20、運営の部屋へご招待

「ミユ!!」


「アイリ!! 無事だったんだね!!」


「人の心配している場合じゃないでしょ!! バカ!!」


 少し強い物言いをするアイリが涙目なのを見て、ミユも顔をクシャッとさせて彼女の胸に飛び込む。

 アイリはミユが何者かに襲われたと聞いたらしい。詳しく話さなくていいと言うと、アイリはただ優しくミユの背中をさすった。


「大丈夫。怖かったけど、今はもう大丈夫だから」


「無理しなくていい。なんならミユの家に泊まりにいくし、うちに来てもいいから」


「うん、ありがと。アイリ」


「胸ならいつでも貸すから」


「貸すほどないくせに」


「うるさい」


 憎まれ口をたたくミユのちょっとした強気な演技に、アイリは怒ったフリをしつつも彼女を優しく抱きしめる。

 クラスでほとんど話したことがない二人であったが、しばらくゲームをプレイしている間に強い絆のようなものを感じていた。穏やかでも芯のしっかりしたミユと、気は強いが繊細なアイリ。お互いに持っていないものを補える存在というのも、短期間で仲良くなった理由の一つだろう。


「それにしても、運営さんに連れてこられたけど……」


「私は問答無用だったよ。運営って名乗る女性に連れてこられた」


 ミユとアイリは教室くらいの広さの、真っ白な部屋の中にいた。部屋の中心にはやはり白いテーブルと椅子があり、とりあえずそこに座って誰かが来るのを待つことにする。


「それにしても、アイリは大丈夫だったの?」


「うん。本命はミユだったみたいだね。私の方は二人いたけど叩きのめしたから大丈夫」


「叩き……アイリはまだレベル低いのに、よく無事で……」


「ほら、ミユが言ってたじゃない。職業じゃなくても頑張ればスキルが取れたりするって。それなら今までやってた格闘技とかどうなんだろうって思ってさ。それ使ったら楽に倒せた」


「楽にって……アイリってすごい。強いね」


「今度教えるよ。誰でも(死ぬほど鍛錬)やればできるし」


「なんか言葉の間に不穏なものを感じたんだけど……」


 すっかり落ち着いたミユをみてアイリが安心したように微笑んでいると、何もない白い壁に黒い縦線が入り、それがゆっくり広がっていく。現れたのは白シャツに黒のタイトスカート、上着代わりに白衣を着た女性が部屋に入ってきた。目には大きめのサイバーサングラスをかけているため顔はよく見えない。

 アイリと同じくらいの高身長で、やけに高いヒールの靴をカツカツ鳴らして近づいてきた。そういえば先ほどの運営の男性も靴を鳴らして歩いていたなと、ミユは運営の不思議なこだわりに気づくと吹き出しそうになってしまう。

 そんなミユの様子を見て安心したように一つ息を吐くと、もう一つある白い椅子に座り運営の女性は口を開いた。


「どうも。運営チームの一人で、私はS。そのままSって呼んでくれると嬉しいわ」


「さっきぶりですねSさん。この子がミユです」


「初めましてSさん。あの、さっきの男性の方は……」


「別室にいるわ。ちょっと女性同士で話したかったし」


「そう、ですか」


 男性に対して恐怖心を植えつけられたであろうミユが、なぜ男性の運営を気にするのかアイリは首を傾げる。しかし、今は目の前にいるSという女性から話を聞くべきだろうと、ミユに対する疑問は後回しにすることにした。


「あの犯罪者たちのことだけど、他にもやっているだろうとログを洗っても何も出てこなかったわ」


「そんな!! それでは奴らはまた……」


 Sの言葉に思わず立ち上がるアイリ。そんな彼女は「落ち着いて」と冷静に諭すSとミユに宥められ、渋々座りペコリと頭を下げる。


「気持ちは分かるわ。まぁ、あくまでもゲームの中での話。奴らに関しては警察に動いてもらう。今回はもちろん法的に措置をとるけれど……大丈夫よ、こっちで代理の人間をたてておくから」


「私が出なくてもいいんですか?」


「ええ、任せておいて」


 力強く頷くSに、ミユは安心したようにほわりと微笑む。アイリは一体どうするのだろうと思ったが、後で書面でも出すだろうと今は口を挟まないことにする。すっかりアイリはミユの保護者気分になっているようだった。

 ひとまず落ち着いた様子のミユに向かってSは話を続ける。


「それでね、リアルはともかくこの『エターナル・ワールド』の世界でも彼らは裁かれることになるの」


「どういうことですか?」


「プレイヤーキルってこの世界では特に規制してないでしょ?」


「ええ、そうですね」


「一応規約には書いてあるんだけどね。プレイヤー同士でのバトルは運営として規制はしない代わりに、『エターナル・ワールド』内での決まりに基づいて行うことって」


「この世界の決まり、ですか」


「ええ。今回の場合、手を出した人物が悪かったわね。あなた、エルフの服着てたでしょ?」


「あ、はい。成り行きでもらった服ですが……」


 そう言うとミユは羽織っているローブの下に着ている服を見せる。木のボタンを使った普通のワンピースに見えるが、よく見るとそのボタン一つ一つに意匠が刻まれている。


「その服の持ち主は、エルフの国で重要な人物ですよって知らせているの。この世界の共通認識なのよ。これも一応規約に載っているんだけど誰も見てないわね。きっと」


「私、いつの間に重要人物になったんでしょう?」


「さぁ? それは服をくれた人に聞いてみないと分からないわ」


 Sは困ったように肩をすくめると、アイリが口を開く。


「運営ならログを見れば分かるじゃ?」


「うーん。運営は神みたいなものだけど、それはあくまでもプレイヤーに限ってなのよね。人工知能積んだ『エターナル・ワールド』の住人……いわゆるNPCの考えや行動までは関知しないのよ」


「なんか不思議ですね」


 ということは、以前会ったあの優しいエルフの神は、この世界の人にとって本当の神になるのかもしれない……と、ミユは考えていた。イベントでメインとなるNPCであるのは分かってはいるが、彼には不思議と温かさを感じた。きっとこの服も自分を心配してくれたのだろうと思うと、感謝と少しだけ照れくさい気持ちになる。


「んで、そのエルフの服を着た人物に無体を働いたら死刑」


「へ!?」


「ま、妥当かな」


 さらっととんでもない事を言ったSに驚くミユと、冷静に構えるアイリ。むしろ死刑じゃ生温いくらいにアイリは思っている。


「こんな決まりみたいなのって他にもあるんですか?」


「もちろんよ。この世界は多種多様な民族がいるのよ。決まりだって地域によって違ったりもするわ」


「そんな事したら迂闊にプレイヤーキルとか出来ないですよね」


「訓練とか、お互いを高め合うプレイヤー同士のバトルには何も引っかからないわよ? だから簡単な話なの。普通にゲームを楽しめばいい。それだけよ」


「はぁ……」


「とゆわけで、死刑は粛々と行われるから、二人とも見学したい時は言ってちょうだい」


「死刑って言っても、プレイヤーだから体力がなくなるだけなんじゃ?」


 アイリが言うと、Sは先ほどとは打って変わって冷たい笑みを浮かべる。


「この世界の死刑ってね、ちゃんと死刑なの。ちゃんと、ね」


 ミユとアイリは彼女の物言いに、なぜか寒気を感じて身を寄せ会うのだった。

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