18、ミユとアイリの危機

 期間限定イベント『エルフの国、復活する強き魔獣』の攻略を諦めていたミユは、あまり交流がなかった同級生の森野愛梨……アイリと共に、レベルを上げながら何とか『エルフの森』入口まで辿り着いた。

 神殿でログアウトしたミユは、その次のログインで一度エルフの町に入れたものの、アイリと合流するために始まりの町まで移動アイテムで戻ったのだ。

 ミユだけならエルフの町まですぐに行けるが、アイリはまだ行ったことがないため二人一緒に移動アイテムは使えない。それにミユはエルフの神オリジンに助けられたというのもあり、なんとなくズルした気分になっていた。そのためアイリと一緒に最初から『エルフの森』を攻略することは嬉しいことでもあった。


「それにしても、すぐにレベルが上がったね。すごいよアイリさん」


「アイリでいいってば。同級生でしょう? レベルがすぐに上がったのは優秀な治癒師がいるからよ」


「えへへ、そうかなぁ」


 ゲームでのアイリはリアルと変わらず美少女といっても過言ではない外見ではあるが、スラリとした体型と黒髪のショートボブがどこか凛々しさを感じさせていた。瞳だけは変えたらしく目を惹く綺麗な青色だ。アイボリーの皮製の胸当てを装備し、えんじ色のチュニックと黒のスパッツとブーツがよく似合っている。素早さ重視の装備だ。

 アイリの職業は取得しづらい双剣使いの剣士だった。「レア職業」と呼ばれるそれの取得条件は分かっておらず、今のところランダムに出るもとだと思われている。


「ミユは優秀よ。斥候とかレンジャーとか、そういう探索や警戒のスキルを持っている職業じゃないのに治癒師が持っているのが驚きだわ……転職もしないで一体どうやって覚えたの?」


「教えてもらえたよ? アイリさ……アイリは始めたばかりだから知らないかもだけど、ハンターギルドで講習があるの。そういうのを受けると覚えやすいってNPCの人が教えてくれたの」


「へぇ! イベント参加のためにレベル上げに必死だったけど、終わったらそういうのに出てみようかしら」


「うん。いいと思う。損はないし」


「ありがとうミユ。貴重な情報を」


「貴重かな? 皆知ってると思うけど」


「他のゲームみたいに『エターナル・ワールド』には攻略サイトがないのよ。情報掲示板とかも禁止されているから、伝わりにくいみたい。その代わり公式サイトでは裏情報みたいなのがよく更新されているけど、そこには載っていなかったわ」


「へぇ、アイリはちゃんとそういうの見てるんだね!」


「予習復習は欠かさないタイプなのよ」


 そんな雑談も、森の中に入れば自然と消える。

 周囲に魔獣がいないか警戒しつつ、先頭に立つミユはゆっくり進む。魔獣を発見次第後衛に移るスタイルで二人はやってきた。

 しかしそれは、あくまでも相手が魔獣であった時の話であった。

 気づくとミユの後ろにあったアイリの気配が消え、今までにない嫌な感覚を覚える。


「誰か、いるんですか?」


 ミユが震える声で呼びかけた瞬間、木の影から何かが飛び出し赤い線が彼女に走る。ダメージを受けた時のピリッと痺れるような感覚に、ミユは蒼白になった顔で周りを見渡す。

 見えないが、人らしき気配がちらほらあるのをミユは感じている。しかし何かスキルを使っているのか、うまく位置をとらえることが出来ない。

 次々と飛び出す影に肌が見えているところだけ傷をつけられていく。それは彼女を嘲笑うかのように彼女が視線を向けたその後ろから飛び出し、少しずつダメージを与えていく。


「やだ、何なんですか、やめて……」


 ゲーム上の「死」へ向かう感覚に、ミユは恐怖する。何度か体験すれば慣れるという人もいるが、大体は「二度とごめんだ」というくらいに恐ろしい感覚だ。

 PK……プレイヤーキルと呼ばれるプレイヤー同士で戦うことは禁止されていない。パーティを組んでいるもの同士、戦闘フィールドではない町の中などの場所では不可能であるが、今のミユのような状態は「あり得ること」なのだ。


「やめて……お願い……」


 戦うことのできないミユは、無駄だと思っても呼びかけていた。しかし徐々に減っていく体力にミユは耐えきれず涙を流す。しかしここでさらに状況は悪化する。


「え? 何が……」


 気づくと指先の感覚がなく、持っていた杖を落としてしまう。何か毒が仕込まれていたと、彼女が気づいた時には遅かった。詠唱するための声もうまく出せない。これでは解毒魔法が使えない。


「あ、ああ……」


 立っていられず膝をつくミユの前に、姿を現したのは全身黒づくめの男たちだ。覆面で目元しか見えないようになっているが、その目は悪意に満ちていた。


「へぇ、可愛いな。服は傷つけてねぇよな」


「おう、それやっちまうと運営に嗅ぎつけられるからな」


「そうだな。俺らはあくまでも親切(・・)で、女の子の汚れた服を着替えさせてやろうとしている」


 わざとらしい説明口調の中で「着替えさせる」という言葉に、これからされる事を知ったミユは動かない体で必死に逃げようとするが、黒づくめの一人に後ろから肩を掴まれる。

 ここに来る前になんとか買えたローブを脱がされ、その服を見た時に黒づくめの一人が首を傾げる。


「おい、これエルフの服じゃねぇか?」


「知らねーよ。似たようなデザインを生産の奴らが作ってんじゃね?」


「いいから早く脱がせよ! 早く!」


「まぁ、いっか」


 ローブでお金を使い切ってしまったミユは、オリジンからもらった服をそのまま着ていた。返すといったが「使わないものだから貰ってほしい」と言われていたからだ。

 前のボタンを取れば脱げてしまうワンピースを、一つ一つ外している黒づくめと、その仲間のいやらしい目に晒されているミユは恐怖と羞恥で涙が止まらない。ただ一つ救いなのは、痺れ薬のために感覚が分からないことだろうか。それでもワンピースの前が開けられ、肌をあらわになったその時に恐怖はピークに達する。


「やだ!! やだあああああ!!」


「うるせーよ!! これくらいあのNPCとやってんだろビッチが!!」


「ふぐっ!!」


 声を上げたミユの顔を殴って黙らせると、ゲーム内のカメラ機能を使い、脱げかけのワンピースに下着が見えている彼女のあられもない姿を撮っていく。十八歳になれば他にも色々することが可能だが、これ以上はシステムに感知される恐れがある。

 彼らは狡猾だった。ルールギリギリのところで何が違反とされるのかを分かっていた。


「NPCとなんかできんのか?」


「知らねーの? なんかそういうやつもいるらしいぞ」


「まぁ、そういう知能が組まれてりゃできるか」


「そうだ。痺れてるっていうから、マッサージしてやろうか?」


「直接触んなよー」


「分かってるって」


 覆面してもなお分かる下卑た笑いを浮かべ、黒づくめたちがミユに再び近く。


「うう、うう……」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を歪ませるミユを見て、その顔が面白いと笑う男たち。


(もういやだ、なんで? どうしてこんなことに?)


 絶望の淵にいる彼女の心に、逞しい体をもつ銀髪のエルフの姿が過ぎったその時……。

 目の前に現れたのは、黒い服を着た人らしきものだった。




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