。エルフ兵長であるルトです」
「ど、どうも! 治癒師のミユです!」
「剣士のアイリです」
「よろしくお願いします。では参りましょうか」
そう言って、エルフ兵長のルトはニコリと微笑んだ。
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