19、正社員・森野一樹(エルフの国・管理者)

 音もなく降り立った男は黒のスーツに身を包み、高身長と鍛えているであろうその体格の良さ、さらにはサイバーサングラスをかけているため「謎の組織にいるエージェント」といった雰囲気をかもし出している。

 風になびく黒髪を鬱陶しげにかき上げると、ミユを守るようにすっくと立った。


「あ、あなたは……」


 恐る恐る声を出すミユを、振り返ることなく男は軽く手を叩く。

 すると、彼女の座っている地面に幾何学模様の魔法陣が広がり、一瞬で服を着ていた状態に戻る。気づけば痺れていた体も回復し、杖も手元にあった。


「ありがとう、ございます……」


「悪いけど、もう少し待てる?」


「え? あの、はい?」


「こいつら、処するから」


「しょする?」


 こてりと首を傾げるミユちらりと見た男は、サングラスで隠された顔から唯一見える口元だけで笑ってみせる。

 なぜか顔に熱が集まるのを感じたミユは、頬を手で押さえながら男が黒づくめたちに向かうのを惚けたように見るしかなかった。

 草地のフィールドにも関わらず、磨かれた黒い革靴をカツカツと鳴らし歩く男。その異様な雰囲気に黒づくめたちは逃げようとするが、見えない壁に阻まれている。


「くそ! 結界か!」


「このスーツ野郎のせいか!?」


 慌てる黒づくめたちの前まで来ると、黒スーツの男は胸元から何かを取り出す。思わず仰け反る目の前の輩を気にすることなく、差し出したのは名刺だった。

 そこには「運営」という二文字しか書かれていない。


「どうも初めまして、俺はエルフの国の管理をしている者だよ」


「なっ!? 管理者!?」


「運営!?」


「そうだ。お前たちはなぜ俺(運営)がここに来たのか、分かっているだろ」


「お、俺らは規約に違反してねぇぞ!!」


「雇われたんだ! この女をちょっと脅してくれって……」


「このアイテムキー使えば倫理に引っかかんねぇって!!」


 焦った黒づくめたちは次々と言い訳をしているが、何を言われても黒スーツの男がした行動はサングラスを右手で押さえるだけだった。


「雇われたからといって、無理やり服を脱がせば強制わいせつ罪になる。脅すという行動は脅迫罪だ」


「な、なんで、おかしいだろ……」


「なんで? インターネットで殺人予告をすれば罪になるだろ? ここだってオンライン上だ。何もおかしいことはない。それに……」


 サングラス越しにも分かるくらい冷え切った目で見下ろされた黒づくめたちは、逃げようとした体が動かなくなっていることに気づく。


「良いも悪いも関係ない。運営が目をつけた時点で、お前らはもう終わってんだよ」


「ふざけんな! 何様だ!」


「何様って……」


 可笑しそうにくつくつと笑うと、スーツの男は言った。


「運営は神様、だろ?」







 ゲーム会社『CLAUS』で正社員となった一樹を待っていたのは、鬼教官となった上司相良からの運営としての研修だった。それを経て得たのは、システムに干渉する権限『黒スーツモード』である。

 そもそも技術的なことを何も知らない一樹が、すべてを理解することは不可能である。それでも運営NPCとして求められているのは『エターナル・ワールド』ではシステムでは検知できない部分であった。むしろ一樹だからこそ、今回の事件を表沙汰にできたと言っても過言ではない。

 一樹がミユと会えたのは、彼女の幸運値が高かったからである。そして、またイジメられていたら可哀想だと思い、一樹はオリジンとして加護を与えていた。

 加護を与えると、そのプレイヤーに何かあれば察知できる。それと同時にリアルタイムでログが確認され、今回のような事態になっているところに駆けつけることができたのだ。

 時間がかかったのは、黒づくめたちの言っているアイテムのせいだろう。何が起こっているのかを相良が調べている時に、ミユに起こった出来事のログが高速で書き換えられているのを発見した。しかし、その原因が判明しないままだったのだが、先ほどの黒づくめが色々吐いたことで分かったことが多くある。

 

 彼女のログは書き換えられていた。そう。まるで「何もなかったかのように」。

 

 リアルにいる相良とやり取りしながら何とか現場に駆けつけることが出来たが、もしオリジンの加護がなければ彼女の危機に気づかずにいただろう。

 一樹はひたすら自分に対して怒っていた。

 エルフの森でミユを助けた時に、彼女は「クラスメイト」だと言っていた。その時にもっと気にしてやるべきたった。またゲームでイジメられていたらなどと、のんびりしていた自分を殴ってやりたかった。


「ひ、ひぃぃ……」


 思わず一樹から殺気が漏れていたらしく、目の前の馬鹿どもたちが怯えた声を出す。するとなぜか黒装束が消えていき、全裸の見苦しい男たちが転がるだけになっていた。見苦しいモノに耐えられないのと後ろにいるミユのために、一樹は手を叩くとこの世界の囚人服を着た状態になる。


「おい、なんで服が消えたんだ?」


「じ、時間だ。システムに干渉する時間が決まってる」


「アイテムというのは黒い服……なるほどな」


 舌打ちして一樹は手を叩くと、身動きできない馬鹿どもを消した。ログアウトさせたわけではない。相良とやり取りし、ログイン状態のまま彼女の指定する場所まで送ったのだ。


「さてと。えーと、ミユちゃん」


「は、はひ」


 ドス黒い何かを出していた一樹は、それを一変させて明るくミユに話しかける。そのあまりにも早い変わり身に、思わず噛んでしまう彼女は恥ずかしそうにうっすら頬を染めた。


(やべ、可愛いな……いやいや落ち着け。すていすてい)


 内心の動揺を悟られないよう、口元の笑顔をキープさせる一樹。本来であればもっと丁寧な口調で接するべきなのだろうが、傷ついているミユには柔らかく接しようとそのまま話していく。


「これは明らかにウチ……運営側の責任なんだ。だから法的に……」


「ちょ、ちょっと待って、ください」


「ん?」


「さっき撮られた……画像は、そちらで消してくれるんですよね」


「もちろんだよ」


「この事、親にも伝わっちゃいますか?」


「そうだね。親御さんにも説明することになると思う」


「ですよね……もう、ここに来れなくなっちゃうのかな……」


 しょんぼりと俯くミユに一樹は慌てる。傷ついている女の子をさらに落ち込ませるなど、男として最低である。


「大丈夫。君がここに来たいと願う限り、親御さんを説得してみせるから!」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」


 先ほど恐ろしい目に遭ったとは思えない、ミユの可愛らしい笑顔に一樹はホッとする。それと同時に違和感をおぼえる。こんな事があったのに、なぜここに来ようと思えるのだろうと。


「ねぇ、ミユちゃん。ログインしたままで大丈夫? 今日はゆっくり休んだら?」


「親は仕事でほとんど家にいないので、ゲームにいた方が……あ! どうしようアイリが!!」


「アイリ?」


「一緒にパーティ組んでて、気がついたら森ではぐれて……」


 明るいオレンジ色の髪をふわふわと揺らして慌てるミユ。そんな彼女の様子に一樹はサングラスを右手で押さえ、再び口元に笑みを浮かべる。


「上司が呼んでる。もし良ければ、ミユちゃんも一緒に来てくれたら嬉しいんだけど」




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